特集

南ニワから見る

2021年 夏号 個室の復権‑ 提案08 ‑作品名「上原のすまい」

建築家/金野千恵(teco)


共存が「個の自立」を成り立たせる

人口や家族構成といった現実的な社会問題を、実例から丁寧に分析し、その未来を描くという本案。金野さんは、個室そのものという狭い範疇を離れ、周囲に多様な空間を誘発し、豊かな関係性を構築することこそが個の生活を支えるのだ、という広い視座から提案する。


「上原のすまい」のあゆみ

Phase① 1967年〜

南面配置の敷地の半分が庭の木造2階建て。庭に面した1階客間にはルーバー庇から光が落ちる。両親、兄弟、祖母で3つの個室を使用し、度々客間に来客がある。

Phase② 1975年〜

1階庭側に和室、2階西側に書庫が増築される。それに伴い階段を増設し、キッチンも改修。兄弟が中高生になり個室が与えられる。

Phase③ 2000年〜

1階西側の階段が撤去され、キッチンが拡大。2階書庫が増築され、ここが両親の部屋になる。

Phase④ 2008年〜

2階西側にWCとミニキッチンが設置される。手すりの設置やWCの拡張などバリアフリー化の改修が行われる。

Phase⑤ 2022年〜

書籍や骨董に触れられるギャラリーカフェと、ものづくりを行うNPO団体の活動場所を併設した3人のシェアハウス。個々の暮らしの距離感を調整するよう減築するとともに、増築のプロセスにおいて縮小していた庭を含め、敷地の隅々までを暮らしの場とする計画。

50年を経て考える自立のための開く家

 私たちの暮らす現代社会では、都市部への人口集中、高齢化、独居世帯の増加、空き家増加など、戦後の一家族=一住戸という仕組みに不調和が生じている。かつては個室の充実が自立を支えたが、今では必ずしもそれが成立しない。個人が自立して豊かに暮らす方法として、“頼れる依存先を増やす”〝“外界との関係により暮らしの輪郭を描く”といった可能性を拓いていく必要がある。家族に限定せずに隣人や頼れる他者といった依存先を増やすには、まず、住まいに関わるメンバーを組み替える必要がある。さらに、個の暮らしの輪郭を形づくるような、日々刻々と変化する自然現象、植物の生育、依存できる他者など、リズムをもつ外界との関係を豊かにする空間へ、住まいが更新される必要がある。
「上原のすまい」は、1967年の竣工後、複数回にわたる改築、改修を経た住まいの四度目の改築計画である。竣工当時小学生だったS氏は、五度の家族構成の変化と三度の建築構成の変化を経て、現在は空き部屋の多いこの住まいでひとり、暮らしている。ここで今後も自立して暮らしつづけるために、家族以外のメンバーが集い、個室の外側をさまざまに感じられる空間へと更新する計画。「3人の住まうシェアハウス」「書棚や骨董ギャラリーを含むカフェ」「ものづくりと販売をするNPOの活動場所」という、小さな機能の複合拠点である。まず、住宅の中央部分を減築してナカドマを設け、接道する坂道から既存の床高さへのアクセスを容易にするとともに、南に広がる庭の緑を広く感じられる構成とした。室を増築してきた現状の建物ボリュームのうち庭側をさらに減築し、既存の瓦屋根を生かしながらも部分的にガラスやルーバーの屋根に置換していく。同時に、基礎や柱など建築部位の減築を丁寧に設計することで、内部空間を減らしながらも、庭と一帯に活動の空間を広げていく。ひとつの庭付き木造住宅が家族構成の変化を経て、ひとりの自立した暮らしを支えることを契機に、多様な役割を担う空間へとしなやかに代謝していく計画である。

S氏家の住人の変遷

渋谷区の人口と世帯人数の変化

「上原のすまい」のある渋谷区の今までとこれから。今後も単独世帯の割合増加が予想される。

「上原のすまい」住人の相関図

竣工当時、小学生だったS氏は、50年を超えた今もここに住まう。家族以外の関係性をこれから築いていくことで、空間を未来に向けて更新する。

2022年「上原のすまい」Phase5
1階平面図
2階平面図

出典
家族の歴史/施主からのヒアリングより。
建物の変遷/竣工図面、計画図面より。
既存と不明箇所は一部、類推により作図。
2020年以前の人口と世帯平均人口/渋谷区人口ビジョン令和2年改訂版、国勢調査より。
2020年以降の人口/渋谷区人口ビジョン令和2年改訂版より。
鉄道駅の開業年/公益財団法人メトロ文化財団メトロアーカイブアルバムHPより。
渋谷区立図書館富ヶ谷分館開館年/図書館へのヒアリングより。

  • 金野千恵氏の画像

    金野千恵Konno Chie

    こんの・ちえ/1981年神奈川県生まれ。2005年東京工業大学工学部建築学科卒業。05年スイス連邦工科大学派遣交換留学プログラム奨学生。11年同大学院理工学研究科建築学専攻博士課程修了。博士(工学)。神戸芸術工科大学大学院助手、日本工業大学助教などを経て、15年teco設立。21年より京都工芸繊維大学特任准教授。おもな作品=「向陽ロッジアハウス」(11)、「二連旗竿の家」(16)、「幼・老・食の堂」(17)。