
さて、「ボックス・シリーズ」という名称から今日連想されるのは、95年から続く難波和彦の「箱の家」シリーズではないか。ほぼ同じネーミングとさえいえるが、その内容は驚くほど対照的だ。難波が工業製品を多用した標準設計を指向するのに対し、宮脇は一作ごとの違いを際立たせるべくエネルギーを傾注している。
そして最大の違いは、外部との関係性にある。難波がフルハイトの大きな開口により街へ開いているのに対し、宮脇は外部から閉じることで家族による小宇宙をつくっている。両者の違いは、近代的な家族像が変容し、新たなメディアによって個人と社会が直接的に結びついてきたこととも関連するのだろう。
しかし、すでに幻であったかもしれない「家族のだんらん」を愚直なまでに肯定し、それを社会から守ろうとする宮脇の空間は、今とても新鮮で魅力的に映る。それは、モダンリビングへの単なるノスタルジーではない。東日本大震災以降、大量に流布された「絆」の概念を陳腐化させないためにも、私たちはその理由を考えつづけていかなければならない。
>> 「グリーンボックス#1」のアクソノメトリックを見る
>> 「グリーンボックス#1」の断面図を見る
>> 「グリーンボックス#1」の平面図を見る





