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2階。四面を住宅に囲われた旗竿敷地に立つ。隣家の窓を避けながら大きな開口部があけられ、隣家の壁やその隙間が借景になっている。写真/桑田瑞穂

2019年 夏号 借景‑ CaseStudy#4‑隣家すらも、借景に

作品/「Casa O」
設計/髙橋一平

東西南北どちらを向いても、隣家の壁ばかりが見える。
プライバシーを確保しながら、隣家の壁やその隙間などの環境も、自分の家の一部のように見立てた。
住宅密集地の中で、驚くほど開放的な住まい。ひとつの都市的な「借景」だ。

2階のバスルーム。冬は浴槽とベッドのあいだにアクリル板を設置し、浴槽からの湯気をさえぎることもできる。写真/桑田瑞穂

「借景」といえば、緑の木々や遠い山並みといった美しい自然風景を室内に取り込むもの。私たちは無意識のうちにそう考えがちである。しかし、地価の高い東京で借景に恵まれるような敷地は例外中の例外で、大多数の戸建て住宅から見える風景は、ごく平凡な近隣の家並みであろう。ならば隣家そのものを借景にできないだろうか。「Casa O」は、逆転の発想で都市住宅のあり方に挑戦した、小さな住まいである。

あえて住宅密集地で外部に開く

 建主は仕事をリタイアした男性。都市の利便性を享受しつつ、静かに暮らせる物件を探した末に、住宅群に埋没するように立つ築45年の老朽化した木造家屋を購入した。東京駅から15分ほどの最寄駅から、歩くこと十数分。商店街や幹線道路にも近く、地域住人以外はほとんど立ち入らない静かな住宅地にあり、「利便性を損なわない隠棲」には理想的な立地である。だが旗竿型の敷地は同時期に建てられた古い木造家屋に取り囲まれていて、隣家との間隔は50㎝程度しかない。こうした環境のもとで、建主は「ホテルのように、中に入ると気分が切り替わる家」を要望した。
 設計者の髙橋一平さんは、既存の古い家屋を壊さずにリノベーションすることを提案した。法規的には建て替えも可能だったが、一軒だけまっさらの新築にするのは周囲の環境を否定することのように感じられたためである。
 まずは既存建物の構造材を生かしつつ補強梁などで耐震性能を上げ、大きな窓を開けて周囲の環境を内部に取り込むことで、住環境と一体化することを目指した。
「木造家屋が立て込んでいるなかで、あえて外部に大きく開放することによって、日常的ではない家になると考えたのです」と髙橋さんは語る。

2階のバスルームからアプローチ側を見る。南北に抜ける風の通り道になっている。写真/桑田瑞穂
1階にも大きな開口部が設けられている。正面の隣家の隙間から風が抜ける。写真/桑田瑞穂

隣家の壁やその隙間などを「借景」に

 改築後のプランはじつにシンプルである。1階はダイニング、キッチン、トイレ、そして収納。2階は寝室とバスルーム。内部の柱を必要最小限にしてワンルームにし、大きな吹抜けとまわり階段で、約45㎡の空間全体がゆるやかにつながっている。
 まず前庭の方向から外観を見る。上下階とも大きな窓がうがたれて、室内の様子がよく見えるうえに、さらにその奥の隣家まで視界が抜けている。内部に入ると、南側の隣家のモルタル壁が大きな窓からすぐ目の前にせまる。ここまで開放的で隣家との距離が近いと落ち着かないのではないかと、最初はそう思ったのだが、実際に過ごしてみると、隣家の窓と対面しないように開口部が巧みにとられているので、近隣の人と実際に視線が合うようなことはない。やがて隣家の壁が自分の家の壁のように思えてきて、家の外側にさらに一層、ゆるやかに囲まれているような感覚すらおぼえた。
 このように、隣家の壁をいわば「借景」のように積極的に取り入れることで、外部環境に対する意識もまた肯定的なものに変わっていく。長年の風雨にさらされたモルタル壁に渋い味わいを見出し、隣家との隙間から射し込む光の変化に敏感になる。

アプローチ側から見た外観。右手に物置。テーブルと椅子が置かれ、前庭にもなっている。写真/桑田瑞穂
玄関。1階のダイニング越しに隣家、さらに隣家の隙間から向かいの道まで視線が抜ける。写真/桑田瑞穂

垂直に視線が伸びる階段空間、
水平に見渡すバスタブ

 ゆるやかなカーブを描く階段は、最も陽当たりのよい南西の角に配されている。上下階に連続して大きな窓がうがたれているので、階段を上るにつれて隣家の見え方も連続的に変化し、やがて軒の隙間から天上の空まで視線が抜けていく。ちょうど取材に訪れた正午頃の時間帯に、劇的な光が階段に射し込んでいた。家の規模に比してぜいたくに階段空間をとっているのは、こうした垂直方向の開放性による効果を踏まえてのものなのだろう。
 2階は小屋組みを現しにして天井を高くとった、明るくのびやかな空間。床は全面的に大理石のモザイクタイルが貼られていて、その上にベッドが並ぶ。リゾート地のスパのような雰囲気である。アイランド式の浴槽がぽつんと置かれており、北側の前庭方向に視界が抜けていて、その先にはちらほらと植栽の緑も目に入る。ガラス戸を全開にすると心地よく風が通り抜け、ベランダにいるような気分になる。浴室を仕切らずに開放的にすることで、自在な楽しみ方ができる空間となっている。
 ちなみに建主は、夜間に電気を消し、網戸だけを閉めて、外のあかりを眺めながら、ゆっくり風呂に浸かるのが日課だという。

階段。周囲の環境を感じるように、ゆったりと迂回しながら上るようになっている。写真/桑田瑞穂
階段から上を見上げると、隣家の隙間から空が見える。写真/桑田瑞穂
キッチンカウンターから隣家の隙間を見る。写真/桑田瑞穂

プライバシー偏重で失われるもの

 この家で試みられている空間操作は、とりわけ複雑なことではない。古い家屋のモルタル壁や、隣家との隙間を「隠すもの」として閉ざしてしまうのではなく、あるがままに受け入れ、適切な位置に窓を開くことで、風の流れや、視線の通り道、大きな窓からの自然光を得ている。それは思いのほか豊かなもので、プライバシーを重視するあまりに、現代の住宅が失っているものに気づかされる。周囲を壁で囲って、トップライトから採光するだけが都市居住の解決策ではない。
 ラグジュアリーなホテルとは大分異なるが、これはこれで、当初の建主の要望どおりになった。「ここに住みはじめてから、普通のホテルに泊まるのがつまらなくなったので、あまり旅行に出かけなくなりましたね(笑)」と建主。どこにでもあるような住宅街の隣家を、景色として再発見した結果である。

2階のベッドのすぐ脇にある隣家の壁。写真/桑田瑞穂
向かいの道路から、隣家の隙間越しに「Casa O」を見る。写真/桑田瑞穂
1階全景。隣家の外壁が、内壁のように家を囲んでいる。写真/桑田瑞穂
  • 髙橋一平氏の画像

    髙橋一平Takahashi Ippei

    たかはし・いっぺい/1977年東京都生まれ。2000年東北大学工学部建築学科卒業。02年横浜国立大学大学院建築学専攻修了後、西沢立衛建築設計事務所。10年髙橋一平建築事務所設立。11年横浜国立大学大学院設計助手などを経て、現在助教。おもな作品=「七ヶ浜町立遠山保育所」(13)、「横浜国立大学中央広場+経済学部講義棟2号館」(16)、「アパートメントハウス」(18)。