TOTO
パビリオン・トウキョウ2021 出展者インタビュー
1.建築家・藤本壮介氏インタビュー(後編)
2021/7/27
※本インタビューは、新型コロナウイルス感染拡大による、開催延期決定前の2020年3月に収録されました。

【藤本さんは、今回、雲をモチーフにしたパビリオンを構想している】

「Cloud pavilion」(雲のパビリオン)設計:藤本壮介(提供:公益財団法人東京都歴史文化財団 アーツカウンシル東京)

―― 雲をモチーフとしたパビリオンとは、どのようなイメージでしょうか。
藤本 雲状の屋根のようなものが浮いているというイメージのものをつくろうと考えています。
―― 2019年11月~20年2月に東京国立近代美術館で開催された「窓展:窓をめぐるアートと建築の旅」で展示された「窓に住む家/窓のない家」や、13年にロンドンのサーペンタイン美術館で発表したパビリオンなど、藤本さんの作品は、しばしば建築の概念を再考させます。今回のように「雲」を建築的に考える、その発想を抱くようになったのは、いつ頃からでしょうか。
藤本 初個展(10年)の副題は「山のような建築 雲のような建築 森のような建築」でした。
―― どのように湧いてきた発想でしょうか。
藤本 飛行機に乗るときは、いつも窓側の座席を選んでいます。その際に、雲を見つめながら、さまざまなことを考えます。雲の写真もよく撮影します。外から見ていると外観があります。その中に入ると、建築的には雲の内部空間に入ったなと思います。だけど、壁があるわけではありません。つまり、雲には空間があって、そこでは空間体験を得ることができて、そこから出たと感じることができる。
あるいは、雲がモクモクしているところがあるとき、その間を飛行機で通過しながら感じるのは、すごくダイナミックな三次元的な空間を飛んでいるということ。外観があるが壁はなく、しかし内部空間は存在する。しかもその空間は三次元的に非常に複雑でダイナミック。建築では絶対に実現できない、しかし建築的な何かがあるように感じさせる存在が雲なのです。それで常々良いなあと感じていました。
―― 憧れの対象のような存在でしょうか。
藤本 僕自身が、建築とは何だろうかと考えたいと、日頃から思っています。建築とは建物のことを指すけれども、われわれを屋根のように覆っている雲のようなものも、建築のひとつとして考えられるのではないかと思うのです。とてつもなく大きいので、ある種、さまざまなものをすべて包み込んでしまう究極の建築だと思えるときもあります。
また、雲は多くの人びとになじみが深い存在でもありますよね。例えば漫画で適当にフワフワと描いたとしても、それは雲だと、皆が理解できる。
―― 洛中洛外図にも、雲は重要な役割を果たす存在として描かれていますよね。
藤本 まさに洛中洛外図など日本の昔の絵では、雲にさまざまな意味合いを持たせて描いていますよね。時間、あるいは空間が変わっていくそのフェージング(段階)を表したり、さらには、異なる時間や空間に存在するものを、同じ場所に共存させるために用いたりすることは、面白いなと思っています。そういうことを考えると、雲にはどこか憧れを抱いているのでしょう。
―― 今回は、どのような経緯で雲をモチーフに選ばれたのでしょうか。
藤本 「パビリオン・トウキョウ2021」が開催されるのは夏です。夏であれば日差しが強い。では、どのような場所であれば、気持ちが良いと感じることができるだろうか、と考えたときに浮かんだのが「屋根が欲しい」ということでした。じゃあ、屋根と言えば雲だよな、と発想しました。すごくシンプルで究極の屋根は雲だろうと。
―― 雲をモチーフにしたパビリオンは、どのような素材で構成するのでしょうか。
藤本 バルーンですね。空気で膨らんでいる。
―― 常に空気が入っている状態なのでしょうか。
藤本 常に送風機で空気を送り込むのです。中にはファンが設置されていて、空気を絶えず送り込むのです。空気が多少漏れても、そこに存在することができます。安全性を保って、メンテナンスもしやすいように工夫を施しました。風が吹いたら飛ばされることなどがないよう、しぼませて、その後膨らませることが容易にできることを考えました。
―― 浮かんでいる雲は、脚で支えるような形態になるのでしょうか。
藤本 4本ぐらいの脚で支える予定です。場所によっては、天井から吊るようなこともあり得るのではないかと考えています。ただ、実際、雲が空中に浮かんでいるように設置すると、あまりにもリアルで雲の印象が強くなってしまう。だから、脚が生えているぐらいがちょうど良いのではないかと考えました。
空気で浮かんでいるものですので、圧倒的に軽いのが特徴です。通常の建築や屋根を支える脚よりは細くして、通常の建築ではあり得ないような支え方にする計画です。
―― その雲をモチーフにしたパビリオンを設置する場所を選ぶ際に、何を要件とするのでしょうか。
藤本 難しいですね。東京には、裏道的な魅力を持った場所があります。ただその場が魅力的であるということと、そこにパビリオンを上手に置くことができるのか、ということは別々に考えないといけません。
今のところ、緑豊かな場所と、都市的な場所という複数の場所に設置できればいいなと考えています。そして、いずれにも同じものを設置する。同じものが異なる場所に置かれることによって、より一層、それぞれの場所の違いや、場所の特性といったものが引き立てられ、あぶり出されるようになったら面白いなあと考えています。
―― 藤本さんは、大学に入学して上京するまでは、北海道にお住まいでしたよね。北海道のどちらでしたか。
藤本 旭川市の隣町の東神楽町で暮らしていました。
―― 家具の産地として知られている町ですね。家具の町ということは、木々に恵まれていたのでしょうか。
藤本 水田と、小さな雑木林が点在している、そして山に囲まれている。そういう風景でしたね。
―― 大学に入学するために上京されたときの東京の印象を覚えていますか。
藤本 意外なことに、快適だと感じました。どうしてだろうか、と疑問を抱いていました。その理由は、入学後、しばらくして建築を学び始めて、少しずつ見えてきました。東京のごちゃごちゃした場所が、故郷の森と似ているなと思ったのです。それは自分にとって、大きな発見だったんですね。
僕の実家は、ちょっとした崖の上にありました。崖がすべて雑木林になっていて、森の中で育ちました。小さいものが建ち並んで成り立っている東京という都市、あるいはそのスケール感が、森の中にいるときに見る風景と似ているなと感じたのです。だから自分は東京に住み始めたときから抵抗感がなく、むしろ居心地がいいなと感じていたのですね。
都心のごちゃごちゃとした露地を歩き回るのも、森の中で自由気ままに木々の間を走り回るのも、それほど違わないのではないかと受け止めていたのです。ですから子どもの頃の感覚が、いまだに続いているように思えます。
「外観があるが壁はなく、しかし内部空間は存在する。しかもその空間は三次元的に非常に複雑でダイナミック。建築では絶対に実現できない、しかし建築的な何かがあるように感じさせる存在」と、雲について言いましたが、それは森にも通じることです。
―― 東神楽町は、ラベンダー畑などが広がる富良野市にも近いですね。
藤本 もしも、圧倒的に美しいところで育っていたら、また違う意識が芽生えていたと思います。だだっ広いところ、美しいところというのはヒューマンなところを感じず近寄りがたく、遊び場にはなりません。
―― 雑木林ではどのように遊んでいましたか。
藤本 ただひたすら、木々の間をかき分けるように走り回っていました。特に目的はないのです。いわば、探偵ごっこのような遊び方です。
―― 東京も、乱立している建造物の間をかき分けていくような面白さがあるということでしょうか。
藤本 以前暮らしていた西新宿や中野、あるいは現在暮らしている場所に近い神楽坂周辺には、魅力を感じます。なんとも言えないごちゃごちゃ感がベースになっていますね。だだっ広い街というのは、自分にとって居心地が良いとは思えません。それは、自分が育ったところの風景と関係があるのではないかとも思います。
―― ごちゃごちゃ感とは、植木鉢を玄関前に置いているような印象でしょうか。
藤本 そうですね。植木鉢を出している人は、美学的にそのようにしているのではなくて、無意識のうちにそのようにしているのでしょう。そういう人びとの無意識の作為のようなものがつくり出す場所って、無意識のうちに快適さを生み出すことにつながっているのではないかと思います。
―― 計算していなくとも、それが心地良い空間を生み出しているということでしょうか。
藤本 そのゆらぎのようなものが、心地良いということだと思うのです。故郷の森は自然が生み出しています。東京の街の風景も人間という自然のものがつくっています。恐らく根っこは一緒です。ただ材料が随分と異なるので、どうしても見え方は変わってくるでしょう。
―― 今回、パビリオンの設置場所として、いわば森のような緑のある場所と、都市的な場所を構想していると聞きました。双方に設置すると、それぞれの場所の特徴があぶり出されることを期待しているということですが、同時に、両者の接点が一層、浮かび上がることにもなりそうですね。
藤本 そうですね。

「パビリオン・トウキョウ2021展 at ワタリウム美術館」(2021年6月19日〜9月5日)会場風景
撮影:後藤秀二

―― 国立競技場の設計に携わった隈研吾さんが「パビリオン・トウキョウ2021」の名誉実行委員長を務めています。今回は、その国立競技場の周辺に、建築家がそれぞれパビリオンを建築するという趣旨の下に進められています。
藤本 なんだかんだいって、あの新しい国立競技場がシンボリックな中心です。ですから、その近辺にパビリオンを点在させることによって、大きな国立競技場に対して、小さなものたちが、周辺から盛り上げていくことになると思います。
―― 今回の企画「パビリオン・トウキョウ2021」を、人びとにどのように楽しんでもらいたいと考えていますか。
藤本 それぞれのパビリオンは小さいのですが、一つひとつ巡ってもらうことで、その周辺の街、さらには東京全体を見る楽しさを感じていただけるのではないでしょうか。
―― 自身のパビリオンに対して、どのようなことを期待しますか。
藤本 今回のプロジェクトは屋根なので、直接触るなど、フィジカル(身体的)に相互作用することは期待できません。一方で、それゆえに期待できる楽しみ方があるでしょう。気楽に通り過ぎても、日陰として使ってもいい。そうして日常の中に位置づけられるといいなあと思います。
(聞き手、執筆、写真:共同通信記者 高橋夕季)
 
藤本壮介 Sou Fujimoto
1971年生。東京大学工学部建築学科卒業後、2000年に藤本壮介建築設計事務所を設立。主な作品に〈武蔵 美術大学美術館・図書館〉、ロンドンの〈サーペンタイン・ギャラリー・パビリオン2013〉、フランス モンペリエの〈L’Arbre Blanc〉、最新作〈白井屋ホテル〉など。2014年フランス・モンペリエ国際設計競技最優秀賞、2015年パリ・サクレー・エコール・ポリテクニーク・ラーニングセンター国際設計競技最優秀 につぎ、2016年Reinventer.paris国際設計競技ポルトマイヨ・パーシング地区最優秀賞を受賞。2025年日本国際博覧会(大阪・関西万博)の会場デザインプロデューサーを務める。
高橋夕季 Yuki Takahashi
共同通信記者。国際基督教大学卒業後、共同通信社入社。文化部で音楽、演劇などの担当を経て、美術や建築を担当。
シリーズアーカイブ
※本インタビューは、新型コロナウイルス感染拡大による、開催延期決定前の2020年3月末に収録されました。

世界的に注目される建築家のひとり、藤本壮介さん。拠点を置く東京とパリを比較しながら、東京という街と、パビリオンとの関係性が語られています。
提供:公益財団法人東京都歴史文化財団 アーツカウンシル東京
※本インタビューは、新型コロナウイルス感染拡大による、開催延期決定前の2020年3月末に収録されました。

「雲」を、パビリオンのモチーフとした背景や、そこに込められた期待などが、語られています。