イベントレポート
YETの様相
レポーター=櫻井一弥
「様相」を紐解く“雲”と“流れ”
“YET : Cloud and Flow”と名付けられた原広司さんの講演会は、未完のプロジェクトと実際に建築として結実したプロジェクトが全く等価に扱われ、雲と流れをキーワードに作品を紹介するというスタイルで始められた。動画で示された原自邸はいまなお輝きを失っていないし、札幌ドームのモードチェンジなどは見ているだけで興奮するのだが、そうした建築の即物的な評価とは別に、原さんの思考が“比較的”わかりやすく説明された貴重な機会であったように思う。
Cloud = 雲のように、時々刻々とその様態を変化させながら存在する建築
Flow = 流れのように、その場を支配するベクトル場が変わっていく空間
普段の原さんに比べるとだいぶ平易な言葉でお話しされていたと思うので、私を含め一般の来場者もおおかた理解できたのではないかと推察できるが、原理論の真骨頂とも言える位相幾何学的・論理学的なアプローチの話となると最早完全には理解不能。理解不能なのだが、そこに表現された、常に未来を感じさせる概念やスケッチというのは、他の建築家にはマネのできない大きな魅力となって我々に迫ってくる。近年のクラウド・コンピューティングを参照しながら、結構昔のプロジェクトの雲的な特徴を述べるところなど、その先見性の確かさには驚かされる。
原さんが初期のころから引き合いに出す「様相」という論理学用語。建築を一つの物理的な固定された実態として理解するのではなく、時間軸上に展開された場-fieldの集合として記述しようとするフレームが、今回の雲と流れという括りによって、ぼんやりとではあるにせよ多くの人々の心に印象づけられたはずだ。
「YET HIROSHI HARA」の鮮烈な魅力
今回の講演会は、同名の新著の出版記念講演である。YET、すなわち未完の建築プロジェクトを集めたもの。初期のころからほとんど一貫した手法が採られていることに改めて驚いた。
学生になり立てのころ、原さんのラ・ヴィレット公園コンペ案を見て衝撃を受けたことを思い出す。その時点で既に10年以上前の作品であった訳だが、コンピュータによる作図やプレゼンテーションがまだ一般的でなかったころ、レイヤーという概念を用い、建築を現象の重ね合わせとして説明しようとするクールで特徴的な手法に憧れた。レイヤーという考え方は、その後CADの普及などによって建築系の学生にはすんなりと身体化されていったのだが、ここでも原さんの先見性が光っていたと言えるだろう。
本の中に散りばめられた「YETの教え」――短いアフォリズムは、ニーチェの思想を彷彿とさせる。そこには体系化された理論があるわけではなく、極めて断片的な小文の集積なのだが、それがかえって力強く我々の胸を打つのである。鋭い洞察と魅力的な絵。パラパラと本をめくっただけでも、それらが鮮烈に浮かび上がってくるのを実感できるのではないだろうか。
櫻井一弥 Kazuya Sakurai
1972年
宮城県生まれ
1996年
東北大学工学部建築学科卒業
1998年
東北大学大学院工学研究科都市・建築学専攻 修士課程修了
2000年〜
東北大学大学院工学研究科都市・建築学専攻 助手
2005年〜
SOY source建築設計事務所共同主宰
2010年〜
東北学院大学工学部 准教授
主な受賞歴
2008年
グッドデザイン賞、日本建築学会作品選集
2009年
キッズデザイン賞
2010年
JIA東北住宅大賞優秀賞