建築家なんだからもうちょっと何か、と思いながら中に入り、吹抜けの主室を見て、2階に上がり、2階からしばらく内外を眺めながら考えた。この簡単で小さな住宅は、日本の木造モダニズムの流れのなかでどんな位置を占めるんだろうか。鉄とコンクリートではなく木造でモダニズムを試みるという日本独特の建築表現の歩みのなかに、生田を置いてこなかったのは歴史家の迂闊。そのなかで、レーモンド、前川、丹下、清家、吉村など、生田と同時代の建築家の住宅をとらえてきたのに。
　そう思いながらあらためて見まわし、歴史家はあれこれ考えた。
　まず、寸法について。この小さな家の構成は、東側の玄関、居間、食堂、台所からなる部分と、西側の風呂、便所、母のための和室のふたつに分かれ、2階も同じように大きな東側と小さな西側にスッパリ分離されている。もちろん中心となるのは東側だが、この寸法を見ると三間四方の正方形。“九間（ここのま）”になっている。
　九間は室町時代に成立した日本の木造住宅平面の基本として知られ、みなで集まってあれこれ楽しむ部屋としての“会所（かいしょ）”もそうだったし、能舞台もそう。吉村順三は、日本だけでなく世界の住宅でも心地よい部屋は測ってみると三間（5.4m）四方に近いと述べている。
　その人体に最も心地よい寸法としての九間を平面でとるばかりか、立面においても、目見当で言ってしまうが、九間を基本にしている。
　次に、小住宅の吹抜けについて考えた。昭和10年代から戦後にかけての木造モダニズムは、このやり方を大いに好み定番化しているが、どこに由来するんだろうか。日本では鉄筋コンクリート造の「レーモンド自邸」（51）だが、その元を世界にたどるとル・コルビュジエ最初期の「シトローアン住宅」（20）に行きつく。
　生田は、まだ日本のモダニズムがバウハウス中心にまわっていた昭和10年代初期からル・コルビュジエに目を向けていたから、「シトローアン住宅」の卓抜な空間処理に気づき、いつか自分もと考えていたのだろう。
　そう思って「シトローアン」と「牟礼」を比べると、全体の構成はよく似ている。立方体的なマッスと狭苦しさを克服するための吹抜け。
　違うところもあり、「シトローアン」はアトリエ住宅的大ガラスはあるものの、ガラスによって内外の空間が連続するほどスケスケではないのに対し、「牟礼」は、角の柱1本を支えとして2方向に向けての全面スケスケ。そればかりか、普通なら壁にする切妻壁までスケスケ。コルビュジエや前川やレーモンドはこういうことはしなかった。とすると、世界の誰に発する発想だろうか。やはり、ミースといってかまわないだろう。丹下もル・コルビュジエではなくミースに魅せられていた時期に木造の自邸を手がけ試みている。
　とすると、「牟礼の家」には、モダニズムの2大根源ともいうべきふたつの流れが流れ込んでいることになる。日本の戦後モダニズムが、ル・コルビュジエとミースの両方に架かりながら推移したことを思うと、この小さな木造立方体の中には、戦後のエッセンスが封じ込められている。平面も立面も九間という基本的立体であることを考えると、戦後のエッセンスが結晶化しているといえるかもしれない。