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床が傾斜し、さらに土のままの状態の大きな土間空間。谷川さんは「夏の空間」と表現していた。図面では広間(夏)。【谷川さんの住宅の新たな住人】遠山正道(とおやま・まさみち)1962年東京都生まれ。慶應義塾大学商学部卒後、85年三菱商事入社。2000年スマイルズを設立。現在、「Soup Stock Tokyo」のほか、「giraffe」「PASSTHE BATON」「100本のスプーン」「The Chain Museum」などを展開。写真/川辺明伸

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変容する住宅たち作品/谷川さんの住宅
設計/篠原一男
インタビュー/遠山正道(現在の住人、株式会社スマイルズ代表)

斜めの土の床で知られる、篠原一男設計の「谷川さんの住宅」。谷川俊太郎さんの元別荘である。新たな住人の遠山正道さんに、この住宅での空間体験をどのように伝えていくのか、アイデアをお話しいただいた。 再生時間/4:29

2020年 秋号 変容する住宅たち‑ CaseStudy#1‑別荘のままでありつつも、
開かれていく住宅

作品/「谷川さんの住宅」
設計/篠原一男

床が斜めで地面のままの土間で知られている篠原一男設計の「谷川さんの住宅」。谷川俊太郎さんの別荘だったが、美術作品のように大切に継承されてきた。新たな住人の手にわたり、その空間体験をシェアできるようにオープンに。

Old Photograph 画面を斜めに分割したような多木浩二による竣工当初のワンショット。篠原一男に関心をもった多木は、篠原の建築を撮影しつづけていた。多木の写真によって、篠原建築のイメージが築かれてきたともいえる。写真/多木浩二

個人の別荘かオープンに使うか

谷川俊太郎さんの別荘を入手されたきっかけを教えてください。

遠山昔から私は建築に興味がありまして、代官山のヒルサイドテラスに30年ほど前から住まわせてもらっています。2年ほど前、ギャラリストの吉井仁実さんと食事をしているときに篠原一男の建築の話題になりましてね。吉井さんが、「軽井沢の谷川さんの別荘なら、うちがもってますよ」と。「ええっ、まじですか」と驚いたのですが、吉井さんのお父さまは銀座の吉井画廊の吉井長三さんで、小淵沢の清春芸術村では、谷口吉生さんや安藤忠雄さんに設計を依頼されていますから、篠原建築のオーナーであっても不思議ではありません。私があっけにとられているのを見て、「ほしいですか?」という流れになりまして、まったくそんな予定はなかったのですが、よいものを欲する想いにおされ、2019年に個人の名義で取得いたしました。

費用はどのぐらいで、どのように使うことを想定されていましたか。

遠山お値段はそれなりに(周辺の坪単価の約2倍)しましたし、個人でもつだけではこの土間空間がもったいないですので、私が株主で代表取締役を務める〈The Chain Museum〉で運営し、〈Tanikawa House〉と呼んでいます。昨年8月には谷川俊太郎さんと息子さんでピアニストの谷川賢作さんをお招きして、詩の朗読と演奏のお披露目会を、10月にはスイス人建築家のクリスチャン・ケレツ氏の講演会と、少人数でのお茶会を開いています。どの程度外部にオープンにするのかが悩みどころでしたが、美術館のような展示はせずに、基本的には個人の別荘として使いながら、現代音楽とか朗読などのイベントを年に2、3回ぐらい開催できればいいなと思っています。

広間(夏)。方杖のついた三股の柱が立っている。床の土にはこれまで訪れた人びとのたくさんの靴の跡が残っている。右手奥に広間(冬)に至る扉。写真/川辺明伸
広間(夏)。正面中央に入口の扉。土間に置かれている脚立やベンチは、竣工当時からのオリジナル。敷き詰められている土は、さらさらと乾燥した火山灰。写真/川辺明伸

神格化されたまま凍結された姿

取得にあたって、修繕や改装はどれぐらい必要でしたか。

遠山この別荘は、谷川俊太郎さんが篠原一男に一篇の詩を書いて設計を依頼したことで知られています。自宅のどこかにしまってあるのですが、かなり難解な詩で、「汎神論者の教会」という言葉が入っていたのが記憶に残っています。建物は1974年に完成しましたが、谷川さんのお母さまが体調をくずされたこともあって、わずか2、3年で手放されて、以後40年以上のあいだまったく公開されずにいたのです。吉井長三さんはこの別荘を「彫刻」と呼んでいたそうで、おそらく一度も泊まっていません。取材も2、3回ほどしか受けていなくて、思想家の多木浩二が撮影したモノクロ写真の強烈なイメージとあいまって、いわば「神格化」された存在だったんですね。ここを取得する前、雪の季節に下見に来たときにも、どうやって調べたのか、熱心なイタリア人がふたり訪ねてきました。幸い、長年しっかり管理されてきましたから、外壁とガラスの一部を補修した程度で、内部はまったく手を入れずにオリジナルのままです。

使い勝手がよいようにリフォームすることは考えませんでしたか。

遠山最初はそれも少しは念頭にありました。私は若い建築家と飲む機会がわりとよくあるので、石上純也さんを連れて行って感想を聞いてみたら、「半分はすばらしかったけれど、半分は残念でした」と言うんです。やはり40年以上誰も住んでいない家ですから、誰かがそこで寝て、目覚める行為があってほしかったと。長谷川豪さんにも活用するための周辺整備の相談をもちかけてみましたが、うーんと考え込んでしまって、話がまったく前に進まない。

単なる個人の別荘にとどまらない使い方ができないかと、気鋭の建築家の意見を聞いてみたら、物事はそうは進まなかったのですね。

遠山古い住宅をそのまま残すのは大変なことなんですよ。というのも、うちのじいさんと伯父さん、親戚内に吉村順三設計の家が3軒あったのですが、すべてつぶされて今はありません。用途が変わっても残せるだけですばらしいことですが、やはり建築家としてはオリジナルを尊重したいのでしょう。長谷川さんも、別荘として私が住むのが一番よいと言いました。
 それで昨年からちょくちょく通っていますが、安易に家具を選ぶわけにもいかず、なるべくモノを持ち込まないようにしています。食器も大倉陶園のティーカップと江戸時代の茶碗だけ。かれこれ通算で20 泊ほど滞在しているのに、いまだにマットと寝袋で寝ています。扇風機ひとつ買うのにもネットで何時間も検索して、悶絶しながら選んでいるんですよ。週末にひとりでふらっと来て、地元で買った野菜と肉でシンプルな料理をつくり、後はひたすら作業。網戸の調整とか庭の手入れとか、やるべきことはたくさんあります。大切なものを預かっているという感じがして、気軽にSNSに写真をアップするような気分にならない。ここではむしろ、ひとりで静かにいるのが非常に心地よいんです。

変容のポイント
良質な建築をシェアする試み

建築家のクリスチャン・ケレツ氏による講演会 提供/ The Chain Museum
谷川俊太郎さんによる詩の朗読会 提供/ The Chain Museum
2階の和室で催された少人数でのお茶会 提供/ The Chain Museum

「谷川さんの住宅」は遠山正道さんが個人で所有しているが、遠山さんが代表を務めるThe Chain Museumで運営し、イベントが実施されている。

良質な建築をシェアするコミュニティの構想

確かに、仲間を呼んでにぎやかに楽しむ感じではなさそうですね。

遠山そうこうしているうちに新型コロナウイルスで県外移動自粛となって、2カ月間は軽井沢に行けなくなりました。その代わりに、パソコンとネット回線さえあればどこでも仕事ができるようになって、働き方とか、家族との時間とか、「しあわせ」の意味を考え直すきっかけができましたよね。私もそのあいだにいろんな気づきがあって、この夏から「新種のイミグレーションズ」という会員制のコミュニティを始めたんです。月1万円の会費で、まずは200人ぐらいを集めて、会費の半分は維持管理にまわし、残りはインフラ設備に投資します。都心のヴィンテージ物件に小さなオフィスを借りて、会員はそこで「暮らすようにして働く」ことができる。いわば1万円の「税金」を払って、小さな国の「住民」になるという仕組みです。

なぜそのようなコミュニティを始めようと考えたのでしょうか?

遠山別荘といえば、週末にみんなで集まってバーベキューして、という使い方はコロナで一変しました。いつどこで働いてもいいので、平日の利用は進むでしょうし、そもそも週末とか平日という概念すらなくなるかもしれません。都心のオフィスは小さくていいから、その代わりにたとえば代官山ヒルサイドテラスで働けたらすてきじゃないですか。南青山のフロム・ファーストや原宿のコープオリンピアでもいい。良質な建築をシェアすることで、住民たちがそれぞれの「しあわせ」を感じられる場所を安く提供すれば、みんながハッピーになるのではないかと。私はこれを「しあわせのサブスク(定期購入)」と名づけて少しずつ会員の数を増やし、この別荘も、住民が利用できるようにして、ここで静かに暮らす体験を共有していこうと思っています。

では最後に、実際に住んでみて、土間空間などの篠原一男の建築をどのように感じていますか。

遠山この土間はむき出しの地面、いわば「地球の表面」に、建築の最低限の要素である「柱」と「屋根」が空から降りてきたような構成で、そのプリミティブさにまずひかれますね。谷川さんの詩に「教会」という言葉がありましたが、確かに人を安易に寄せ付けない空間の力があって、なんとなくまだ距離感がつかめずにいます。ようやくコードレスのスピーカーで音楽をならしてみたぐらいで、空間の新たな使い方を考えるまでにはたどり着けず、遠巻きに過ごしているという感じですね。住んでこその住宅という言葉がありますが、この土間を「表現の場」にするというのが、今までのところの私の解釈。ここにさまざまな住民が訪れることで、これからどのような解釈が生まれるのか。それがとても楽しみです。

正面外観。中央に広間(夏)に至る入口の扉。写真/川辺明伸
背面外観。大屋根は銀色鉄板によって葺かれている。写真/川辺明伸
外観全景。手前に物置きの小屋、奥に「谷川さんの住宅」がある。北軽井沢の鬱蒼とした森林のなかに立っている。写真/川辺明伸
西側の側面外観。屋根は直角に曲がる矩折りの切妻造。写真/川辺明伸
東側の側面外観。地面の傾斜に呼応するように、壁板も斜めに張られている。写真/川辺明伸

まとめの文建築的体験をシェアする住宅

 谷川さんの住宅は、二重の「奇跡」が生んだ住宅遺産といえるのではないか。第1には、施主の谷川俊太郎氏が、篠原一男のラディカルな土間空間を受け入れたこと。そして第2には、次の持ち主がそこに美的価値を認め、いっさい手を加えずに維持するだけの経済的余裕があったこと。いかに傑作の誉れ高い住宅であっても、人が住まない家はやがて朽ちて壊される。逆に人が住む家はそれゆえに住人の都合に応じて改造され、往々にして相続で分割されてしまう。いずれにしても原形を長年保っていくのは至難の業だが、この別荘はどちらの難題もまぬがれて40年以上前の姿をとどめており、むしろ「住み手の不在」が名作を名作たらしめているような、パラドキシカルな存在となっている。まるで音のないジョン・ケージの演奏のように。

 3代目の持ち主となった遠山正道氏は、三菱商事在職時に「Soup Stock Tokyo」を社内ベンチャーで立ち上げ、独立後は株式会社スマイルズの代表としてユニークな活動を続けている。祖父は日興証券の創業者・遠山元一氏。美術品の収集家としても名高く、出身地の埼玉県川島町に建てた日本家屋は遠山記念館として一般公開され、国の重要文化財に指定されている。つまり祖父の代から美術や建築に造詣が深い「目利き」が、名作住宅を購入したわけだが、昭和や平成の時代ならばその先には「私的に閉じる」か「美術館のように公開する」の二択しかなかった。しかし遠山氏は若い建築家の意見に耳を傾け、熟考の末に、そのどちらでもない道を模索しはじめた。

 実際に住んでみて初めて感じることができる豊かな建築的体験を、価値観を共有できる仲間とシェアする。遠山氏はこれを「しあわせのおすそわけ」と呼び、その規模が広がることによって、さらに次の名建築を継承していくことを目指している。「変容する住宅」が本特集のテーマだが、ここで変容しているのはハードウエアとしての住宅ではなく、家は誰かの私有物であるという、私たちの固定概念そのものなのかもしれない。

2階の和室から、広間(夏)の天井を見る。写真/川辺明伸
広間(冬)。谷川さんが「冬の家」と呼び、キッチンやダイニングなどの生活スペースになっている。写真/川辺明伸
2階の9畳の和室。正面に造り付けの机。写真/川辺明伸
北側外観。外の地面と中の土間の傾斜が連続している。写真/川辺明伸
  • 篠原一男氏の画像

    篠原一男Shinohara Kazuo

    しのはら・かずお/1925年静岡県生まれ。47年東京物理学校(現・東京理科大学)卒業後、建築に転向し、東京工業大学工学部建築学科に入学。清家清に師事。53年卒業。その後、「日本建築の空間構成の研究」にて、67年工学博士号を取得。助手、助教授を経て、70年東京工業大学教授、後に名誉教授。住宅を中心に、公共建築の設計も手がける。2006年逝去。
    提供/東京工業大学奥山信一研究室