特集

箱を入れ子状に配置した室内。窓の外には雪が降る釧路の街並み。 写真/藤塚光政

2021年 新春号 藤塚光政の写真術を読む‑ 住宅写真10選 ‑02.「反住器」

親友の代表作のなかから
親友を育んだ釧路の街を望む

 生涯の親友・毛綱毅曠と藤塚との出会いは1977年。「72年に『反住器』ができたことは知っていたけれど、東京で毛綱に会ったことはなかった。建築からして、変わった野郎だな、と思っていたよ。その後、77年に別の撮影があって釧路に行って、そのときに『反住器』も見に行ったんだ。出会ったその日に、毛綱とは親友になった」。
 毛綱が母親のために設計した「反住器」は、立方体の建物と、中に設えられた立方体の部屋・家具をもって三重の入れ子になっている。「三重の立方体構造」といえばとても簡単に聞こえる。しかし正直なところ、その中を住み手がどんなふうに行き来し、暮らすのか。平面図を見ても不思議で、その計画意図を想像するのは難しい。
 だから、一般的な建築写真はそれを説明しようと建築の軀体を撮ろうとするだろう。ただ、「僕が撮りたかったのは、外箱と中箱のあいだにあって外の街とつながった、目に見えない空間や空気なんだよ。毛綱は『人は間(すきま)に住む』と言っていた」。
「反住器」は、毛綱毅曠そのものだ。厳しい自然環境であり、冬は極寒となる釧路の街で、母親の暮らしをあたたかく包み守るためのやさしい器であり、同時に、孤高の天才建築家・毛綱の精神性を強くまっすぐに体現する結晶でもあるのだから。それを写すとき、藤塚は彼と彼を育んだこの地に思いを馳せたのではないか。

正面外観。白いキューブの建築は、冬は白い雪景色のなかにある。 写真/藤塚光政
中央の部屋。住人の毛綱毅曠の母とともに。 写真/藤塚光政
  • 藤塚光政氏の画像

    藤塚光政Fujitsuka Mitsumasa

    ふじつか・みつまさ/ 1939年東京・芝に生まれる。61 年東京写真短期大学(現・東京工芸大学)卒業。月刊『インテリア』を出版していた日本室内設計研究所に入社。63年菊竹清訓「出雲大社・庁の舎」の撮影で、写真家デビュー。65年フリーランスとなる。73年有限会社ZOOMを白鳥美雄と設立。87年Helico有限会社設立。同年日本インテリアデザイナー協会賞を受賞。2007年川辺明伸を共同主宰者とする。18年2017年度毎日デザイン賞特別賞を受賞。