バスルームに杉の香り Hyatt Hotels and Resorts ホームページへ

 年1回くらいだがキャンプサイトにテントを張る。まず地面を水平にする。ゴツゴツはもちろんだが、わずかに傾斜した地面の上はなんとも眠れないものだからだ。テント張りで注意するのはそんなものだが、シュラフに入って、眠りに落ちるまで、さまざまなホテルのことを思うことがある。気分よく寝るためにわれわれはずいぶんいろいろな「手順」を踏むものだと思う。その手順というかプロセスを楽しむためにホテルの「モロモロのこと」があるのだ。そのモロモロがほとんどないテントの中でそんなことを思いながら酔眼を閉じる。
 上海にちょっと行かないでいると、景色が変わってしまっている。それだけこの都市にはスピードがあるし、刺激的。それにこのごろは投資家たちがたくさん跳梁跋扈しているように思えてならない。
 隣地にはもっと高いものが建つらしいが、今のところこれが中国一の超高層。地上492m、101階の森ビルによる上海環球金融中心(上海ワールドフィナンシャルセンター)。その79階から93階にあるパークハイアットに投宿した。全部で174室。
 トニー・チー(*1)のデザインは、どこも徹底している。平面はじつにすっきり。しかし細かく凹凸というか隙間がたくさんある。でもミニマルなデザイン。抑えた色彩に強い上質感が漂う。高い天井をいっぱいに使い、さりげなくいたるところに照明が仕込まれている。ミラーもたくさん。マテリアルは厳選されてわずかしか使っていない。木部はすべてヴェンゲ(ウェンジ)材(*2)練り付け。しっとりとした特殊な塗装で、触れるとその感触に驚く。石材はすべてバサルティーナ(*3)だと思うが、粗い水磨きでもちろん眠り目地。壁はプラスター塗りか麻布張り。グロッシーな仕上げは限られ、ほとんど艶がない。どんなに大きなスイートでも同じ材料と色、ディテール、デザイン。広さだけが違っている。建具には「枠」というものがいっさいない。どの部屋も薄緑色のデイベッドが備えられていてそこだけ色があるようだ。
 バスルームは洗い場タイプで、ヘチマが入った「曲げわっぱ」の器が置いてあり、その杉の香りがホッとさせる。高いレインシャワーはまるで雨の中にいるようで快適だ。バスタブの首があたるところは木。あふれた湯はうまく溝を流れていく。うまい。
 2泊目にやっと実測する気になったが、いつもどおりに描けない。長いのだ、60㎡近くある。60分の1で描いてレターペーパーを2枚つなげる。
 いったい何が肝心なのだろう。ソフィスティケートな空間なのか? 細部なのか? こだわった素材か? 漂う上質な空気か?
 朝、85階の「ウォーターズエッジ」と呼ばれるスイミング・プールに行く。持ち上げられたインフィニティ・プール(*4)は誰もいなくて鏡のよう。それを割ってゆっくりと往復しているうちに、「六十肩」が少し治った。以前に金茂(ジンマオ)タワー(*5)からの眺めを「天界の視点」としてお釈迦さまが見下ろしているようだと書いたが、今、さらに高いところから水着でそれを見下ろしている。摩天楼の高さ比べ、いったいどこまでいくのだろうか?

*1
/Tony Chi:ニューヨーク在住のインテリアデザイナー。ほかの作品にパークハイアット・ワシントンDC、インタコンチネンタル・ジュネーブ、グランドハイアット台北、グランドハイアット東京など。http://www.tonychi.com/#
*2
/ヴェンゲ(ウェンジ)Wenge:アフリカ産の木材。アジアではムラサキタガヤサンの一種。細かな木目が美しくこげ茶色をしていて、内装や家具材に使われる。数年前、ミラノやニューヨークで大流行した。
*3
/バサルティーナ:イタリアのライムストーンの一種でグレー。斑が少ない。
*4
/インフィニティ・プール:エッジから水が静かにあふれ、遠景の海や空につながるように設計されたスイミング・プール。ハワイやニースに多い。
*5
/金茂(ジンマオ)タワー:地上88階建て、高さ420.5mの浦東(プードン)のタワー。SOMが設計し、グランドハイアット上海が入居している。


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