特集

竣工後から、木々が南面に大きく迫り出すように順調に成長。モザイク状のファサードとともに、周囲の景観に穏やかに彩りを与える。 写真/川辺明伸

2022年 新春号 植物と建築の融合‑ CaseStudy#2 ‑植物×集合住宅
自然と街の記憶が宿るよりしろ

作品/「Overlap House」
設計/平田晃久(平田晃久建築設計事務所)
植栽/塚田有一(温室)

3軒の専用庭付き住宅を積みあげた「Overlap House」。
建築がつくり出す地形や環境をよりしろに、街の記憶が重なり、多様な植物が根づき枝葉を伸ばしさらなる新しい景観が生み出されていく。

竣工 2018/6

竣工 2018/6 写真/阿野太一

街の雑多さを肯定的に取り込む

「Overlap House」は、どのようなコンセプトで設計されたのでしょうか。

平田晃久オーナーは長らく南大塚にお住まいで、ご近所の家は庭木が多いので、なるべく緑を提供するような建物にしてほしい、それ以外はほとんど何も注文されませんでした。本当にそれだけでいいんですか、と戸惑いつつも、その期待に応えるべく考えたなかで出てきたのが、庭付き一軒家を地面ごと3つ積み重ねたような集合住宅、という案でした。近隣にはちょっとした庭をもっている戸建てがまだ結構残っているので、外にも広がりを感じられるような建物にできればと思いました。というのも、この周辺は街の雑多な要素が適度に混じりあっていて、なんとも居心地がいいんです。そのよさをシャットアウトして、敷地内だけで美しく完結するのではなく、外の要素が入ってきてもいやじゃない、むしろ家の中に広がりをもたらせてくれるような家にできないか、ということを目指しました。

敷地にはそれまで何か立っていたのでしょうか。

平田もともと賃貸アパートがありました。容積率をめいっぱい使えばもっと床面積は確保できるのですが、オーナーは、自分たちの住む街をよくしていこう、隣地に住んでいて気持ちいい状態を優先しようというお考え。通常はディベロッパー経由で設計依頼が入るのですが、オーナーは雑誌か何かで僕の設計を知って、直接いらっしゃいました。植物がたくさん植わっている作品を見たのでお願いしたいという純粋な思いからスタートしたプロジェクトでしたので、経済的な妥協や調整を抜きにして、根本的なところでうまくいったと思います。

① 2F GardenB。テーマは林道の庭。主木にはツリバナ。雨のあたる日陰にはシダ植物、雨のかかる明るい縁には落葉性の花木。 ※写真と図面の番号は対応しています。 写真/川辺明伸
② 2F 3階へ向かう階段からGardenBを見る。高低差があるのでさまざまな背丈の植物が思い思いに成長し、さらに立体感を出す。 ※写真と図面の番号は対応しています。 写真/川辺明伸
③ 1F 1階南面。トキワマンサクや朴の木、ジューンベリーなど高さのある樹木と、シダなどの下草が組み合わさる。屋根の下はおもに観葉植物。 ※写真と図面の番号は対応しています。 写真/川辺明伸

造園家の塚田有一さんと協働しようとお考えになったのはどの時点ですか。

平田塚田さんとは、大塚で「Tree-nessHouse」(17)を一緒に手がけていたので、設計依頼が来たときから一緒にやりたいと思っていました。

塚田有一最初に模型を見たとき、屋根の下になる部分の植栽は制約が多いので、まずはそこをどうクリアするかが課題だと思いました。勾配のきつい箇所もあり、どうやって土が流れないようにするか、技術的な工夫も必要でしたね。周囲の自然の地形を敷地内に引き込もうという設計なので、それならば全体をひとつの山とか丘に見立てて、東京という都市らしい、雑多な植物が組み合わされたシーンがつくれるのではないかと考えました。

平田構造的にいうと、平面は柱間2.7mのグリッドで規則正しく鉄骨を組んでいて、高さ方向の梁は上げたり下げたり自在に調整できるようになっています。これらを組み合わせることで、敷地内で一層分ぐらいの高低差がある自然の地形を生かし、そのまま地面がせりあがって、ぐるっと螺旋を描いて3階まで上っていくようなボリュームをつくりました。その隙間の植栽計画を塚田さんにお願いしたのですが、かなり自由に「お任せ」しました。それはこれまでの設計にはない貴重な体験でしたね。

塚田下階の屋根が上階の地面となって、地形がオーバーラップしているような建物でしたので、それぞれの場所の特性に合った植物を覆い重ねていくことを考えました。植物には、放射状に広がるもの、垂直に伸びるもの、枝垂れていくもの、さまざまなタイプがありますので、建物の「地形」に合った多様な植物をオーバーラップさせていったのです。

④ 1F どこか浮遊感のあるエントランスのドア。貼られたミラーが植物を映して、さらに緑の印象を増している。 ※写真と図面の番号は対応しています。 写真/川辺明伸
⑤ 2F-3F 雨水は樋で集められ、写真のチェーンを伝って、屋根下の植物にも行き届くように工夫されている。 ※写真と図面の番号は対応しています。 写真/川辺明伸
⑥ 3F 3階入口前の斜面には、アロエやエケベリアなどの多肉植物やユッカが植えられ、異国のような空間に。 ※写真と図面の番号は対応しています。 写真/川辺明伸

環境を読み解きながら植物を配置する

平田さんは自身の建築について、「からまりしろ」という言葉をよく使われていますよね。

平田建築は人工物ではありますが、たとえば飛行機の上から街並みを見ると、自然の地形のように見えなくもない。屋根は雨水が流れるようにデザインされた造形だから、その集合体もまた、水の流れによって削られた大地と共通するものがあるわけです。ならば建築は人間主体でつくられてきたという考えをいったんやめて、生態系の一部として建築を考えるとどうなるのか、というのが僕の建築のテーマなのです。そこで出てきたのが「からまりしろ」という考え方。海底に岩があって、岩に海藻がからまって、そこに魚が卵を産みつけて、それを目当てに別の魚が寄ってくる。こうした自然界の仕組みのように建築を考えたときに、たとえば「Tree-ness House」の場合はコンクリートの箱が岩で、ところどころに窓を穿って襞のようにベランダをからませ、そこに植物がからまってくる。その選定を塚田さんにお願いしたわけです。

塚田平田さんが「襞」と呼んでいるプラントボックスは、それぞれ日照や通風条件が違いますから、それに合わせて何を植えるかをポイント的に選ぶ、というのが「Tree-ness House」の仕事でしたが、今回は連続して傾斜する地面にどのような分布で植栽を配置するかを全体的に考えるプロジェクト。植物は気持ちのいい場所に育つので、日当たりの悪いところはあえて何も植えずに砂利にしてしまうという選択もしました。

平田僕は建築の人間ですから、どうしても建築のコンセプトから考えてしまうんですよね。たとえば3階の庭を僕がつくったら、なだらかに傾斜した地形をそのまま、全面的に植栽にしてしまうと思うのですが、塚田さんは庭を区切って少し段差をつけて、平らな部分をテラスにしてテーブルセットを出せるようにしています。塚田さんは完全に植物の気持ちになっていますから、このへんは明るくて植物が育ちやすいとか、ここは雨水が入らないから乾きやすくてしんどそうとか、すべてをそういう視点でとらえていらっしゃいます。

塚田1階は、周囲の住宅の庭木との連続性をもたせつつ、屋根のついた半室内のような環境ですので、インドゴムの木とか、モンステラなどの観葉植物をまるで水族館のように密集させて植えています。東京は冬は庇さえあれば、多少の養生により南洋性の植物でも越冬できる。2階の吹抜けは陽当たりがそれほどよくないので落葉樹を多めに植えて、四季の移り変わりを楽しむとともに、冬に日差しがたっぷり入るように工夫しました。そして3階のテーマは山頂の庭。小さな芝の丘にティーツリー(メラレウカ)を。下からの見上げを意識して、日差しや乾燥に強い植物を植え、テラスにはローズマリーやマートル(銀梅花)のような香りのよい植物を選んでいます。

これだけの庭ですと、水やりするのも大変ですね。

平田オーナーが「水やりができる方」という条件で入居募集をしてくださったおかげで、とても良好な状態を保てています。それだけでなく、この建物は雨水を壁伝いに這わせて樋に集めて、チェーンで下階に落として自動的に水やりできる仕掛けを内蔵しています。ですから同じ階の庭でも、雨水が落ちて湿潤なゾーンと、そこから離れて乾燥しがちなゾーンがあって、塚田さんにはそれに合わせて植栽プランをしてもらっています。

塚田山のなかに谷間の水路や尾根沿いの乾いた地面があるのと同じで、これもひとつの自然条件ですね。さらにいうと、「Overlap House」は壁面の色の組み合わせが場所によって異なるので、その背景の色に合わせて何を植えるのかを考えるのも楽しい作業でした。

平田この建物のボリュームを決めた当初は、スチレンボードの白い模型のイメージで進めていたのですが、このままの白い建築にしてしまうと、周囲の環境から明らかに浮いてしまうと思ったんですね。そこで周辺の建物の壁や植栽を写真でサンプリングして色の割合を計算し、それぞれの壁面の背後に広がる色の比率に合わせてスレート壁の色彩パターンを変えて貼っているのです。それはもう、このスケールの集合住宅に、どれだけ時間をかけているんだという熱意で……まったく赤字にしかなりませんが(笑)。

塚田基本的には壁の色が決まってから植物を選んでいます。花も葉も茎もひとときとして同じ色がなく、壁のパネルの色が豊かなぶん、ニュアンスも複雑に見える気がします。

平田「Tree-ness House」の場合は、コンクリートと植物が「物質的に」からまりあうということがテーマでしたが、今回はそこからさらに拡張して、街のいろいろな記憶や意識レベルでの「からまりしろ」になるものを考えたかった。現に、竣工時には東隣にサウナ湯があり、その建物のレンガ色やコインランドリーのビニール庇の緑色が壁面の比率にサンプリングされていますが、サウナ湯はもう壊されて存在しません。こうした「すでになくなってしまった街並み」の記憶も受け入れています。

⑦ 2F-3F 斜面の部分は土砂が流れないよう割ぐり石が積まれ、隙間からシダ類や多肉植物が生育している。 ※写真と図面の番号は対応しています。 写真/川辺明伸
⑧ 3F 無理に植栽を施すのではなく、砂利やタイルを敷き、潔く“植えない”造園で、暮らしと共存させる。 ※写真と図面の番号は対応しています。 写真/川辺明伸
⑨ 3F 2階と異なり、日当たりのよい3階の庭には、乾燥や日差しに強い植物を選んでいる。 ※写真と図面の番号は対応しています。 写真/川辺明伸

自然と触れながら暮らすことの豊かさを見直す

竣工から3年が経って、どのような変化をお感じになっていますか。

塚田想像以上におもしろくなっていますね。サウナ湯がなくなったことで1階の庭は格段に陽当たりがよくなっていて、インドゴムの木がものすごい勢いで成長していますし、3階の庭のシンボルツリーに植えたメラレウカよりも周りの木が旺盛に育ち、視線をさえぎる役割もしています。

平田植物って本当にすごい。僕も含めて大抵の建築家はコントロールフェチですから、つい全部つくり込んでしまおうとしがちなのですが、この建物は建築家だけで考えていては到達できない空間になっているなという実感はありました。今日久しぶりに訪れてみて、それがちゃんと根づいていることを再認識して元気が出ましたね。

塚田一昨年から世の中ではずっと「ステイホーム」と言われていますよね。それもあって、最近、「ホーム」って何だろうとあらためて考えてみたんですね。もちろん家もホームですし、自分の精神的内面とか、地球のこととか、どれも「ホーム」が意味するものですよね。でも本来的にはラテン語の「フムス」、土とか大地の意味から来ていて、「ヒューマン」もやはりフムスから派生しているそうです。つまり土や深層への意識、微生物や見えないものへの想像力をはたらかせ、自然の中でどう暮らすかを考えること。それこそ、人間中心的な建築や都市のあり方をいいかげん変えていかないと。大地や海を汚すことは、心や身体も壊すことではないでしょうか。

平田この集合住宅は、不動産価値的にいうと、床面積が60〜70平米の賃貸住宅というスペックでしかカウントされないのが現状です。でもおそらく将来的には、庭の豊かさが家賃にも反映される時代が来るのではないかと思いますね。

塚田この建物には年に5回、メンテナンスに通ってオーナーや住人の方と直接お話ししていますが、植物の名前を聞かれたり、水やりは足りているかと相談されたりします。ステイホームで自宅にいる期間が、人間は自然の中にいる、ということをあらためて考えなおす機会になっていくといいですね。じつは、庭はつながりを感じるための装置でもあるのです。

⑩ 3F 3階GardenCのテーマは「山頂の庭」。中央の主木はメラレウカ。 ※写真と図面の番号は対応しています。 写真/川辺明伸
Overlap House 写真/川辺明伸
  • 平田晃久氏の画像

    平田晃久Hirata Akihisa

    ひらた・あきひさ/1971年大阪府生まれ。94年京都大学工学部建築学科卒業。97年同大学院工学研究科建築学専攻修士課程修了。97~05年伊東豊雄建築設計事務所勤務。05年平田晃久建築設計事務所設立。おもな作品=「桝屋本店」(06)、「Tree-ness House」(17)、「太田市美術館・図書館」(17)など。

  • 塚田有一の画像

    塚田有一Tsukada Yuichi

    つかだ・ゆういち/1968年長野県生まれ。91年立教大学経営学部卒業。草月流家元アトリエ、イデー勤務を経て、05年温室設立。花活けやイベントのディスプレイのほか、個人邸の造園やオフィスなどのグリーンデザインを多数手がける。おもな造園作品=「Tree-ness House」(17)、「鷺沼GREENBASKET」(20)など。