TOTOと日経デザインが見つけた、身近なユニバーサルデザインを紹介するサイト「ホッとワクワク」。第21回からは再び、いろいろな施設のユニバーサルデザインにフィーチャーしていきます。
第28回と第29回は、山梨・南アルプス市にある「南アルプス市健康福祉センター」を取材しました。同センターは、健康診断などを行う健康づくりホールを中心に、児童館、市役所の窓口センター、会議室などが併設された複合施設。毎日、市内に住む幅広い年代の人がさまざまな目的で訪れます。「建物の設計では、誰もが行きたい場所にスムーズに移動できるアクセシビリティを重視しました。そのため、福祉先進国のデンマークで実践されている、五感を活用したユニバーサルデザインも取り入れています」と、設計を担当した日建設計・設計部門設計部長の岩ア克也さん。第28回は光や音、肌触りを感じ取る、人の五感を生かして移動をサポートするユニークなデザインを紹介します。
左/建物の中央には吹き抜けを持つ、広々としたコミュニティーホールがある。ここに廊下、階段、エレベーターなどの移動設備が集中しており、建物のどの施設にも行きやすい。 右/建物の外観(写真:すべて山田愼二)
中心にあるコミュニティーホールから建物が東・西・南・北に分岐して、それぞれの方向に異なる種類の施設があります。そのため、各方向の施設に行きやすいよう、それぞれの入り口付近に方角を示す大きなサインを設けました。東=E、西=W、南=S、北=Nという文字と、各方角のテーマカラーで簡単に識別できます。文字を大きくしたのは、吹き抜けを通じ、階下や向かい側からもすぐ見つけてスムーズに移動できるようにとの配慮から。背景のパネルには他の情報はなるべく少なくしているので、方向を示す文字は一層すっきりと目に入ってきます。
サインの背景にも使われている各方角のテーマカラーは、落ち着いた色調でコンクリート打ち放しの室内になじむ。サインはこの色調に白い文字で書かれ、見やすい
コミュニティーホール付近から、東西南北の方向にある各施設に向かって歩いているとき、耳を澄ますと周囲の反響音が変化していくのがわかります。天井を斜めにするなど高さに違いをつけているため、音に変化が出るのです。また、特にホールの端にあたる各施設への入り口付近では、音の鳴りやすい床材を使用。靴音や杖の当たる音で、自分のいる場所が分かる仕掛けです。床を叩いて、能動的に場所の違いを確認していくこともできます。こういった仕掛けは、特に、音に対する感覚が鋭い視覚障がい者にとって現在地を把握するのに便利。さまざまな配慮がさりげなく溶け込む、公共施設にふさわしい工夫ですね。
コミュニティーホールの天井。このようにダイナミックに斜度がつき、移動すると聞こえてくる周囲の音の質が少しずつ変わる
吹き抜けを囲む2階回廊の床面は、ホール端の付近でフローリングが3種類に切り替わっている
室内の壁面には、約90センチの高さに、濃紺のザラザラした帯状のラインがずっとつながっています。これは、単なる飾りではありません。この部分を触りながらたどれば、部屋の取っ手や照明のスイッチなど、必要な設備の多くに行きつくことができます。本来は視力の弱い方のために考えられた工夫ですが、濃紺のラインに自然に目がいくため、はじめて施設を訪れる人もスイッチなどの設備をすぐに見つけることができます。
駅などで見かける黄色い視覚障害者用ブロックの「リードライン」は凹凸があるので、つまづいたり、車いすやベビーカーが押しにくいケースもあります。壁面に設ければそういった心配もなく、繊細な違いの分かる指先で触るので大きな凹凸も不要。その結果、みんなに優しく、見た目にもすっきりときれいな「リードライン」が生まれました。
リードライン上に、ドアの取っ手やスイッチがある。ドアの表面にもリードラインは続いている
1、2階とも、写真のようにリードラインは途切れることなく壁面に巡っている。インテリアにも溶け込んで、違和感がない
(日経BP社「日経デザイン」 介川亜紀 フリー記者)2012年2月29日掲載
※『暮らしのUD ホッとワクワク』の記事内容は、掲載時点での情報です。
- 第29回は、2012年3月下旬に公開予定です。