私が来たのは住宅のため。どうしてレーモンドの編み出した木造をほとんど写すようにして自分の家としたのか。
「麻布筓町のレーモンド事務所で3年間過ごしました。以後26年間、思いつめて、ついに同じものを手に入れることができました。これだけいい空間が、足場用の杉丸太と合板で生まれるんですよ。この家は、合板を南洋材に替えてますが」
 レーモンドは建築家冥利に尽きるだろう。目のない素人が見たらただの山小屋と見まごうような安普請が、建築のわかる人をここまで引きつけるのだ。デザインの勝利。井上さんも同じ思いだったにちがいない。
 これのどこがそれほどいい効果を生んでいるのか、あらためて考えてみた。
 まず、構造材のスレンダーさがある。日本の伝統木造の視覚上の欠点は、柱材に比べ梁などの小屋組が太くなり、頭でっかちになることだが、レーモンドはトラスを巧みに組み合わせ、下のほうが太く、上のほうが細い合理的な材の使い方を実現した。重い小屋組がのしかかるのではなく、軽々と自分を包んでくれるような小屋組なのである。
 モダニズム建築の肝所である“構造と材料を隠すのではなく、積極的に表現する”という構造表現主義を、これだけ“端的”“純粋”“ローコスト”で実現した例はレーモンドのほかにはない。
 それが可能になったのは足場用杉丸太の力が大きい。もし杉丸太という、強い割には軽くてまっすぐで安い材が日本で発達していなかったら不可能だった。杉丸太は奈良の大仏殿をすっぽり覆うほどの構造力を秘めているのだ。木のジュラルミン。
 杉丸太の肌も利いている。なんせ数寄屋の磨丸太と同じ肌。
 そして何より利いているのは、多用されている半割材ではないか。角材をふたつの半割材で両側から掌で押さえるように接合する合理性は、見事というしかないし、また、丸太の断面の円形ゆえの無方向性が、半割りによって縦へと変わり、梁材同様の縦の方向性を得て、構造の美しさがそのぶん強化される。レーモンドの木造小屋組の秘訣は底が深いのである。
 問いは続く。レーモンドは、この半割丸太で挟むつくり方をどこで学んだんだろう。杉丸太は日本にちがいないが、日本の伝統木造にも杉丸太の足場にも挟む造りはない。
 レーモンドの日本以外の木造体験は、まず生まれ育ったチェコとスロバキア、次にアメリカとなる。レーモンドを調べるため4回チェコ・スロバキアを訪れているが、残念ながらこの問題意識なしで訪れ、有無を確認していない。アメリカのツーバイフォーのトラス小屋組はツーバイフォー材で大いに挟む。でも丸太は使わない。
 アメリカのツーバイフォーの挟むつくり方を、日本の杉丸太でやったと解釈すれば、あれこれ腑には落ちる。

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