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3階のリビング・ダイニング。コンクリートの壁面が、レイヤーをなしている(1982年に撮影)。 写真/藤塚光政

2021年 新春号 藤塚光政の写真術を読む‑ 住宅写真10選 ‑05.「北嶺町の家」

コンクリートに守られた都市住宅だが、
屋上は庭園となり開放的に変化

「あんな住宅はないよ。『北嶺町の家』は、まさに住宅のマスターピースだ」。室伏次郎の自邸「北嶺町の家」は、竣工から50年がたつ今もなお撮りつづけている住宅作品だと言う。最初は二世帯住宅だったが、その後は全フロアを室伏家が使用したり、時には一部を賃貸にしたり、子どもが巣立って独立したり、あるいは結婚して戻ってきたり。住み手の変化に伴って、強固な骨格はそのままに、設えをその都度自由に変化させながら、住みつづけられている。
 撮りつづけるのは、変化を記録するためなのか。「北嶺町の家」は、柔軟に空間を変化させてきた。都市住宅が有すべき、こうした可変性は、藤塚に撮りつづけたいと思わせるのに十分な価値があるのだろう。
 加えて藤塚は、室伏のなかの不変性をここに見出しているのだろう。「北嶺町の家」の特徴は、空間の明暗にある。改装を経ても、生活空間はずっと壁できちんと仕切られ守られている。その結果、居室が暗いとしても、壁を取り払って室内を無理に明るくしたり、開放的であろうとするような改修は施されない。しかし、屋上は庭となって、きわめて開放的に。
 都市に住まうとは、単に利便性に容易にあやかることではない。住み手は日々都市に向き合い、努力や苦労をしながら暮らしている。都市住宅とは、いつも住み手を守るものでなければならないのだ。藤塚は、室伏のなかのブレることのないこの試みに並走しつづけているのではないか。

北西側から見た外観。コンクリートの軀体から階段やガラスのアルコーブが張り出している。(2020年撮影) 写真/藤塚光政
屋上庭園(2020年撮影)。 写真/藤塚光政
  • 藤塚光政氏の画像

    藤塚光政Fujitsuka Mitsumasa

    ふじつか・みつまさ/ 1939年東京・芝に生まれる。61 年東京写真短期大学(現・東京工芸大学)卒業。月刊『インテリア』を出版していた日本室内設計研究所に入社。63年菊竹清訓「出雲大社・庁の舎」の撮影で、写真家デビュー。65年フリーランスとなる。73年有限会社ZOOMを白鳥美雄と設立。87年Helico有限会社設立。同年日本インテリアデザイナー協会賞を受賞。2007年川辺明伸を共同主宰者とする。18年2017年度毎日デザイン賞特別賞を受賞。