フランスというと、なぜいつもこんな暗いホテルを選んでしまうのかわからないのだけれど、とにかくここもすべて暗い。そして重い。
リヨン旧市街の古い古い路地に面したホテル。赤い壁のエントランス・アプローチを歩くとガラスの自動ドアが妙な音を響かせ、異次元の世界に誘うよう。ダイニングを兼ねた中庭の吹抜けまわりには濃い黄色のアーチと赤い壁の回廊。時間がゆっくりと巻き戻されるような不思議なタイム・スリップ感。
ゲストルームに入って目が慣れてくると息をのんだ。テーマは「ライブラリー」だったのです。
ベッドルームの一面、サイドテーブル、バスルーム、ランプのボディ、ベッドのクッション、ベッドスロー……それらがすべて、古い本の背がずらりと並んだ写真と、リアルな壁紙や裂地で埋めつくされ、一部には本物も使ってあって思わず吹き出してしまう。本に押しつぶされる夢を見そうだ。
照明が少ないから室内の暗い赤、重いピンクや濃い茶も影の中。ぎいぎい音をたてるアンティーク家具のライティング・ビューローやコーヒーテーブル。床のフローリングはユーズド・オーク。小さな中庭に面する窓を開けると、たっぷりしたドレープ・カーテンがわずかに動く。
でも、ベッドルーム・レベルから上がったメザニンのバスルームはモダン。湯が溜まるのに時間がかかる大きなバスタブ。オーバーヘッド型のシャワーは雨のよう。スタンド・タイプの洗面台は意外に使いやすい。
便器やビデは部屋のエントランス近くにあるけど、手洗い器はここにない。「フランス人は手を洗わない」ってほんとかな?
部屋によっていろいろなテーマのインテリアになっているらしく、全部見たくなる。
探検と実測が一段落したので、世界遺産の旧市街で、すり減った石畳をひたすら歩きまわる。ホテルに近いソーヌ川沿いには、川俣正さん(*1)のインスタレーションのようなアート。ダブル・ランプ(斜路)とあるが、遠目で見ると工事現場の足場だと思ってしまったほど風景に溶け込んでいる。
リヨンは美食の街。どこもおいしいというが、ちょっと調べて新市街にあるレストランを予約すると、これが大当たり。味が濃くなく洗練されている。
2日目、ぶらりと歩いていてすごいブション(*2)に出くわした。アントレやデザートが大きな植木鉢みたいな器に入って5〜6個、お好きなだけどうぞとどーんと来る。テーブルが小さいからそれを積み重ねる。おおっ、これは日本の「おばんざい」以上ではないか!
すてきなチョコレート屋もある。「ポール・ボキューズ(*3)の市場」という名のマーケットもある。何もかもとてもきれいで、こんなに整然とした市場は初めて。猥雑さがなく清潔で、どの食材ももちろんいいものばかり。レストランもたくさん。
かつて絹織物で栄えたリヨン。都市圏規模ではフランス第二の都市というが、パリよりよほどのんびりしている。料理ばかりではなく、いろいろな記憶が加わった。
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*1/川俣 正(1953〜):北海道三笠市出身のアーティスト。世界各地にワーク・イン・プログレスという手法で現地制作を行う。東京藝術大学教授などを経て、現在、フランス国立高等美術学校教授。
*2/Bouchon:フランス語で「ワインのコルク栓」を意味する居酒屋のようなレストラン。
*3/Paul Bocuse (1926〜):フランスのリヨン近郊にあるレストラン「ポール・ボキューズ」のオーナーシェフで、ボキューズ・ドール賞の創設者。「ヌーヴェル・キュイジーヌ」の旗手といわれる。





