パビリオン・トウキョウ2021 出展者インタビュー
2.建築家・石上純也氏インタビュー(後編)
2021/8/9
【インタビュー後編では、建築への姿勢、自然や屋外の捉え方などについて聞いた。】
―― 神奈川工科大学の「KAIT工房」では、305本ある柱の位置を1本1本綿密に計画しています。今回はどこに柱を建てるかをどのように決めましたか。
石上 どこに建てるかを考えるということではそう変わらないと思いますが、「KAIT工房」は、何もない空間にいずれ人が入っていくという点で、想定したことの効果を考えるのはより重要でした。今回はもともとのベースがあり、この木の近くがいいとか、ここの方が木に隠れていいなど、もっと具体的に進めていきました。最初に庭を模型で再現して形を理解し、次に図面を見ながら柱の位置を決めています。最終的には、現地で既存の庭との関係を確認して決定しました。基礎も埋めずに、既存の庭の地面の上に庭石のように露出して計画しました。僕たちは、建物の背景としての庭ではなく、庭の背景としての建物、つまり環境をつくりたかった。だから、建物を隠すとか照度を下げるといったイメージを確認した後は、いつも庭を管理している庭師さんが、雰囲気が連続するように仕上げてくれるのに任せました。建物が木々に埋もれてしまっても、むしろいいと思っていたくらいです。
「木陰雲」設計:石上純也〈本プロジェクト案〉(提供:公益財団法人東京都歴史文化財団 アーツカウンシル東京)
―― 建築には、温室、インサイド・アウト、半屋外、窓やフレームが自然を切り取るなど、外部と内部との関係を捉える概念がいくつかあります。石上さんは、建築と自然との関係でそれとは違うことをやろうとしているのでしょうか。
石上 重なる部分もあります。ただ、外部環境や内部環境を隔てたり融合したりという次元ではなく、内部空間であっても外部空間であっても建築によって新しい外部環境を作りたい。外という概念は必ずしも建築というフレームに囲まれた領域以外のみをさすわけではなく、僕たち人間を取り囲み周りと繋がっていく大きな環境のことだと思っています。そこがまず前提です。中と外を概念的に分けて捉えると、その途端に既存のフレームにとらわれてしまい、それぞれがテーマとして孤立してしまいます。僕は、そのあたりの境界線を外と内を隔てるなどではなく、別な次元でもう少し柔軟に捉え直して、新しい全体性としてのフレームをつくっていきたいと思っています。
―― 建築の中に新しい風景をつくる、といった表現もされますね。
石上 風景と呼ぶ方がいいのか。環境と呼ぶと広がり過ぎる。僕のなかでは、「風景」という言葉は、空間に変わる言葉として使っています。
―― 石上さんの建築には、樹木や植物が登場するものが多いですね。植木屋さんと張り合えるくらい、植物に対する知識があるのでしょうか。
石上 そんなことはないと思います。庭やランドスケープを勉強してきたわけでもありません。アート・ビオトープ那須の「水庭」も、建築の設計としてつくれるように考えた結果ああなった。そういう意味で言うと、建築家は技術についても知っている部分はあるにせよ、プロジェクトをやり始めると知らないことが多い。もちろん同じ建物を何度もつくっていれば知識がつくかもしれないけれど、純粋にその場所に合ったものをつくろうとすると、前の敷地で使ったものは使えない。それでゼロからどうつくるのかをリサーチするわけですが、全然知らない技術があったりして、そのプロジェクトの設計の中で初めて使っていく。庭の設計でも、技術的にわからないことは設計段階で相当考えます。
―― 「水庭」では160もの池がパイプでつながれていて、その流れを下水のシミュレーション技術を使って確認したとか、「KAIT工房」では自分たちで独自のCADソフトをつくって柱の位置を決めています。それまで全然知らなかった技術や知識のありかを、どうやって知るのでしょうか。
石上 そうしたことも含めてリサーチします。自分が全部知っているという前提で設計を始めると、世界が狭まると感じます。だから、知らないということを前提として始める。とは言え、つくるのが不可能なものは関心がありません。どうつくるかわからないけれど、なんとなくこういう技術の組み合わせでできるんじゃないかという想像力が働いている。出来上がっていくイメージがあるけれども、その確信がないところをリサーチによって埋めていくわけです。
―― スタッフに豊富な知識を持った人がいるのでしょうか。
石上 リサーチャーのように調べることに特化した人はいませんが、むしろ、スタッフ全員がその役割を果たしていると思います。「水庭」ならば、あの複雑な計画を施工してくれる人がみつかってこそ、でした。いくら技術的にOKでも、つくれると信じてくれる人がいないとできません。設計事務所にどんなに知識があってもダメなんです。「水庭」では施工業者を日本中から探そうとしました。僕の中では物量が重要で、日本全国の業者リストを集めてリサーチし、敷地に近い那須高原から当たっていきました。今回は静岡でそんな業者が見つかって、那須まで作りに来てくれました。
―― コロナ禍では、どんなことを感じましたか。
石上 僕は戦争も体験していないし、バブル崩壊時もまだ若かった。だから、世の中全体が変わるという体験は今回が初めてでした。世界全体の価値観が変わり得るということは、自分にとって勉強になりました。
―― 石上さんの建築は、外部に対して閉じられていないとか、小部屋に分かれていないとか、以前からコロナ対応型だったようにも感じます。パンデミックが起こって腑に落ちたことはありますか。
石上 先ほども話したように、以前から、新しい外をつくるような感覚で建築をつくりたいという思いがありました。それがコロナ禍でより重要になったかなと思います。緊急事態宣言下で、都市生活が個室の中だけでは、精神的にとてもつらいことがわかりました。レストランやコンビニへ行くなど、都市では屋外と屋内が連続して生活が成り立っている。都市のプライベート空間というのは、ずっと閉じられた小さな部屋にいることを前提にしていないんです。独り住まいならば、寝る時間だけいる場所だから小さくてもいいと考えていた。しかし、ずっとそこにいるのだとしたら、建築の中であっても外(つまり、僕たちを取り囲み周りと繋がっていく環境)が感じられるようにとか、そういうことが必要とされているのだと感じます。
(聞き手、執筆:編集者・ジャーナリスト 瀧口範子)
石上純也 Junya Ishigami
1974年生。東京藝術大学大学院美術研究科建築専攻修士課程修了。妹島和世建築設計事務所を経て、2004年石上純也建築設計事務所を設立。東京理科大学非常勤講師、東北大学大学院特任准教授、2014年よりハーバード大学大学院客員教授を歴任。主な作品に〈神奈川工科大学KAIT工房〉、「アート・ビオトープ那須」の〈水庭〉、〈サーペンタイン・パビリオン2019〉など。日本建築学会賞、第12回ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展金獅子賞など受賞多数。2018年、パリのカルティエ現代美術財団で大規模個展「石上純也 自由な建築」展を開催。
瀧口範子 Noriko Takiguchi
フリーランスの編集者・ジャーナリスト。シリコンバレーと日本を往復して、テクノロジー、ビジネス、政治、国際関係、社会一般に関する記事を幅広く執筆する。著書に『なぜシリコンバレーではゴミを分別しないのか?』『行動主義: レム・コールハース ドキュメント』『にほんの建築家: 伊東豊雄観察記』、訳書に『スタンフォード大学名誉学長が教える 本物のリーダーが大切にすること 』『人工知能は敵か見方か』などがある。大阪生まれ。上智大学外国学部卒業。1996〜98年にフルブライト奨学金を受け、スタンフォード大学コンピュータ・サイエンス学部に客員研究員として在籍(ジャーナリスト・プログラム)。
シリーズアーカイブ
「木陰雲」設計:石上純也、撮影:後藤秀二
世界中でプロジェクトが進行する石上純也さん。前編では、パビリオンのコンセプトや建築思想などを語ってくださいました。
提供:公益財団法人東京都歴史文化財団 アーツカウンシル東京
後編では、パビリオンも含め、建築に対する姿勢や自然と屋外の捉え方などを伺いました。