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分解、そして再構築作品/門脇邸
設計/門脇耕三

正面、側面、背面と表情が異なる外観。内部も木、鉄などの材料や、柱、梁などの部位がバラバラで統一感がない。なぜバラバラ建築なのだろうか。設計した門脇耕三さんの言葉とともに、その全貌を映像でご覧ください。 再生時間/3:37

2020年 春号 分解、そして再構築‑ CaseStudy#1‑統一感不要、あえてのバラバラ建築

作品/「門脇邸」
設計/門脇耕三

正面、側面、背面、そのどれも表情が異なる外観。内部においても、木、鉄などの材料に統一感がないうえに柱、梁、筋かいなどの部位が、それぞれバラバラに自立しているようにも見える。それは設計者の意図だと言う。理由を聞いた。

西側立面 人通りが多い大通り側。<br>モルタル塗りのミニマムなデザインでまとめている。写真/桑田瑞穂
北側立面 勾配屋根やサイディングにより脇道の街とスケール感を揃えている。写真/桑田瑞穂
東西南北、街のそれぞれの表情に合わせようとすると建築ファサードは不統一になる。 南東側立面 東側のマンションの共用廊下や南側の隣家など、周囲に統一感がなく、それに合わせるようにファサードにも統一感をもたせていない。写真/桑田瑞穂

「この部分はきれいに納めましたね」。竣工した建物を見学に来た同業者にこうほめられたら、よくぞ気づいてくれた、と報われた気持ちになるのではないだろうか。部材の納まりは表面から見えないところの工夫が問われ、設計のプロ同士だからこそ力量がわかる、隠れた腕の見せどころだからである。
 だがそもそも、設計者はどのようなロジックで部材に優劣をつけて、一方が他方を「納め」ようとするのか。門脇耕三さんが設計した自邸は、そんな根源的な問いに立ち戻らせてくれる実験的な住まいである。

四方それぞれの周囲に合わせ統一感のない外観

 最寄り駅から歩いて数分。住宅や単身者用マンション、商店が混在する地域の角地に「門脇邸」は立っている。敷地西側の道路は車の往来が多く、かつては小さな商店が並ぶ目抜き通りであり、いわゆる看板建築が店を畳んだ状態でところどころに残っている。その街並みの記憶に合わせるように、西側のファサードは一枚のプレーンな壁面を立てて、薄い断面を横から見せることで、看板建築的であることを強調している。北側の道路にまわると、立面は上下に分節され、下階に勾配屋根が挿入されたようなファサードとなっている。木造戸建てと集合住宅が混在した街のスケール感と家並みの稜線に合わせたというわけだ。
 さらに隣家との隙間の路地に入って東側や南側にまわり込むと、道路側のプレーンな表情とはうって変わって、梁材が飛び出した複雑な形状となり、生活空間が大胆に外に開かれていることに驚かされる。隣地とのあいだの路地空間には、雨樋やガスメーター、郵便受けやアルミフェンスといったものが点在しているが、その雑多さを積極的に受け入れ、呼応させているのである。
 このように、外観はそれぞれの周囲の状況にカメレオン的に溶け込ませているが、では内部はどうなっているのか。大きなガラス扉を引くと、肩透かしをくらう。ほの暗い土間の突き当たりは同じくガラス扉となっていて、西側道路に通り抜けられてしまうのだ。玄関はどこかと探すと、土間の壁面に隠し扉のように把手が埋め込まれていて、開くとそこには洗濯室と浴室。いきなり生活感全開の勝手口からアプローチする動線となっており、どこか人をくったユーモアすら感じさせる。

リビング・ダイニング。柱のない大壁空間のようで、むき出しの鉄骨も。写真/桑田瑞穂
「階段」をひとくくりにせず、踏板、力桁、手すりなどの部材の役割をそれぞれに示すデザイン。2階から3階に至る階段。踏板とそれを支える力桁が一体的に感じないように、力桁をあえて斜めにした造形。手すりが3階から伸びてきて、階段の一部には見えない。写真/桑田瑞穂
クロゼットの内部。木造の空間から、デッキプレートの天井が見える。写真/桑田瑞穂
3階。ポリカーボネイトをのせた竿縁天井。中央に真壁のクロゼット。写真/桑田瑞穂

のびのびとした部材本来の姿

 階段を上って、2階のリビングルームに入ると、南側はほぼ全面ガラス張りで、隣家の古ぼけたALC壁に面している。改築によって無用の長物となったドア(トマソン)、雨樋、換気口、さらには西側の道路を走る車や東側のマンション廊下を行き交う人まで、外部のさまざまな要素が目に入ってくるので、室外はにぎやかで統一感がない。原因は外部だけではない。ごく一般的な建材で構成されているのに、この空間自体、何かが少し違うのだ。
「ここでは部材を力学的な秩序から解放して、柱は柱らしく、梁は梁らしく、部材本来の姿をのびやかに見せることを意識しています」と門脇さんは解説する。確かに、建物の規模の割にブレースは太く、あえて桁行方向に長い梁を渡すことで、鉄梁の存在感が強調されている。かと思えば鉄骨造の中にぽつんと一本だけ木の柱が立つ。リビングから3階に上る階段は一本の力桁と踏板を組み合わせたシンプルな構造だが、よく見ると力桁は踏板に対して斜めに貫かれていて、しかも鉛直方向に対してわずかに軸を傾けている。このように、さりげなく手の込んだ設計で力学的にアンバランスな構成に見せることで、それぞれの部材がバラバラに個性を主張しているのだ。
「建物全体のデザインをあえて統制しないで、部材と部材がぶつかるところは勝ち負けをつけず、隙間を隙間として残しています」と門脇さんは言う。つまり一貫性のなさ自体が、この家のコンセプトなのである。なぜ、このような逆転の発想に至ったのであろうか。

ミニマムな壁と荒々しい構造現しが、共存する。事務室として使われている多目的室。大壁によるミニマムな白い仕上げと、鉄骨、筋かい、根太などが現しになった天井との対比が顕著。写真/桑田瑞穂
通り土間(西から東を見る)西の大通り側の入口から、通り土間を見通す。大壁をモルタルで塗り籠めたミニマムなデザイン。 写真/桑田瑞穂
通り土間(東から西を見る)東から通り土間を見通す。鉄骨などが現しとなった対照的なデザイン。写真/桑田瑞穂

すべてを白く塗り込める建築はやめた

 原点は、かつて設計した箱の中に白い箱を納めたような、きわめて図式的な空間。木も金属もすべて白く塗り、建具の出っ張りをなくし、抽象的なキューブに見せるようなデザインだ。
「当時はまず図式ありき、という時代で、そういう設計のやり方しか知らなかったのです。でも本当にそれでいいのか。これでは部材が本来の姿を矯正され、建築的表現に使役される奴隷のようではないか、と感じるようになりました」と門脇さんは振り返る。
「建築構法を専門としているからかもしれませんが、私は個々の部材に人格を見ているようなところがあって、扉が扉であることを堂々と表明できないデザインは、部材がおとしめられているように思えたのです」
こうして、図式的な設計方法に限界を感じていた門脇さんが代わりに注目するようになったのが「エレメント」。全体ではなく部分から建築をつくるという考え方である。2012年には建築雑誌『SD』の特集を企画することになり、「構築へ向かうエレメント」というテーマで、隈研吾さんや妹島和世さんら10人の建築家に、好きな床や壁、屋根、天井、窓についてインタビューを行った。その取材を通して、各部材がそれぞれに歴史や知性を包含していることに気づき、エレメントに大きな可能性があることを実感したという。
「たとえば扉ひとつをとっても、ドアノブやヒンジの仕組みや形状は、長い歴史のなかで人類が培ってきた共有の知財です。ひとりの建築家による作品世界のロジックに部材を合わせるのではなく、先人たちの知性が詰まったそれぞれの部材のコンテクストに身をゆだねることで、新たなつくり方ができるのではないかと考えたのです」
 こうした背景を頭に入れて、あらためて室内を見ていくと、なるほど腑に落ちてくる。たとえば3階のウォークインクロゼットは、一見するとテレビスタジオの舞台セットの裏側のようだが、板材を柱材で補強して箱ができているという構成原理そのものを知覚させる。寝室のポリカーボネイト天井と壁のあいだには隙間があけられていて、天窓からの光をやわらかく拡散する仕組みを垣間見ることができる。細部を納めないことで、部材がそこにそうあるべき理由が明確に浮かび上がるのである。

部材の一つひとつが自立して見えるように、細部の接合やスケールに徹底して配慮。リビングの窓際の柱と筋かい。柱よりも筋かいのほうが太く、筋かいが柱に付属する材料ではないかのようにしている。写真/桑田瑞穂
梁同士の接合部。それぞれの材が自立して感じられるように、プレートをかませてからのせている。写真/桑田瑞穂
棚の枠となる予定だったキッチンのフレーム。すでに機能的意味はないが、エアコンや、後から置いた物入れの位置を決める役割がある。写真/桑田瑞穂
木や鉄骨の柱が並び立ち、統一感がない。さらに奥にはマンションのアルミ材が。写真/桑田瑞穂
通り土間から玄関に入る。右手に洗濯室。奥に1階から2階に至る階段。写真/桑田瑞穂

指揮者不在の個性豊かな即興ライブ

 エレメントから全体をつくる考え方は、外部との関係においても踏襲されている。門脇邸が街並みのエレメントに合わせて局所的に外観を変え、雑多なモノを視覚的に取り入れているのが、まさにその表れだ。その結果、さまざまな要素が室内に混在するのは先ほど述べたとおりだが、では実際に住んでみて、門脇さんはどう感じているのだろうか。
「この家は何を置いても許容してくれますね。元木大輔さんデザインの金色の単管パイプを使った強烈に個性的なテーブルを入れましたが、まったく違和感なくなじんでいます。自邸をすみずみまで自分の感性だけで完結させて、何十年も住みつづけるのは逆につらいと思いますよ。その点、梁は寡黙で、眺めていてラクです。作品的なメッセージを何も発しませんから」
 自らの美意識の枠にとらわれずに、さまざまな外部のモノとの偶然の出合いを楽しみ、部材がもつ地声に耳を傾ける。ここでの建築家の役割は、楽譜どおりのハーモニーの演奏を指揮することではなく、個性豊かな歌声をサンプリングして、即興ライブを聴かせることに近い。違いを違いとして認め、異なるものを共存させていく。そこにクリエイティビティを発揮する価値観は、まさにダイバーシティの時代にふさわしいものといえるだろう。

Kadowaki House 写真/桑田瑞穂
Kadowaki House 写真/桑田瑞穂