イベントレポート
既にあるもので語られた未だ無きもの
レポーター=倉方俊輔
それにしても厳しい企画だったのではないか。活躍中の30代建築家5人が、自分が影響を受けた本を選び、それらを一堂に展示し、自らの読書術について講演する。選ぶ本の数は、各自20冊。これが4、5冊であれば、うまく取り繕うこともできるかもしれない。けれど、TOTO出版20周年にちなんだ20という数では、自分を出さざるを得ない。これまでの読書体験を振り返って、露出しなければいけない。ある建築家は、眠っていた本を整理し、本棚を新しくつくったと話した。ある建築家は、今日は裸になりますとレクチャーで述べた。
こうして選ばれた本が、それぞれ展示空間の椅子の上に鎮座した。サイズも色も異なり、ものによっては年季も入ったそれらは、本という物体の生命力を改めて感じさせる。並ぶ順序はばらばらで、挟み込まれたしおりで、誰が選んだ本かが分かるという仕組みだ。そう、展示の主役はひとまず建築家本人でなく、本なのである。
文字リストでは抽象的な100冊が、展示空間では他に代え難い「素材」のように存在感を示す。5人の建築家のレクチャーは、それらを一つの「建築」に編成する作業だった。語り口は、設計がそうであるように、みな違っていた。同時に、一様に誠実だった。他人が決めた正当そうな位置づけではなく、自分の理念に強引に押し込めるでもなく、20冊それぞれに対して自らの丁寧な言葉を与える。自分ではどうすることもできない素材を慈しみ、そこに元からあった自らの使い方を発見できる建築家のように、正しく本を語ろうとしていた。だからこそ、そこには自ずと自分が出て、自作を語るより、各自の建築観に対して雄弁だった。
厳しい企画の実りは他にもある。漠然と「若手」が集まるのではなく、結果的に1971年~74年生まれに限定したことだ。TOTO出版の20年と建築歴がほぼ重なる5人のレクチャーは、互いに響き合い、もちろん相互に響きを意識しているだろうことも感じられる。この同時代性については、最終回の1人の建築史家のレクチャーでも触れられた。一連の展覧会・講演会が本にまとめられた時に、より見えやすくなるだろう。
倉方俊輔 Shunsuke Kurakata
1971年
東京都生まれ
1994年
早稲田大学理工学部建築学科卒業
1999年
早稲田大学大学院理工学研究科博士 後期課程 満期退学
2004年
博士(工学)
2009年〜
芝浦工業大学、慶應義塾大学非常勤講師
主な受賞
2006年
日本現代藝術奨励賞、稲門建築会特別功労賞
著書
『吉阪隆正とル・コルビュジエ』、『東京建築ガイドマップ』(共著)、『吉阪隆正の迷宮』(共著)、『伊東忠太を知っていますか』(共著)