特集

もともとは、築45年の酒屋。大通りに面する1階のファサードをガラス張りにリノベーションし、開放的な空間に。 写真/傍島利浩

2021年 春号 建築家のもうひとつの仕事‑ CaseStudy#3‑まちの拠点となるカフェ

作品/「FUJIMI LOUNGE」
建築家・カフェ店長/菅原大輔

「設計事務所の一部をカフェとして地域に開く」。一聞しただけでは、簡単だと誤解されたり、安易にうらやましいと思われたりするかもしれない。菅原大輔さんに、なぜこの事業を始めたのかをうかがったところ、想像以上に大きなヴィジョンを見据えてのことだとわかった。

路面側の幅広さに対し、実は奥行きは非常に狭く細長い形状。バス停のすぐそば、かつ自転車道に面していてアクセスがよい。 写真/傍島利浩

 SUGAWARADAISUKE建築事務所代表取締役、一級建築士、山梨県・港区・渋谷区景観アドバイザー、調布市まちづくりプロデューサー、FUJIMI LOUNGE店長――これが菅原大輔さんの肩書きだ。古刹・深大寺に代表される歴史と豊かな自然、そして航空宇宙センターをはじめとする研究所が集まり新旧の魅力をたたえたまち・東京都調布市。「FUJIMILOUNGE」は市北部の富士見町の、武蔵境通りのバス停近くに佇む小さなカフェである。
 ガラス張りのファサード越しにはアートブックがずらりと並び、店内では市内で焙煎した「手押しエスプレッソ」や自家製フロランタンほか、選りすぐりのメニューを味わえる。さらに建築・まちづくり関連のみならず、料理や親子向けイベントなど多彩な催しも行われ、2019年5月の開店以来、「まちのリビング」として地元の人々に愛されている。
 建物の地階および2、3階は菅原さんの事務所。「ただ、カフェと事務所を明確に分けているつもりはなく、事務所をまちに開放している感覚なんです」と菅原さん。アートブックは事務所の蔵書で、カフェは仕事上の応接場を兼ねることも。一方、模型製作の機材を置く地階は、「まちの工作室」としてワークショップを催したり、レンタルスペースとしても開放したりしていて、設計事務所とまちが闊達に行き来しているような印象だ。

建物の細長さを強調するように、波状の板を造作して本棚とデスクにしている。奥の階段の袖壁は鏡張りで、空間が延びているような錯覚を起こさせる。 写真/傍島利浩
階段側からカウンターを見る。提供しているコーヒーやアルコールは、菅原さんが地域活性化の仕事でかかわった地域のものから選んだ。 写真/傍島利浩

建築家の職能を拡張する

 これまでは都内中心部のマンションに事務所を構えていた菅原さんだったが、このエリアの近隣に自邸を建てたことを機に、職住近接にシフト。働き方だけでなく事務所のあり方や仕事の方向性を鑑みた末、事務所とカフェ、両方の運営にのり出した。もちろんカフェの経営は未経験。しかしまちに向かってより広く深い発信をしたいと、路面の1階を地域のサロンのような居場所にすることを考えた。
 建物は築45年の元・酒屋で、正面幅15m×奥行き2mという南北に長い形状。菅原さんが手を入れる前はほぼスケルトンの状態で、コストを抑えるためにリノベーションは1階のカフェ部分に注力した。一体化した本棚やカウンターは9m余にわたり建物を横断し、実際の寸法以上の広さを体感できる。
 また約30㎡という限りあるスペースにおいても、訪れる人たちに自由に過ごしてもらえればと、流動的な動きに対応できる家具レイアウトを心がけた。食事やアルコールを堪能したり、腰を据えて読書にふけったり、ワークスペース代わりに使ったり、あるいはコーヒーだけ飲んで立ち去るなど、過ごし方を規定しない。
 カフェの立ち上げに際しては菅原さん自ら、コーヒーの焙煎具合に始まり、地元にまつわるストーリー性のあるメニューの選定や、原価計算に至るまでを決定した。実際に店に立つのは食品衛生責任者である母親と、近隣で募ったパートさんたち。週5日の営業を6人のスタッフで切り盛りする。
 開店以来、コーヒーやフードはもちろんアートブックも評判を呼んだが、それでもカフェの経営状態は「月によって赤字が出たり出なかったり……総じていえば血を流している状態でしょうか」と苦笑い。飲食店が利益を出すには、席数を増やし回転率を上げるのが大前提。加えて人件費もコスト管理上、大きな割合を占める。
「道楽でやっているわけではありませんが、あまりシビアにも考えていなくて。というのも、自分のなかでは設計事務所の運営がメインでカフェが副業、という位置付けではないんですね。設計以外の業務に携わることで、建築家としての職能を拡張している感覚なんです」
 こう菅原さんが語るように「FUJIMI LOUNGE」はカフェだけではなく、もうひとつの顔をもっている。それは自身が取り組むマイクロ・パブリック(小さな公共)・ネットワークの実証実験の場としてである。

力を入れている地域拠点の設計

山中湖村平野交差点バス待合所・観光案内所
提供/菅原大輔

かつての地域の中心地に、回遊性を向上させるための拠点を設計した。

下タ町醸し室HIKOBE
撮影/コンドウダイスケ(AKITEDGE)

酒の販売・試飲だけでなく、地域文化の展示や発信の場としても開かれている。

カフェ×交通拠点で設計の実証実験を

 菅原さんが注力するのが、建築とモビリティを掛け合わせた地域拠点の設計だ。たとえば「山中湖村平野交差点バス待合所・観光案内所」(18)や秋田県五城目町の老舗酒蔵が運営する「下タ町醸し室 HIKOBE」(18)など、建物と交通拠点を兼ねることで、地域のネットワークを展開する試みを行ってきた。しかし東京から離れた場所ではさまざまな取り組みを手がけてきたものの、「自分自身では実践できていないことに、はたと気づいたのです」。
「FUJIMI LOUNGE」は最寄り駅から徒歩約20分、カフェという業態を考えれば、収益は駅近のほうが期待できるはず。にもかかわらずこの立地を選んだのには理由がある。それはバス停だ。「駅近だから儲かるというのは、歩行圏に限った話ですよね。超高齢化社会を見据えれば、郊外ではバスが重要な足となるでしょう。もうひとつ鍵となるのが自転車です」
 富士見町は東京を東西に走る中央線と京王線、2本の鉄道路線に挟まれたエリアだ。この路線間はバス道で結ばれているが、さらに自転車のような機動性の高い交通手段が加われば、行動範囲はより広がる。小規模だが面的な交通ネットワークが複数生まれることで、隣接する地域がつながってゆく。それは眠っていた小商いのインセンティブとなり、郊外は新たなマーケットとなりえるだろう――これが菅原さんの構想だ。
 実際にカフェを始めてから調布市が活動に興味をもち、シェアサイクルの業者とも縁ができてステーションをカフェのそばに設置することに。これでバスとシェアサイクルという交通拠点を兼ねた地域のプラットフォームが完成した。
 路面のカフェは菅原さんの想定以上のポテンシャルを発揮し、他分野とのコラボレーションやイベントも増え、日々、マイクロ・パブリック・ネットワークの知見を広げている。事務所で地域拠点を設計する際も、自らの経験に基づきオーナーに寄り添う提案ができるようになったのも大きな糧だ。また、店舗の設計相談を受ける機会も増えたとのこと。「ローコストでもこれだけのことができるなど、実際の空間を見てもらいながら話ができるので、説得力があるのでしょうね」。
 スタッフの学びの場たりえることも、思いがけない収穫だった。カフェの立ち上げ後、イベントが多くなったがあえて菅原さんは前面に出ず、スタッフに司会を任せることも。「地域の仕掛けは自分の言葉で語れることが大事。机上では得られない経験をこうした機会に学んでもらえれば」

2階の設計事務所。細長い建物の形状がよくわかる。両サイドから光が差し込み、室内はとても明るい。 写真/傍島利浩
3階は菅原さんの仕事部屋。天井のアールが特徴的。 写真/傍島利浩
地階につながる階段は既存のものをそのまま使用。改修する箇所はメリハリをつけ、全体を低コストで実現した。 写真/傍島利浩
レーザーカッターや3Dプリンターなど模型製作用の機械が並ぶ、地階の工作室。ワークショップの開催や、個人レンタルも可能。まさに「まちの工作室」。 写真/傍島利浩

社会の変化に応じて
建築をアップデートする

今後の展望としては、「カフェ経営に関する流血は止めたいですね、せめてかさぶたくらいに……(笑)」とのことだが、総じて事務所経営を振り返れば、プラスになっている。カフェという場所ならではの発信力、従来縁がなかった業種との交流、そして自らの学び――。設計業務の拡大においても、深めた知見を実務にフィードバックするうえでも、得るものは大きい。
 社会に根ざした建築をつくりたいというのが、菅原さんの一貫した姿勢だ。「今やデジタルという名の資本主義が台頭し、感染症対策でコミュニケーションのあり方も節目を迎えています。建築も専門領域のなかに閉じこもらず、アップデートしていかなければ」。だからこそ「まち」というローカルな場所に根ざしながら、新たな可能性を見出したい。
「まちがもつ物語と風景を継承しながら、その場所の魅力を高めるような仕事がしたいんです。建築のほかにプロダクトや6次産業のブランディングも手がけていますが、“うちの村でつくったものが世界的な賞を受賞した”なんて、素敵ですよね。ローカルだけれどもグローバルに訴えかける価値観を、さまざまな地域でつくっていければと思います」

開放的で入りやすい。客層は年齢・職業ともに幅広い。カフェの利用にとどまらず、まちづくりの相談や設計の仕事に結びつく出会いが生まれることもしばしば。 写真/傍島利浩
カフェの外には、木製ベンチとシェアサイクルのステーションを併設。 写真/傍島利浩
バス停は目と鼻の先。さりげなく置かれたベンチはバス待ちや休憩にも使用されている。 写真/傍島利浩
営業については以下を参照。URL:https://fujimi-lounge.tumblr.com 写真/傍島利浩
  • 菅原大輔氏の画像

    菅原大輔Sugawara Daisuke

    すがわら・だいすけ/1977年東京都生まれ。2000年日本大学理工学部建築学科卒業。03年早稲田大学大学院理工学研究科修士課程修了。04年C+A tokyo/シーラカンスアンド・アソシエイツ勤務などを経て、07年SUGAWARADAISUKE設立(現・SUGAWARADAISUKE建築事務所)。おもな作品=「下タ町醸し室 HIKOBE」(18)、「山中湖村平野交差点バス待合所・観光案内所」(18)、「砂町の光帯」(18)、「錦町ブンカイサン」(18)。