中庭の真っ白い壁には、ギャラリー・間が最初に行った「フランク O.ゲーリー展」から、前回の99回展までの全展覧会のタイトルが書かれている。それは圧巻で、このギャラリーが積み上げてきたものと、そして建築に与えてきた影響のようなものがじわっと伝わってくる。その時代に、誰のどんな表現が僕らの心をつかんだのか、それがどういうふうに社会に定着していったのか。タイトルから、その時代の風景や展覧会の様子を思い出すことができる(それは30代以上の人だと思うが)。ギャラリー・間の、シンプルなフォーマットが、そうさせているのだなと、改めて思った。
最初、この企画の相談を受けたとき、正直いって「なんて乱暴な企画なんだ」と思った。下手をすれば自分が大学時代にガツガツ言われた先生と同じテーブルに着かなければならない。はたしてまともなディスカッションになるのだろうか? なかなか想像しにくいことだった。
9月7日、シンポジウムの初日の風景がとても印象的で、やはりこういう場は強引にでも設けられるべきであったと再認識した。最初はぎこちない空気が流れてはいたが、お互いが何とか共通言語、共通の何かを見つけだそうと模索していく過程があって、それだけで4時間近くの時間があっという間に過ぎていった。
「僕が、死ぬまでになんとかやりとげたいことはね……」というとんでもない重たい言葉をさらりと切り出した原広司の姿に、たぶん会場に来た誰もが、「建築家ってそういうことだったんだ」と、不思議に納得したのではないかと思う。これから先のシンポジウムの展開が楽しみだ。
このプロセスは、後日、本になって出版されると聞いた。偶然性にあふれた本になることだろう。編集をやっている僕でも、できあがりの姿は全く見えない。でも、混乱を起こしてみることが、このプロジェクト全体の目的のように思えている。
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