旅で泊まるところはホテルとは限らない。寝台列車もホテルのようになってきた……というよりどちらが近づいたともいえない。
南アフリカのケープタウンからザ・ブルートレイン(*1)に乗って1泊。首都プレトリアのホテルに泊まり、ロボスレイルで2泊してケープタウンに舞い戻るというコースをたどる機会があった。両者(両車?)とも特徴があってじつにおもしろいのだが、ロボスレイルについて書くと……。
そもそもオーナーのローハン・フォス氏は鉄道好きで、プライベートに車両を買い集めては走らせていろいろ楽しんでいた。この楽しみをみんなにも味わってもらいたいと1989年から寝台列車事業を興したというから、いわば道楽のような家族経営。南部を中心にアフリカをいろいろ走らせている。ゲストハウスや航空機事業もある。
プレトリア郊外にある専用駅で、オーナーが自ら行程や列車内の注意事項を説明し、自家用ジェット機で先まわりして到着駅でも大きなトランクを運んでくれたりする。スタッフはトレイン・マネジャー以下とても親切で家庭的。「お・も・て・な・し」の極致。
南アフリカやイギリスなどの古い車両を改造しているのでよく揺れ、幅860㎜のガラス窓も上下に開く。古きをなつかしむ向きにはたまらない。早く到着することを目的としているわけではないから最高速度は60㎞/h。フラミンゴがたくさんいる湖の傍では減速し、就寝時間中はなんと大草原に停まっているので静かでよく眠れる。だから2泊。
窓外はどこを向いても地平線というサバンナ。遠くに野生動物の姿や水を汲み上げている風車がチラホラし、そんな景色が何時間にもわたって続くが、まったく飽きない。
コーポレート・カラーはダーク・グリーンで室内は天然木の練付合板(*2)に赤味の強い塗装。ゲストルーム入り口の建具は引き戸で戸袋がない。鍵もない! ベッドは固定でベッドに入るときは短辺から。
食事時間を知らせるチャイムが聞こえ、2車両あるダイニングカーに向かう。ひとつはあの有名な柱が立ち並ぶダイニングルームでこれも修復。ドレスコードがあるので、ボウタイできめる。1、2時間ほどかける食事が日に3度あるから、ついワインを飲み、料理を食べすぎてしまい、帰国してからが心配になる。
ロイヤル・スイートだけにあるフリースタンディングの猫足バスタブを使った。
思い立って照明をすべて消し、窓をすっかり開けて停まった列車の静かな湯治としゃれこんだ。「あっ」と声が出た。なんと満天の星。もやもやしているのは天の川、ミルキーウェイ。地平線ぎりぎりまで輝いている星をしばし見とれた。
最終日の朝に「5㎞歩くエクスカーション」があって人気がある。列車を降りて沿線を約1時間半、半ズボン姿で歩いた。音が何もなく、遠い山と涼しく澄んだ朝の大気だけ。とても気持ちがいい。
今や最もぜいたくなことは、あかりを消したり、音がなかったり、乗り物に頼らずに歩くこと……ということになってしまったのか。
5月下旬だったが、秋から冬に向かっていて紅葉が始まっていた。
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*1/The Blue Train:南アフリカの旅客鉄道公社ラックスレールが運営する豪華寝台列車。ギネスブックにも記載がある。プレトリア~ケープタウン間1600㎞を26~27時間1泊2日で結ぶ。
*2/天然木練付合板:薄くスライスした突き板を合板に接着材で張りつけたもの。





