特集/ケーススタディ6

ふり返ると予想外の美のような

 林を分け入っていくと、やがて木々のあいだに「幻庵」の姿が目に入るが、近づこうとすると手前に流れる小川が行く手を阻む。以前は架かっていた一本橋も今はなく、飛び石伝いに川を渡る。さらに進むと土地が少し開け、正面に絵画のごとく、まさに幻のような建築が現れる。地面に無造作に転がしたような筒形の外観。錆止めのオレンジがかった朱色に塗られたおにぎり形のファサード。色ガラスがはまったふたつの丸窓。日輪と月輪を象ったというふたつの窓は、歓待のウィンクを送る目のようで、ユーモラスだ。豊かなファサードのおかげか、決して環境を汚染してはおらず、不思議と周辺の緑と調和して見える。
 玄関は2階にある。タラップのような階段を上ろうとなにげなく手すりに手をかけると、手すりは右手から立ち上がって弧を描きながら左手に降りるという片持ち式で、宙に浮いているため、ゆらゆらと揺れる。安全を守るはずの手すりが不安をあおるかっこうだ。
 ドアを開けると、さらなる驚きのクライマックスが待っている。なんと足元にあるはずの床はなく、眼下は奈落である。立ちすくんで見下ろすと、はるか底に1階の居間が見える。眼前に架かっているのは、空中に浮かぶ透けた鉄の太鼓橋。細い部材をやけに広い間隔で組んであり、足を踏み抜きそうな格子状だが、これを渡らねば室内に到達すらできない。直線でなくアーチ状になった橋は、より奈落を深く、彼岸を遠く感じさせる。
 もはや後に退くわけにもいかず、わざわざ2階に上がらせておきながらなんたる仕打ちだろうと足裏の痛みをこらえ、恐怖心と闘いつつ、ようやく橋を渡り終えて、安堵して来し方を見返すと、今までの苦労が報われるような光景に出合う。南妻面のリズミカルな開口越しに背景の木立の緑が見え、色とりどりのステンドグラスからは幻想的な光が射し込み、1階の床にも揺らぐ水中花のように鮮やかな光を落としているのだ。また、橋の格子や間仕切りのパンチングメタルなど、透けた材料のレイヤーは動きに沿って空間の見えがかりを変化させる。こうして、アプローチから一貫した映画的手法により、楽園を思わせる美しい光景が無段階に展開していく。
 このように、不安や痛みを伴って立ち上がり、ふり返るとそこには予想外の美が待ち受けるという建築のありようは、住まいの快適性とは対極にあり、いわば表現を目的につくられた建築といっても過言ではない。それは茶室をもつ別荘ゆえに実現できたともいえる。


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