特集

南側の「庭」から主屋である「家」と増築された半月型のホール「代」を見る。 写真/藤塚光政

2022年 春号 主屋を変革する増築‑ CaseStudy#2‑異質な半月型のホールを取り付ける

作品/「家と庭と代(しろ)」
設計/村山 徹+加藤亜矢子

日本の住宅問題が凝縮したような既存に対して村山徹さんと加藤亜矢子さんが出した解決案は建築確認申請不要の小さな「代」を増築することだった。

南側から見たホール。左手の扉が玄関。ホールの膜天井には、梁の形が浮かび上がり、やわらかな光を透過している。 写真/藤塚光政
リビング。<br>ホールが接したことで、膜天井から降り注ぐ光と、庭側からの風がリビングに行き渡る。 写真/藤塚光政
北側からホールを見る。真壁の柱のリズムが、庭へと続く長細いホールのシークエンスを強調している。 写真/藤塚光政

 江ノ電の長谷(はせ)駅を降り、鎌倉大仏に向かう道をそのまま道なりに左に曲がって進むと、大仏坂の切通しが始まる。脇の急斜面には、寄り添うようにして民家が建て込んでいる。谷戸と呼ばれる谷状の地形は、とりわけ鎌倉ではおなじみの風景だが、この大仏坂切通しは中世から続く古道とあって、建て込んだ民家もかなり年季が入っており、しかも目的の家に行くには隣家の敷地との隙間、幅1mにも満たないような小径を延々と30mほど歩いてようやくたどり着く。この地に立つ築50年の家をリフォームしてほしい、とムトカ建築事務所に依頼が入ったのは2018年春のこと。「年老いた両親が住む実家の耐震性が心配なので」と、京都に住む息子さんからの依頼であった。

課題だらけの既存

「まず、住所をスマホに入れても行き方がわからないんですよ。表札もないし、途中の家で何度かインターホンを押して、ようやくたどり着けたぐらいで」と、ムトカ建築事務所の村山徹さんと加藤亜矢子さんは振り返る。そこには増築を重ねた木造家屋が敷地めいっぱいに立っていた。106㎡の敷地に対して、延床面積が110㎡以上。指定容積率が80%なので、大幅に超過している。そもそも接道条件を満たしておらず、再建築不可なのでリフォームしか選択の余地がない住宅なのだが、建築家がかかわる以上、既存不適格のままでお色直ししました、という改築は避けたい。そのためには、リフォームして狭くなるという不条理を、施主に受け入れてもらわなければならない。
「すでに南側の和室の床が傾いていて、床下を開けてみると、土台と束柱がシロアリの被害でボロボロ。しかも地盤調査をしてみると、南側部分はこれ以上荷重をかけてはいけない状態だと判明しました」
 おふたりは思い切って南側の居室を取り除き、さらに湿気でカビが発生しやすい現状から通風をよくするために、東側の擁壁が迫っている部分も削ることを提案した。建蔽率40%の敷地なので、これぐらい劇的に削らないと法規を満たせない。しかし当然ながら、施主の理解を得るのは容易ではなかった。
「地盤調査の数値を見せて危険性を知ってもらい、建物を削って庭にしたほうが、アウトドアリビング感覚で室内が広く見えて、狭くても結果的には環境が確実によくなりますよ、と説得していきました」
 削られた南側居室の1階は、施主のご主人側の母親の部屋であった。長らくこの地に暮らした老婦人が息を引き取った部屋は、ほぼそのままの状態で夥しい数の遺品であふれかえっており、家族も手をつけるのを躊躇っていた。故人の大切な思い出が詰まった場所を、何もない庭空間にするのは、心理的な意味でも理に適っていたのかもしれない。

階段。既存の階段を改修して直階段に。ホールとつながったことで、2階に温かな空気が上っていく。 写真/藤塚光政
見晴らしのよい2階のルーム1。真っ白に統一された1階とは対照的に、合板の色味を生かしている。 写真/藤塚光政
前面道路から、非常に細い小径を通って敷地に行き着く。 写真/藤塚光政

減築と耐震補強で終わるには物足りず

 ようやく減築について同意を取り付けると、次は内装に関するリクエストである。施主の奥さまは美容関係の会社を経営しており、とりわけ白い空間にこだわった。
「海外のラグジュアリーホテルがのった雑誌などを見せて、大理石の白い床が張られた部屋に住みたい、という明確なイメージをおもちでした」
 既存の構造材を残してリフォームするといっても、土台はガタガタの状態。結局、軸組をジャッキアップしてベタ基礎を敷き直し、束材も補修するとなると、それだけで多額の費用が発生する。限られた予算のなかで、高価な建材を選ぶ余裕は残されていない。そこで標準的な内装材をうまく工夫して使うことで、壁と天井、床を白で統一したシャープなリビング空間を実現した。「小山登美夫ギャラリー」をはじめ、数々のホワイトキューブを手がけてきた建築家の面目躍如である。だが、それだけでリフォームを終了するのでは何かが足りない。単に減築して耐震補強するだけではない、プラスアルファがほしい。おふたりはそれを、建築確認申請が必要ない10㎡以下の増築で実現しようと考えた。
「最初は庭のスペースに、2階だけ10㎡の見晴らし小屋みたいなものを飛び出させて、下はピロティにする案を考えました。お施主さんも好感触でしたが、僕らのほうがなんだか納得がいかず、これじゃないな、と。増築することで既存部分の意味をガラリと変える、いわば〝転覆させる〞ほどの効果は生まれていないように感じたのです」
 建築評論家の植田実さんは、ムトカ建築事務所の作風を「即興的な建築」と評している。その特徴が最もよく表れている改築が「天井の楕円」である。都内にある建築家設計の住宅。天井高が3・5mある45㎡のリビングルームが、「あまりに茫漠としていて、うまく住みこなせていない気がする」という施主に対し、高さ1・8mの中2階の床を挿入するという回答を出した。床といっても、その大部分は楕円形の穴が穿たれているので、穴を切り取った「残り縁」で巨大な空箱のウエストを内側からギュッと固めたかのような改築。一瞬でひらめくアイデアながら、構造補強であり屋内庇にもなり、何より子どもがぐるぐる走りまわれる、こんな楽しい空間はない。

家と庭と代 写真/藤塚光政

小さな増築が既存部と減築部をつないだ

 では、この鎌倉の家をどうすれば“転覆”させられるか。次に出てきたのが、庭の南端に小屋を建てる別棟案。3畳ほどの空間は、息子さんが帰省した折などに寝室として使えるゲストルームとなる。これも施主には好評だったが、やはりあと一歩、何かが足りない。そうこうしているうちにコロナ禍もあいまって家族の状況が変わり、10㎡の用途が自由になった。そこで建物の西側に細長い通路でアプローチする案が浮上。さらにそれを発展させたのが、既存建物と庭の矩形に、そこから飛び出した「のりしろ(代)」のような半月型のホールを西側にくっつけた現行案である。
 長い小径を歩いてきた来客は、ゆるやかにカーブする外壁に誘われるように左手に進み、弧の中央に穿たれた玄関扉を開ける。すると内部は白い膜を通してやわらかな天井光が降り注ぎ、左に進めばリビングへ、右に進めばガラス戸を出て庭のテラスへとつながる。
「この案が浮かんだときに、これだ! と思いましたね。外から帰宅して家に入るあいだに、あるいは家から庭に出るあいだに、異質な空間を必ず通ることになります。玄関機能を延長したこの“代”によって、リビングと庭が等価につながり、既存建物のあり方を“転覆した”と感じたのです」
 ホールの天井は、まるで船底のように、ゆったりとしたカーブを描いている。その白い膜の上部は空気層となっており、冬季は陽光で暖められた空気をリビングに送り込み、夏季は室内の熱気を排出できる。視覚的な役割だけでなく、空調としての機能ももたせているのだ。風がよく通ることもあって、夏でもほとんど冷房をつけないで済むという。
 再建築不可の老朽住宅、地盤の弱い崖地、建蔽率超過の既存不適格、居住者の高齢化、工事車両が入れない現場……。まるで日本の住宅が抱える諸問題を凝縮したかのような既存住宅の条件にもかかわらず、ムトカ建築事務所はスマートに、あたかも一筆書きのように、さらりと解決案を示した。
「床面積を削ることで、逆に豊かになりますよ」という建築家の予言どおり、モノにあふれていた以前の家から大量の不用品を処分し、コンパクトな終のすみかにリフォームした施主夫妻は、じつにいきいきとこの家での暮らしを楽しんでいるように見えた。

減築+修繕+増築の流れ

0.既存建物
0.既存建物

法定面積を大幅に超過して住宅が建てられており、加えて接道条件も満たしていないため、再建築不可だった。

1.南側ボリュームの減築
1.南側ボリュームの減築

敷地造成時の盛土が地盤沈下したことで、南側半分は基礎が割れ傾いていた。南側のヴォリュームを取り壊し庭として、構造と環境の健全化を図った。

2.法定に合わせた北側ボリュームの修繕と部分的減築
2.法定に合わせた北側ボリュームの修繕と部分的減築

増築可能な10㎡以内の余地を考慮しつつ、さらに法定面積の超過分を減築。加えて、主屋は屋根と骨組みを残して適宜修繕した。

3.確認申請不要な10㎡以内の増築
3.確認申請不要な10㎡以内の増築

法定面積以内かつ10㎡以内の条件を最大限に生かした増築を行う。特定の機能がある部屋ではなく、あえて「代」を増築した。

増築前の外観(Before)

増築前の外観(Before) 撮影/中山保寛
提供/ムトカ建築事務所

敷地は鎌倉特有の谷戸地形。東側には擁壁がそびえる。既存部は増改築を繰り返し、敷地いっぱいに立っていた。

ムトカ建築事務所

  • 村山 徹氏の画像

    村山 徹Murayama Toru

    むらやま・とおる/1978年大阪府生まれ。04年神戸芸術工科大学大学院修士課程修了。04~12年青木淳建築計画事務所勤務。10年ムトカ建築事務所共同設立。関東学院大学研究助手。

  • 加藤亜矢子氏の画像

    加藤亜矢子Kato Ayako

    かとう・あやこ/1977年神奈川県生まれ。04年大阪市立大学大学院前期博士課程修了。04~ 08年山本理顕設計工場勤務。10年ムトカ建築事務所共同設立。奈良女子大学准教授。

ムトカ建築事務所のおもな作品=「小山登美夫ギャラリー」(16)、「天井の楕円」(18)、「WOTAoffice project」(21)など。