特集

2021年 夏号 個室の復権‑ 提案04 ‑作品名「緑地と家」

建築家/増田信吾+大坪克亘


気積を見直すことから始める

「初めての個室は二段ベッド」。増田さん、大坪さんは、狭さを解決する家具システムの発想を建築にまで高めた。
空間を余すところなく使いたい=個室化したいという原理的な欲望のもと、機能に合った空間のボリュームを実直に見直し、刈り取った空間を「居場所」として遍在させる。


狭い世界を切り分けていくのではなく
たくさんの場所としてつなぎとめたい。

① … 「ちりばめられたたくさんの居場所」と対応。

夫婦+子どものための住宅。夫婦ともに自宅でも仕事ができる環境が必要だったため、窓や家具を構造と一緒に考え、居場所の連続体になることを目指した。

個室の余剰

 子どもの頃、僕の部屋は独占ではなく、8畳くらいの部屋を妹と使っていた。その部屋の端っこには大きな窓があり、そこに沿うように二段ベッドが置かれていて、上の段が僕の寝床だ。ベッド以外の床にはいつもおもちゃをいっぱい広げ、のびのびと遊んでいた。いわゆる個室はなく、寝床が個室の機能を果たしていた。
 それから中学生くらいになると、真ん中に壁を立てて部屋をふたつに分け、僕と妹は小さな空間をそれぞれあてがわれ、完全な個室をもった。でもひとり3畳半くらいになってしまっているからとても狭いわけで、机があり、寝るときに布団を敷けばもう床は埋まる。床に敷くようになった布団に寝転ぶたびに天井を見つめ、二段ベッドのときは立体的に体感していた天井付近が空虚で、無駄に感じていた。

ちりばめられたたくさんの居場所

空間の中にゆるやかに点在するいろいろな個室の形。

1階のLDK沿いにある机。緑地に生息する植物に囲まれる。隣のペンダント照明は室内と屋外を同時に照らす。

緑地の上へ張り出す段数の少ない階段。階段裏の窓から緑地が垣間見え、ひとつの居場所になる。

2階へ向かう途中にある机。建物が緑地側へ張り出した天辺。緑地の上空を浮遊する居場所になっている。

階段の踊り場に本棚がある。窓が編み込まれることでニッチが生まれ、そこに座れるようになっている。

 もともと妹と使っていた部屋はふたりで使っている時点で個室ではなく、その後に区切られた部屋のほうが一般的な個室なわけだが、それでも機能が立体的に展開していた前者のほうが、自由に使える場は広く、夢中になれば自分だけの時間だって過ごせるし、その都度、感覚的にひとりになれる場所にもなった。そういうこともあってか、僕は思春期に「システムベッド」にやたらと憧れた。机、椅子、収納の上にベッドがあり、簡易階段やハシゴがついていた。狭い空間を有効に使おうという合理性の完成形だと思った。
 今設計している住宅は、そんな記憶とつながっているかもしれない。リビングやダイニングなどの人が集まる場所、トイレやお風呂は、ある程度部屋として気積を確保しないと合理的に組み立てられない。なので、それらは部屋として1階と2階に振り分けて配置し、寝室は、いわゆる物理的な個室から「使えていない」個室の「余剰」空間を刈り取り、機能を適切なボリュームで集約してみている。階段、壁、窓、照明も一緒に編み込みながら、要素を圧縮することで、小さな敷地と暮らしの関係がもっと身体的になって皮膚感覚へも接近しないだろうか。敷地や建物や個室でこの狭い世界を切り刻んで分けていくことよりも、それらの機能がたくさんの居場所になってつなぎとめられていく住まいを目指したい。(増田信吾)

システムベッドのように空間を合理的に使いたおす。

システムベッド
家具・窓・照明・階段をいっぺんに考える

適切な床面積や天井高を再考し、ボリュームを細かく振り直した。コンパクトになった居場所は、親近感を感じさせる。

  • 大坪克亘氏の画像

    大坪克亘Yamamura Takeshi

    おおつぼ・かつひさ/1983年埼玉県生まれ。2007年東京藝術大学美術学部建築科卒業後、増田信吾+大坪克亘を共同主宰。

  • 増田信吾氏の画像

    増田信吾Masuda Shingo

    ますだ・しんご/1982年東京都生まれ。2007年武蔵野美術大学造形学部建築学科卒業後、増田信吾+大坪克亘を共同主宰。19年より明治大学特任准教授。

増田信吾+大坪克亘としてのおもな作品=「躯体の窓」(14)、「リビングプール」(14)、「街の家」(18)など。
写真/Nagai Anna(増田信吾、大坪克亘のポートレイト)