ル・コルビュジエやミース・ファン・デル・ローエと同時代を生き、北欧にモダニズム建築を確立した巨匠アルヴァ・アールト。数多くある彼の作品の中でも初期の時代の最高傑作として名高いのが、この「マイレア邸」です。マイレア邸は1939年、ヘルシンキ郊外の田舎町ノールマルクに、地元の実業家ハリー&マイレ・グリクセン夫妻の住宅として建てられました。製材会社の2代目として進取の気性に富むハリー氏と、当時ヨーロッパで盛んだった前衛芸術活動の、フィンランドでの後援者マイレ夫人。一方、「トゥルクの新聞社」(1929年)や「パイミオのサナトリウム」(1933年)などで頭角を現し、妻とともに世界的建築家として認められつつあったアールト。マイレ夫人の愛称を取って名付けられたこの住宅は、彼らの友情の証であるとともに、フィンランドに新しい血を注ぎ込もうとした若き4人の、実験的芸術作品でもあったのです。築後60余年を経て今なお住みつがれ、世界中の建築家たちの聖地となっている「生きた家」ヴィラ・マイレア。緑豊かな自然の中で、四季折々の陽射しを浴びてさまざまな表情を見せるこの家の魅力を、150点のカラー写真や現在の住み手である施主長男へのインタビュー、実測図面などにより、余すところなく伝える美しい写真集です。
アルヴァ・アールト略歴
1898
フィンランド中西部の村クオルターネに生まれる。
1924
建築家アイノ・マルシオと結婚(49年に逝去)。
1927
フィンランドの旧都トゥルクに事務所を移転。
1933
パイミオのサナトリウムを完成。ヘルシンキに事務所を移転。
1935
ヴィープリ図書館を完成(現ロシア・ヴィボルグ)。家具販売会社アルテック設立に参加。
1937
パリ万国博覧会フィンランド・パビリオンを完成。
1943
フィンランド建築家協会長就任(~58年)。
1946
米国マサチューセッツ工科大学客員教授(~48年)。
1952
建築家エリッサ・マキニエミと結婚。セイナッツァロの役場完成。
1957
英国王立建築家協会(RIBA)よりゴールドメダルを受賞。
1963
アメリカ建築家協会(AIA)よりゴールドメダルを受賞。
1972
フランス建築アカデミーからゴールドメダルを受賞。
1974
アルヴァ・アールト・ミュージアムをユバスキラに完成。