パビリオン・トウキョウ2021 出展者インタビュー
2.建築家・平田晃久氏インタビュー(後編)
2019/11/14
※本インタビューは、新型コロナウイルス感染拡大による、開催延期決定前に収録されました。
【平田晃久さんは建築を「生成する生命活動の一部」と捉え、生物や植物などの生態学の原理を設計に取り込む。キーワードは「からまりしろ」、「何かが絡まる余地」を意味する独自の言葉だ。それを具現化したとも言えるのが2016年に完成した「太田市美術館・図書館」。大小5つの箱の周りをスロープが巻き付く構造をもち、複雑に絡まり合う内部は街の延長のように歩き回ったり、くつろぐ場所を見つけることができる】
Art Museum & Library, Ota ⓒdaici ano
―― 「太田市美術館・図書館」を訪れて居心地の良さに驚きました。平田さんの建築の核心である「からまりしろ」の意味を改めて教えてください。
平田 昆虫少年だったので、子どもの時から蝶々が花の間を飛ぶのを面白いと思っていつも見ていました。木の枝や花の間にはフワフワした多様な領域が3次元的に生まれていますよね。境界線をつくって囲い取るのではなく、枝や花の周りに自然に領域ができて、それらが重なり合うことで複雑で3次元的な連続空間が生まれている。それを建築にしたいというのが僕の建築のスターティングポイントでした。
でもよく考えると、何かに絡まるのは自然界の原理にもかなっている。海底のゴツゴツした岩に海藻が生え、そこに魚が卵を生み付ける――そんな風にどんどん絡まり合ってひとつの豊かな生態系が出来ていくわけです。生命の誕生だって絡まりが連鎖した結果とも言える。20世紀の建築が囲い取られた空間を創出することだとしたら、違う原理で建築をつくりたい。そう考え、空間に代わる言葉として「建築とはからまりしろをつくることである」という仮設を立ててみました。
このパビリオンも単純にお碗をつくって領域を囲い取るのではなく、その中にいろいろな「からまりしろ」が生まれ、そこにまた別のものが絡まって、という僕の世界観に関係しています。
―― 「太田」では読書や休憩などのスペースが明確に区切られておらず、でも直感的に自分の居場所が見つかる感じがしました。
平田 そういう点が建築ではとても大事だと僕は考えています。ヒトは動物的本能で周囲の環境を読み取り行動する。もし今までの建築が人間の理性重視なら、これからは動物としての人間の行動を視程に重視するべきではないか。知識を身に付けるのはインターネットも可能ですが、建築は常に身体が介在します。「太田」のように複雑な空間を図に描くのは難しいけれど、体験するうちに例えばどの場所にどんな本があるか、体が覚えてくれるんですね。本能が刺激される建築は大事だと思います
―― 64年オリンピック東京大会は平田さんが生まれる前ですね。前回は代々木体育館の丹下健三氏をはじめ多くの建築家が五輪施設の設計に活躍しました。今回のメインスタジアムとなる新国立競技場をどう見ますか。
平田 まずは、あれだけ大きい建造物をこれだけの短時間でつくるっているのはすごいなと(新国立競技場は2016年12月着工、今年12月完成予定)。
―― やはり工期は短いですか。
平田 短いですね。よくつくれたとビックリしています。特にクレーンがズラッと並んだ風景は衝撃的で印象に残っています。巨大な建築は建ち上がる時は風景が特殊な雰囲気を帯びるんだと改めて感じました。
―― 新国立競技場は最初に決まったザハ・ハディド氏のデザイン案が白紙撤回になるなど紆余曲折がありました。
平田 確かに建築界、とくに建築家の社会的イメージにとってあまり喜ばしい経緯ではなかったかもしれませんね。でも新国立競技場ばかりが取りざたされ、一極集中で議論が沸騰したことが若い建築家にとって特に問題だったような気がしています。社会や建築界の関心が他の競技場や五輪施設に向きにくい状況の中で、コンペもなくすべてスルっと決まった感がある。もう少し何とかならなかったかとの思いはありますね。その意味でも今回の企画はうれしかった。
【「パビリオン・トウキョウ2020」を企画した和多利恵津子ワタリウム美術館館長は64年当時を「首都高が東京の街中をグルグル走るようになった。SF漫画のワンシーンを見るようでワクワクした」と振り返る。「そんな未来への期待感を今の子どもにも体験してもらえたら。オリンピックの時、あちこちに不思議な建物があったな、という感じで」と企した思いを語る】
平田 建築は大きさで記憶されるわけじゃない。場所と結び付くことで特徴的な建物が記憶に残っていく。その意味で、大都市の中に小さく個性が強いパビリオンが幾つも置かれる状況は大変面白いと思います。
―― たしかに子どもが見たら強い印象が残るかも知れません。
平田 子どもは正直だから公園の遊具とどこが違うか、どっちが面白いか瞬時に判断するし、行動にも出ます。だから子どもたちがどう感じるかはいつも気にしています。もちろん子どもだけでなく、大人の記憶や感覚にも残っていくものをつくりたいわけなんですけれども。
―― 例えば太田市の施設を使い慣れた人は、あれが美術館や図書館のひとつのスタンダードになるわけですね。そうした経験値は長い目で見ると町や都市を変えていく可能性があると思います。
平田 体で感じたことは思考にも浸透する。僕の場合は虫取りしていた時の地形や山の感触が体に未だに残っていて、自分の考えのベースの一部になっています。結局、人工物だろうが自然だろうが、取り巻く環境が人間をある程度つくっていくんですね。そう信じているので、少しでも世の中が生きやすくなる建築を目指してソフトな言葉で提案してきたんですが、こう東京全体がツルツルしてくると……。
―― ツルツル?
平田 まあ、外見通りの目的でつくられた分かりやすく、効率至上主義の建物を仮に「ツルツル」と呼ぶとして。少し前までの東京は不思議な建物や奇妙な場所がいろいろあって街の魅力のひとつになっていたけれど、それらがどんどん消え、ツルツルしたもので覆われようとしている。だから最近、僕たちが設計するような建築は無味乾燥の現実にプスッと突き刺さる「異次元」にならなければならないとも考えたりしますね。ちょっと極端な言い方かもしれないけど。だから今回のパビリオンも謎みたいな、街中で出合った時に「ワァー」と驚いてもらえる構築物にしたいんです。
(聞き手、執筆、写真:毎日新聞学芸部編集委員 永田晶子*)
平田晃久 Akihisa Hirata
1971 年生。京都大学大学院修了。伊東豊雄建築設計事務所を経て2005 年に平田晃久建築設計事務所設立。現在京都大学教授。人々の活動や周囲の環境と建築との関わりを重視した、生き物のような形態の建築を生み出している。主な作品に〈Kotoriku〉、〈太田市美術館・図書館〉など。第19 回JIA 新人賞、Elita Design Award、第13 回ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展金獅子賞(日本館)、日本建築設計 学会賞、村野藤吾賞など受賞多数。2016 年にニューヨーク近代美術館の"Japanese Constellation" 展に参加。
永田晶子 Nagata Akiko *インタビュー当時
毎日新聞学芸部編集委員。早稲田大学第一文学部美術史学科卒。1988年に毎日新聞社入社。生活家庭部副部長、日曜版編集長などを経て現職。主に美術や建築、デザイン分野を取材する。「平成史全記録」(毎日新聞出版)などに寄稿。
シリーズアーカイブ
初めて手掛けた公共建築「太田市美術館・図書館」が昨年の村野藤吾賞を受賞するなど、活躍が目覚ましい平田晃久さんです。パビリオンへの着想や現時点で検討していることなどが語られています。
©daici ano
インタビュー後編では、パビリオンの設計にこめられた思いが語られています。「太田市美術館・図書館」の解説を絡めながら、平田氏の建築観もあぶり出されています。