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「高過庵」から「低過庵」を見下ろす。屋根がスライドし、中には藤森照信さんが座っている。 写真/藤塚光政

2021年 新春号 藤塚光政の写真術を読む‑ 住宅写真10選 ‑10.「低過庵」

あかりの灯る街並みと、
暗闇のなかのピラミッド

 もうひとり、藤塚が撮影しつづける建築家といえば、藤森照信だ。ふたりの初仕事も、『建築リフル』。そのシリーズ第1作で藤塚が取り上げたのが、藤森のデビュー作「神長官守矢史料館」(1991)だった。その後、「建築探偵藤森先生と行く美術館」「藤森照信の『日本のモダン建築』20世紀の名作住宅」(ともに雑誌『モダンリビング』)や「日本の木造遺産」(雑誌『家庭画報』)など、藤森が文章、藤塚が写真を担当した連載は、いずれも好評を博している。
 藤塚が、継続して藤森作品を撮影するようになったのは、『モダンリビング』の連載「藤森照信の住居の原点」のため。藤森が「人類の住まいにとって必要な要素とは何か」について、自作を通して語っていくという内容だった。
 これは「高過庵」(2004)から撮影した「低過庵」。高さ約10mの「高過庵」に対し、こちらは地下に埋まった竪穴式。形は四角錐で、屋根は人力でスライドさせて開くことができるようになっている。「日が落ちるなかでぼんやりと浮かび上がる様子は、まるであの世みたいだったな。中に入ってみると、声が反響して。なんだかお墓に入ったみたいな気分だったよ」と、撮影時の感想を話してくれた。この一枚に表現されているのは、藤塚の言葉のとおり、現世とあの世だろうか。あかりの灯る茅野の街並みとは対照的に、暗闇のなかにピラミッド(=墓)が本当に浮かんでいるように写し出された。

「低過庵」の内部。スライドした屋根の隙間から「高過庵」が見える。 写真/藤塚光政
  • 藤塚光政氏の画像

    藤塚光政Fujitsuka Mitsumasa

    ふじつか・みつまさ/ 1939年東京・芝に生まれる。61 年東京写真短期大学(現・東京工芸大学)卒業。月刊『インテリア』を出版していた日本室内設計研究所に入社。63年菊竹清訓「出雲大社・庁の舎」の撮影で、写真家デビュー。65年フリーランスとなる。73年有限会社ZOOMを白鳥美雄と設立。87年Helico有限会社設立。同年日本インテリアデザイナー協会賞を受賞。2007年川辺明伸を共同主宰者とする。18年2017年度毎日デザイン賞特別賞を受賞。