特集

2021年 夏号 個室の復権‑ 提案06 ‑作品名「あなたとの距離、わたしの個室」

建築家/宮原真美子+中島弘陽


視覚から距離感を問い直す

緊急事態宣言下で強いられた「ステイホーム」と「ソーシャルディスタンス」によって狂ってしまった“わたし”と“誰か”との距離。
宮原さん、中島さんは今回の体験を潔いほどに正面から取り上げ対峙した。
凹凸レンズを、とある大学院生の自宅(G邸)の個室の境界に組み込んで、感覚を問いかけようというインスタレーション的な改修提案。


レンズによって近づいたり遠のいたりする世界。私たちの感覚は繊細でもあり、曖昧でもある。

① … 1階平面図の番号と対応。

ワークスペースから凸レンズ越しに外を見ると、緑と隣の民家が拡大され視界に飛び込んでくる。

就寝スペースから凹レンズ越しにワークスペースを見ると、縮小され遠くにあるように感じる。

読書スペースから凸レンズ越しにダイニングにいる両親を見る。拡大され実際の距離よりずっと近くに感じられる。

ワークスペースから凹レンズ+凸レンズ越しに見ると、手前のわたしは縮小され遠くに、キッチンに立つ母は再び拡大されて近くに感じる。

植物のように根を下ろした人間

 これまでの個室の提案は、都市が提供するサービスを、気ままに、誰にも干渉されず、自由に、選択できる生き方を前提としてきたが、コロナ禍の私たちが経験したのは、自分を取り巻く環境との関係を選択できない受動的な生き方(=Stay Home)だった。自粛生活では四六時中家族と顔を合わせることになったが、適度な距離を保つには日本の住宅は小さすぎた。また、家の中に変化がないので、ベランダのミニトマト、塀を歩く猫、揺れる木々など、これまで目に止まらなかった窓の外の変化に幸せを感じるようになった。

空間に設置されるレンズ

コロナ禍において人と人とのあいだに設置されるようになったアクリル板を凹凸レンズに置き換える。

建具
凹レンズ

建具をあなた側に動かすと、あなたは拡大され(近づき)、わたし側に動かすと、あなたは縮小される(離れる)。


凸レンズ

レンズ越しの人や外の世界を拡大して(近づけて)映す。

アクリル板でゆがめられた距離

 他者とのあいだに確保すべき距離として、ソーシャルディスタンスという言葉が多用された。本来ソーシャルディスタンスとは、アメリカの文化人類学者エドワード・ホールが提唱した対人距離の型のひとつであり、「密接距離」「個体距離」「社会距離」「公衆距離」の四段階で対人距離を調整したり確保された距離の意味を読み取ったりしながら、他者とのコミュニケーションを行うスペーシング機構として理解される。しかし、コロナ禍ではコンビニでも会議室でもありとあらゆるコミュニケーションの場で、感染予防のアクリル板やビニールパーティションが置かれ、ソーシャルディスタンスが固定的な数値として用いられるようになった。

レンズの組み合わせと対人距離

従来の、レンズのない±0の距離は、凹凸レンズの組み合わせによって拡大・縮小される。

レンズなしの対人距離

自分が移動することで、密接距離から公衆距離を調整していた(従来)。

凸レンズ越しの対人距離

実際の距離は変わらないが、凸レンズ越しのあなたとの距離は近づく。

凹レンズ越しの凸レンズ①

凸レンズで拡大されたあなたは、凹レンズで縮小され、もとの距離まで離れる。

凹レンズ越しの凸レンズ②

わたし側へ凹レンズを移動させるとあなたは、さらに縮小され遠くへ離れる。

凹凸レンズ越しの“あなた”との距離

 本提案では、動けなくなったわたしが家族や外界とのディスタンシング力を取り戻すべく、視覚的に対人距離を縮めたり離したりする凹凸レンズを使った個室の改修提案である。あなたとわたしのあいだに置かれたアクリル板に代わり、凹凸レンズを設置する。凸レンズ(図面内赤色)はレンズ越しのあなたや外の世界を拡大し(図1、3)、凹レンズ(図面内青色)は拡大されたあなたを縮小し映し出す(図2、4)。わたしは、凹レンズが入った建具を移動させ、あなたとの距離を調整する。

1階平面図
AA’断面図
  • Work Well Home with COVID-19の画像 左:中島弘陽 右:宮原真美子

    Work Well Home with COVID-19

    緊急事態宣言下の住まいの実情は、テレワークによりどう変わったのか?」をテーマに、在宅勤務について調査している建築計画研究者らのチーム。アンケート調査とオンラインインタビューにより、在宅勤務時に起こる空間的課題や、勤務・育児・家事・余暇など時間のマネージメントによる課題を抽出し、これからのテレワーク環境の改善について考察している。
    今回の提案は、制作/宮原真美子(みやはら・まみこ、佐賀大学理工学部建築環境デザインコース准教授)、中島弘陽(なかじま・ひろあき、日建設計)、
    制作協力/源五郎丸未来・西田晃大(佐賀大学大学院建築環境デザインコース修士2年)が担当。