Case Study #3

建築家の自邸も、リノベーション
ラフなものこそ、ラグジュアリー

建築家・浅子佳英さんによる築30年ほどの商品化住宅の自邸改修。100万円というわずかな予算で、ぜいたくで、ラグジュアリーな空間を目指した。きれいな仕上げが、いたるところにある現代では、むしろ、その場にしかないラフな仕上げのほうが、ぜいたくなのではないか。現代らしいデザインを、挑戦的に探究している。

作品 「Gray」
設計 浅子佳英

取材・文/杉前政樹
写真/傍島利浩

  • 2階のリビング兼アトリエ。4室と納戸に仕切られていた2階を、大きなワンルームのスペースとした。木質パネル工法の住宅であるため、柱のない空間を実現している。

 東急東横線の学芸大学駅からほど近い住宅地。外観は、築30年ほどの、ごくありふれた商品化住宅のそれであるが、外階段を上って扉を開けると意表をつかれる。がらんとした禅堂のような大空間に、巨大なテーブルとシンプルな照明。適度にほの暗く、セレクトショップのようなシックな雰囲気である。建築家・浅子佳英さんの自宅兼事務所には、設計事務所につきもののパソコンも資料集もなく、所員は現在1名。なぜこんな大空間を必要としたのだろうか。
「ここは妻の実家で、両親は1階に住み、2階が丸ごとあいていたので、10年ほど前から二世帯同居するようになりました。そのときに、まず内階段をなくして外階段を付け、天井をはがして小屋組を露出して断熱材を入れ、バスルームとキッチンの水まわりを2階に新設。1期工事には300万から400万円ほどかかっています」と浅子さん。

  • 2階のリビング兼アトリエ。玄関側を見る。奥のハッチから1階に下りることができる。天井をはがして現しになった屋根構造は、真束のないフィンクトラス。

  • ワンルームの中に、黒い箱のコアが設けられ、水まわり(バスルーム、キッチン)がまとめられている。

100万円でどこまでぜいたくな空間がつくれるか

 2階だけでも4部屋75㎡、若い夫婦にとっては十分な広さである。間仕切り壁は既存のままで壁クロスをはがし、床にグラインダーをかける程度の改修で、5年ほどのあいだは完全に上下階に分かれた二世帯同居を続けていた。やがて娘が生まれ、事務所と生活空間の混在が難しくなってくる。また1階に住んでいたご両親が後に亡くなられたことから、この家に転機が訪れることに。2期工事がスタートした。
「当時の私は建築を離れて、思想家の東浩紀さんらと出版社(コンテクチュアズ)を立ち上げて活動していたのですが、2012年に退社することになり、出資金の100万円が戻ってきました。じゃあこの資金を使って改修しようと考えたのですが、業者に頼むと大きなテーブルをひとつ製作したらそれでおしまい。幸い時間はあったので、2期工事はセルフビルドでどこまでおもしろいことができるか、挑戦してみようと思ったのです」
 東日本大震災を経て、建築界ではリノベーションに注目が集まっていたのだが、クロスをはがした「ラフデザイン」の家に長らく住んでいた浅子さんは「そういうのにはもう飽き飽きしていた」。そこで打ち出したテーマが「ラグジュアリー」。建築は安く合理的につくらねばならない、といわんばかりの昨今の風潮の逆をいく提案である。では建築にとって「ぜいたく」とは何か。ヒントになったのはレム・コールハースの「録音はスムーズで、ライブはラフだ」という言葉だった。商業主義が高度に発達した現代では、ノイズのないスムーズな録音CDよりも、ライブでその場限りのラフな音を体験するほうがむしろ「ぜいたく」、つまり「ラグジュアリー」だという考え方である。結局、その考えに共感した浅子さんは、現代的な新しいラグジュアリーのあり方としてのラフを追求することにした。

  • 2階のハッチをあけて1階を見る。1階はまるで地下のように感じる。1階には階段下の小アトリエと3つの個室がある。

  • 1階の子ども室。独立した家のような造り。

  • 1階のアトリエ。浅子さんの仕事場として使用。

  • 1階の寝室。補修部分やビス跡などを白色のパテ処理。

広々としたぜいたくな共有空間と
ぎゅうぎゅう詰めの個人空間

 そこで、床のコンパネ材や本棚の木材は雨ざらしにして、退色したグレーの色や雨染み模様そのものを味わいとして生かした。高価で高品質な建材よりも、長い年月と風雨に刻まれた、その場でしか出せないラフな素材感こそが現代的ぜいたくなのだ。
「それだけではつまらないので、規格化住宅(小堀住研)の木質パネル工法という特性を生かして、2階は壁面を全部取り払って広々としたぜいたくなワンルームにする一方で、1階はさまざまな種類の小さな部屋をぎゅうぎゅう詰めにしています。床下収納みたいな扉を開け、地下に潜るようにはしご状の階段を下りると、なぜか窓の外に通行人が歩いている。この空間感覚のギャップがおもしろいと思ったのです」
 寝室は4畳、妻の書斎は3畳、子ども室にいたっては2畳の極小スペースだが、それぞれの素材や色を家族の好みに合わせて変化をつけ、内装から家具まですべてひとりでコツコツと3年かけて製作してきた。材料費はトータルで100万円。
「雑誌に図面を掲載するときは、材料費の明細を書くようにしたんです。かなり安価であることがわかり、雑誌を読んだ人が自分でも始めたいと思えるようにしたかったのです。材料は、ネットや都内のホームセンターで買っていました。スタッフの木材カットの腕前がよいところや、単価や送料など、当時は暗記していました(笑)」
 安価な建材の選び方を惜しみなく公開し、一般の人がDIYで自分らしいインテリアをつくることを応援する一方で、建築家がリノベーションの仕事ばかりを手がけること自体は、じつはあまり肯定的にとらえていないという。

  • リビング兼アトリエの奥にある本棚。棚や床の材料は、数カ月のあいだ外部に放置して退色させることで、荒く生生しい表情になるようにしている。

  • 数カ月のあいだ外部に放置した、棚の合板と2×6材。

  • 同様に外部に放置した合板でつくられたシェーズロング(長椅子)。ル・コルビュジエのアニマル柄を意識して、狐の毛皮を敷いている。

  • 木毛セメント板を現しにして用いた玄関扉と内壁。材料の表情は荒々しいが、端部はきれいに納めている。

  • 玄関脇の壁面。既存のビニルクロスをはがした裏紙を現しにしている。白色部はパテ処理。

建築家にしか発揮できないデザインの力を信じて

「今の日本では、予算と工期に合わせた手堅い設計をするのが建築家の職能、という風潮があるように感じていますが、先日訪れたニューヨークは大変好景気で、再開発地区では新奇なランドマーク建築が競って建てられていました。バブル的なものがよいとは言わないけれど、もっとデザインが重要視されないと、東京が世界的に魅力ある都市として生き残っていくことはできないでしょう。社会的な課題であるリノベーションも重要ですが、それだけでは都市の活力は生まれません。建築家が本来果たすべき〈デザインの力〉を発揮する局面は、まだまだあると信じています」
 建築とインテリアを手がけ、思想家たちと議論を戦わせるユニークな活動を続けてきた浅子さん。長い時間をかけた自邸の改修を通して、新しい〈デザイン〉を挑戦的に探究している。それは、衰弱しつつある「建築家という職能」そのものをリノベーションしたいという静かな意志の表れのようにも思えた。

  • 改修中
    退色した荒々しい表情を生み出すため、あえて外部に放置している合板。
    提供/タカバンスタジオ

  • 改修中
    浅子氏自らセルフビルドによって施工した。安い工事費は、そのため。
    提供/タカバンスタジオ

  • 外付けの鉄骨階段。2階にある玄関のアプローチになっている。

  • 南西側から見た外観。今回の改修は内部のみで外部は手をつけていない。

「Gray」
  • 建築概要
    所在地 東京都
    主要用途 住宅、アトリエ
    家族構成 夫婦+子ども1人
    設計 浅子佳英/タカバンスタジオ
    構造 木質パネル工法
    施工 浅子佳英/タカバンスタジオ
    階数 地上2階
    敷地面積 128.96㎡
    建築面積 81.77㎡
    延床面積 149.49㎡
    設計期間 2012年3月~2013年12月
    工事期間 2012年6月~2015年1月

  • おもな内部仕上げ
    コンクリートパネル脱色のうえ、
    ワックス仕上げ
    珪藻土(吉野石膏)、
    PB既存クロスはがしのうえ
    パテ処理仕上げ、
    木毛セメント板 t=15㎜、
    木軸現しのうえAEP(黒)
    天井 強化PB(グレー)

  • 改修工事費
    残材処分費 100,000円
    2階床仕上 67,720円
    2階壁仕上 25,900円
    1階壁仕上 約100,000円
    1階床仕上 約20,000円
    そのほか造作、
    家具、雑費など 
    約500,000円

    ※材料費のみ。給排水衛生設備、電機、外部階段、1、2階ドア、2階天井工事は別途。

Profile
  • 浅子佳英

    Asako Yoshihide

    あさこ・よしひで/1972年兵庫県生まれ。94年大阪工業大学工学部建築学科卒業。建築設計事務所、インテリアデザイン事務所を経て、2007年タカバンスタジオ設立。09年東浩紀らとともにコンテクチュアズ設立、12年退社。おもな作品=「Gray」(15)、「八戸市新美術館」(設計中、西澤徹夫との共同設計)など。

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