特集/ケーススタディ6

建築として表現する信念

 かくて出来上がった「幻庵」は、生みの親の川合邸とはかなり趣が異なったものになった。実際、石山が完成した「幻庵」に川合を案内したところ、「石山君、これは美術になっちゃったな」と言ったそうだ。おそらく師も弟子も互いに、今後は異なる道を歩むことを予感した瞬間だったにちがいない。
 川合が指摘したとおり、石山はおよそ建築の概念からはほど遠い、ともすれば建築ではないととらえられがちな土木や設備の範疇に入る工業材料を駆使し、そこにクレー、曼荼羅、ウィリアム・モリス、織部、マイルス・デイビスなど、多様なイメージを掛けあわせて、五感に響く建築をつくりあげた。本来、汚水が満ちる筒の中を、美しい絵本のような世界で満たしたのである。そこには、モダニズム建築が否定した装飾を肯定し、かつ抽象より具象を選びとって、建築として表現しようとする石山の信念が感じられる。
 石山を知る者ならご存じのとおり、当人は何歳になっても照れを偽悪で包み隠したような人物なのだが、「幻庵」はそんな石山の内なる純粋さの結晶のように思えてならない。それは石山に示唆を与えた川合、土地を発見し、石山を見守りつづけた懐の深い榎本、石山の情熱に共鳴した野口や及部という面々の偶然の結集なしには実現しなかったにちがいない。
 2006年、榎本は他界したが、今も家族がこの名作を大切に守っていると聞いた。今後も長きにわたり保存されることを切に願う。


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