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竣工から10年。南面の黄金葉ツタはコンクリート壁をすっかり覆いつくし、建築と一体化してファサードになった。 写真/藤塚光政
約8mの天井に到達したオリーブやレモンユーカリが、天井いっぱいに枝を伸ばしている。 写真/藤塚光政

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植物と建築の融合作品/天神山のアトリエ

『TOTO通信』2022年新春号では「植物と建築の融合」という特集を企画しました。時とともに植物が生長し、建築と融合したかのような姿を取り上げています。竣工からしばらく時間が経ち、よい方向に変化を遂げた建築です。
新春号にあわせて公開される本動画では、藤野高志さんの「天神山のアトリエ」を紹介。竣工から10年ほどが経ち、家の内外に繁茂した植物がコンクリートの建築を覆っています。 再生時間/2:22

2022年 新春号 植物と建築の融合‑ CaseStudy#1 ‑植物×アトリエ
植物が五感を刺激する

作品/「天神山のアトリエ」
設計/藤野高志(生物建築舎)
植栽/太田敦雄(ACID NATURE 乙庭)

「春は花の香りに満たされ、夏は机に木陰ができ、秋は落葉が降り、冬は暖かな陽が地面に届く」五感を刺激し、移りゆく四季を感じさせる植物たちは、人間のつくりえない環境装置として空間をさらに豊かにしている。

竣工 2011/1

竣工 2011/1 提供/藤野高志

つくり手が描いた物語を超える植物の力

「天神山のアトリエ」が竣工したのが2011年1月になります。この10余年を振り返って、いかがですか。

藤野高志竣工当時は南面の入口にある植物群は小さくささやかな存在でした。アトリエ内部も細い樹木が数本頼りなげに立っているだけ。木々が成長しても支障がないように、最高高さは約8mで設計したのですが、今や主木のレモンユーカリやオリーブは天井に到達し、上にはいけないので横に枝葉を伸ばしつつあります。

太田敦雄竣工は完成ではなく、スタートです。植栽は設計図どおりにつくられても、その後の運命は人生のように多様な歩み方や岐路があり、予想できないのがおもしろい。藤野さんのアトリエを訪ねるのは数年ぶりですが、がらりと様子が変わっていて驚きました。とくに南側の外壁沿いに植栽した黄金葉のツタは、繁茂する範囲は高さ・幅ともに5m程度といわれていますが、この場所に合っているのか、通常より大きく育ち、屋内に入ってきています。

藤野室内で植物が育つと、葉からの蒸散作用で天井や壁が結露します。対策として有圧換気扇を回していたのですが、数年後にはそれでは足りなくなり、南側の高窓を365日開け放しにするようにしたのです。その窓からツタが入り込み内壁も覆いました(笑)。結果としてツタが地面から吸い上げた水が網目状に壁を冷やし、葉が壁を影で覆い、夏の暑さがやわらぎます。室内に植物があると、季節に応じて陽をさえぎったり取り入れたりしてくれて、よい香りもする。あらためて植物は人間にはつくりえない高度な環境調整装置だと気づきました。

太田私がこの植栽の生みの親だとすると、藤野さんは育ての親。私が選んだ小さな植物たちが、想定を超えてじつにこの場所の植物らしく育って空間と響き合っている。藤野さんが植物の力を許容しているからこそ、この空間ができているんですね。

南側の本棚の梯子からアトリエを見下ろす。まるで森の中に机を置いているよう。 写真/藤塚光政
住居スペースより北側の角を見る。奥の木のボックスはトイレ。天井の枝がこちらまで伸びてきている。 写真/藤塚光政
玄関と本棚。高窓上部を一年中開け放していた結果、外のツタが入り込み内壁をも覆いはじめている。 写真/藤塚光政

「天神山のアトリエ」の建築と植栽計画のコンセプトをお話しいただけますか。

藤野土地の所有者からここを利活用したいと相談を受けたのですが、幹線道路に面して交通量が多いので、住宅よりも店舗がよいだろうと考えました。また当時、私は独立したばかりで、自宅の子ども部屋を事務所にしていて手狭だったので、自分で設計して借りることにしたのです。最低限の住居機能も備えていて、竣工後2年ほどここに住んでいました。太田さんに植栽を相談したのは、設計の初期の段階でしたね。

太田私は藤野さんが設計した庭付き集合住宅に住んでいたんです。日々変わっていく私の庭を藤野さんがご覧になり、アトリエの植栽計画を依頼されました。私自身も建築学科で設計を学びましたが、このプロジェクトを機に植栽家としての人生を歩みはじめました。

藤野「天神山のアトリエ」は4枚の壁と屋根だけの原形的な建築です。各壁面には棒グラフのような縦長窓を設け、天井はガラス面を通じて空の動きを映します。木々が自由に根を張れるよう基礎は外周のみ、また幹線道路の騒音・振動対策のため鉄筋コンクリート造とし、一発打ちのシームレスな壁にしたく、高流動コンクリートを用いました。

太田植栽計画については、藤野さんから「ここに主木がほしい」など具体的な要望ではなく、ここで過ごしたいシーンのイメージが語られました。「春は花の香りに満たされたい/夏は机に木陰ができるように/秋は寝覚めのベッドに落葉が降って/冬は暖かい陽が地面に届く」といった具合です。

藤野高崎で独立する前は銀座や会津で働いていて、大都会あるいは雪深い山間部といったダイナミックな環境の中にいたんです。けれども地元に戻ったら中庸な時間が流れているだけ。それでものんびり毎日を過ごしていると、この地にもゆっくりと変化する時間と空間があることに気づきました。そんな微差を忘れず、日常的に環境の移ろいを感受しながら建築を考えてゆきたいと思い、つくったのがこのアトリエです。

上から室内の樹木の成長を定点観測する

2011/03/11

2011/03/11 提供/藤野高志

2011/07/27

2011/07/27 提供/藤野高志

2012/04/28

2012/04/28 提供/藤野高志

2012/10/09

2012/10/09 提供/藤野高志

2013/05/21

2013/05/21 提供/藤野高志

2013/08/15

2013/08/15 提供/藤野高志

竣工後から、藤野さんが暮らしていた約2年にわたって本棚の上から撮影。最初は身長ほどで細枝だった小さな樹木が、短期間のうちにものすごいスピードで成長したことがよくわかる。

目を瞑っても見える植物のある情景

藤野さんが提示した抽象的なイメージを、どのように植栽を具体に落とし込んでいったのでしょう。

太田環境の変化を感じ楽しむ建築なので、屋内外の区別を意識させない植栽がよいと考え、通常なら外の顔になる主木を屋内にも植えています。樹木の成長を可視化するため、あえて小さな苗木で植栽しました。また道ゆく人にも窓越しに樹木が見えるように大窓の位置とシンクロさせたり、植栽で動線を示唆するなど、樹木の配置はかなり建築的な思考で決定しています。
 室内といえば観葉植物を置くイメージが強いですが、本件ではジャカランダやレモンユーカリなど、どちらかといえば屋外に植えるような樹種を屋内の主木に選び、地植えしています。これらは比較的温暖な環境を好み、冬がきびしい高崎では屋外に植えると寒さで越冬が難しい。それがガラス1枚に守られ生きながらえている。これらの樹種が建物の中に植えられている意味をさりげなく込めています。

藤野植物を鑑賞するものとしてではなく、五感で感じられるように、香りの動線がつくられているのも特徴です。植栽計画の打ち合わせで、いわゆる植栽図ではなく、太田さんが箱に精油の瓶や植物の本物の葉を並べ、どんな香りが漂うのかを知覚で示してくれたことを覚えています。

太田藤野さんは変化する環境を強く意識されており、動物的な感覚で居場所をデザインしようとしている。ならば植栽は五感で感じられるほうが、より「生物建築舎」らしいのではないかと。したがって、動線の出発点となる駐車場横にはオールドローズ、入口はハーブ類、アトリエ内は柑橘系、奥のプライベートゾーンは甘く重たい花の香り……と、目を瞑っていても景色が感じとれるような「香りの動線」をつくっています。landscapeならぬ、aromascapeですね。

五感、というと音も含まれますか。

藤野じつは、植物も音を出すのです。主木のレモンユーカリは、5月になるとピピッと音がした後、バリバリッと樹皮がはがれる。室内に入り込んだツタも、新しい芽が吹くタイミングで古い葉殼が一斉に開き、小さなプチプチという音を伴って、わずか半日のあいだに雨のように降ってきます。

太田室内だからこその発見ですね。同じことが屋外で起こっていても自然な出来事として見過ごしてしまう。ものすごく劇的ではないけれど、樹皮がむけることや、葉から香りが漂うことを知ることができるのは、日々の微差や小さな感動の連続ですよね。そのような積み重ねがあると、身のまわりで起きているさまざまな変化に気づけるようになり、物事を感受する解像度が上がると思うのです。

藤野興味があるのはまさにそうした動的な風景ですが、揺れ動いているものを測るには絶対座標が必要で、私にとってはそれが建築です。方眼紙の座標のように静かで動かぬ存在ですが、それが前景化するのではなく、動くものの背景であってほしい、というのが私の建築観です。
 人間を取り巻く物理的な空間は宇宙までほぼ無限に続いていて、建築はその膨大な広がりのほんの一部を囲いとる器にすぎません。けれども囲いがあることで人間は空間の広がりを感じることもできる。たとえばこのアトリエの四面の縦長窓は、一定の高さで風景を切り取る水平窓とは異なり、地面から近景・中景・遠景、さらに先の中空まで、自分を中心とした同心円的な空間の序列が視界に入ります。そこに植物や雲などが重なり、自分がどんな時間と空間の広がりの中にいるかを確かめられるのです。

アトリエ東側のオレンジマートル(平面図136)の根元。配線や配管は真砂土の下に埋没してある。 写真/藤塚光政
西側のジャカランダ(139)の根元。さらに根が成長し、突き固めた土の床を突き破っている。 写真/藤塚光政
屋根に上ってガラス面を清掃する藤野さん。見ているうちに、内外の境界がわからなくなってくる。 写真/藤塚光政
生育が早いため、主木の剪定は2ヵ月に1回のペースで、事務所総出で行っている。 写真/藤塚光政

日常は微差の連続でできている

植物の手入れはどのようにされていらっしゃいますか。

藤野1年目は大きくなれよと祈る気持ちで水をやっていましたが、2年目からは根が地下水の層まで到達したのか、自力で吸い上げるようになったので、以降水やりはしていません。主木の剪定は2カ月に1回、事務所総出で1日がかりでしています。虫はそれなりに悩みのタネで、主木のレモンユーカリなどは除虫効果があり虫を寄せつけませんが、他の植物は年によってはアブラムシが発生し、上から油が滴り落ちるので、そんなときは枝ごと伐ります。花の香りに惹かれてクマバチがやってきたり、クチナシにスズメガの幼虫がつくので、申し訳ないけれど退治します。

雑草などの草抜きはしないのですか。

太田雑草という植物はないんです。意にそぐわないものや許容度を超えてはびこる植物を人間側の都合で雑草と呼んでいるわけで。もちろん繁殖力が強すぎる植物は他を駆逐するので、庭主の統治が必要です。その強弱や方法は自由であり、そのさじ加減が「その庭らしさ」として現れるのだと思います。雑草と思うものを無差別に排除するのではなく、好みでないものや増えすぎたものを抜くという選択的除草もありでしょう。植栽は自然界のものではなく、多かれ少なかれ人の手によりつくられる人工的な環境です。放置すれば、文字どおり野放図な荒れ野に戻ってしまう。人工と自然のバランスを維持していくには、人間の介入は必要でしょう。人間もその庭をつくる環境要素のひとつです。とくに植えたての植物は赤ちゃんのようなものなので、ある程度安定的に成長しはじめるまでは保護してあげるのが肝要ですね。

藤野竣工時にのべ143種を植えましたが、今は3分の1くらいになっています。生存競争に勝ち残った植物がテリトリーを広げたり、鳥が落としていったのか、知らない花が育っていたり。西庭のジューンベリーが今年枯れて残念ですが、枯れ木姿の樹形が美しいのでそのままにしています。

太田この建築と植栽、藤野さんとの物語として、それもありでしょう。植栽の脚本を書いたのは私だけれども、監督は藤野さんです。同じ脚本でも監督が異なれば映画が変わるように、植物のある風景も違ってくる。そこが植裁の醍醐味でしょうか。

藤野まさしく建築もそうです。住まい手を見つめることで、設計者の自分はもちあわせていないベクトルが生まれる。一瞬垣間見える感情や狂気を汲みとり、設計者の範疇を超えた建築をつくりたい。その手がかりを読みとる眼を、このアトリエは育んでくれます。

アトリエの将来像を、どのように思い描いていらっしゃいますか。

藤野模型では木々が建物のガラス天井を突き破りあふれ出す未来を表現しましたが、こうなってほしいという理想はなく、動きつづける物語こそが重要です。もしかしたら、ある植物とは決別するということもあるかもしれません。
 ただ、この建物と敷地単体ではなく、草ぼうぼうになっている隣地など周辺も視野に入れたい。南庭のハリエンジュはマメ科で地下茎の力が強く、敷地境界線を越境し、隣地から芽吹いています。地面の下には目に見えないネットワークが張り巡らされ、地上のような境界線はない。そうした生命力と連関したかたちで建築の未来を考えていくのでしょう。そういう意味では、このアトリエは地方都市の郊外に埋め込まれたひとつの苗床のような場所ですね。

玄関まわり。背の高い樹木に目がいくが、足元にもハーブ類をはじめ、たくさんの種類の植物が。 写真/藤塚光政
幹線道路に接する東面。通りすがりに、中を覗く通行人も多い。 写真/藤塚光政
日暮れ後は窓から室内の光が漏れ、樹形がはっきりと浮かび上がる。 写真/藤塚光政
天神山のアトリエ 写真/藤塚光政
  • 藤野高志氏の画像

    藤野高志Fujino Takashi

    ふじの・たかし/1975年群馬県生まれ。98年東北大学工学部建築学科卒業。00年東北大学大学院都市・建築学博士前期課程修了。00~ 05年はりゅうウッドスタジオ勤務。06年生物建築舎設立。おもな作品=「貝沢の家」(15)、「広野こども園」(19)、「ケーブルカー」(20)など。

  • 太田敦雄氏の画像

    太田敦雄Ota Atsuo

    おおた・あつお/1970年群馬県生まれ。93年立教大学経済学部卒業。01年前橋工科大学工学部建築学科卒業。趣味で楽しんでいた自庭の植栽が注目され、11年松島哲雄とACID NATURE乙庭設立。おもな造園作品=「安中の家」(18)、「6つの小さな離れの家」(20)、「鶴岡邸」(21)など。