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サンルームから北側を見る。家を囲むように設けられた高窓から、周囲の緑を見渡せる。写真/川辺明伸

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借景 家のまわりも家の中作品/桃山ハウス

目の前に開けた街並み。周辺をとり囲む木立。宙に浮いたような大屋根で、景色がぐるりと切り取られている。大屋根と壁との隙間から見える景色の連なりも、ひとつの借景のかたち。 再生時間/2:11

2019年 夏号 借景‑ CaseStudy#1‑山の木々も、家の一部

作品/「桃山ハウス」
設計/中川エリカ

家の中の壁から切り離され、宙に浮いたような大屋根が架けられている。
屋根と壁の隙間からは、周囲の山の木々、そして空や海を望める。
まるで、環境と一体化したような住宅だ。

キッチンから外を見る。庭の木の後ろには山の雑木林が見える。大きな庭木は敷地にもともと立っていたクスノキ。写真/川辺明伸
テラスから見た室内の全景。高さ2,100~2,500㎜の家具群に、天井高4,500㎜ほどの大屋根を架けている。写真/川辺明伸
北側の高窓から外を見る。視線が抜けるように一部の柱を丸くしている。外では借景の山桜の花が咲いている。写真/川辺明伸

 曲がりくねる山道の途中、ヘアピンカーブのような急な曲がり道に囲まれた敷地に「桃山ハウス」はある。歴史ある温泉街の駅から山側に向かった造成地の一角。建主は都心にある住まいとの2拠点居住のため、また仕事柄お招きする客人をもてなすゲストハウスとして土地を購入。中川エリカさんが前職で担当した物件に建主が興味をもったことから、設計を依頼した。購入時、古屋はすでに解体撤去されていたが、植栽や庭、また敷地を巡る高い塀は残されたままであったという。

山の一部のような家を目指した

「家のどこにいても海と山の両方を感じられるようにしたい」というのが、建主の希望であった。山を切りくずしてつくられた敷地からは、歴史ある温泉街とその向こうに広がる海が眺められる。敷地のまわりには企業の保養所として使われていた建物が点在し、木々のあいだに見え隠れする。中川さんは敷地を訪れた際、これら固有の要素が織りなす情景に着目した。「隙間からススキが生え出た擁壁、隣に見える陶芸窯のコンクリートの煙突、敷地をぐるりと囲う塀など、人が山と格闘しながらつくったものが残り、印象的でした。こうした街の来歴を価値として引き継ぎ、これからつくる新築の建物に重ねることができないかと考えたのです」と語る。
 中川さんは敷地内に残されていた花木、石や岩、門柱や門扉をそのまま残すことを決める。そして、道路との境界線に立つ既存の塀や擁壁も残し、外壁のように扱うことにした。「高い塀でプライバシーは守られているので、後は屋根を架ければ建築になるたたずまいをしていた」と言う中川さんは、薄い板のような屋根を、敷地を覆うように架けることに。この際に中川さんは、塀の向こう側にある山の木々もひとくくりで庭として扱えるよう、屋根の高さと形状について検討した。「周辺環境を拡大解釈することで、室内で木々を感じるだけでなく、『山のような家』ができるのではないかと思いました。20分の1という大きな模型をつくってはのぞいて、室内から見えるものと外から入る光の入り方を確認しながら、身体的にスタディしていきました」と中川さん。そうして決まった屋根の高さは、地上から5m弱の位置。室内からの視線とともに周囲を巡る塀の形状にも呼応させた結果、北の山側の屋根はカーブし、開けた南の海側は直線状に。全体としては食パンのような形となった。エントランス部分では駐車スペースを兼ねた待合に円形の屋根をもう1枚設け、屋根が連なるように。屋根の北側にあたる場所には離れを設け、茶室としても使えるゲストルームとしている。

サンルームから南側を見る。前庭と室内の床仕上げを統一し、内外の境をあいまいにしている。写真/川辺明伸
離れ。茶室として使うため、炉や床がある。写真/川辺明伸
寝室。家全体は開放的だが、個室は分節されている。写真/川辺明伸

生活の領域とからみあう構造

 屋根の下には建主が必要とするモノや設備を置きながら、生活の領域を検討し、プランを定めていった。視界の開けた海側には大きなソファに応じて大きなスペース、木々に囲まれた山側には就寝や入浴のためにコンパクトで親密な空間が配され、互いのスケール感はグラデーション状に連続させている。家具や壁で囲われたスペースにはトイレを含めてほとんど天井はない。室内のどこにいても空間には一体感があり、高く持ち上げられた屋根と壁とのあいだのガラスを通して視線が外に抜け、周囲の緑を感じられる。春には、軒先と塀の向こうに山桜がのぞく。
 屋根を支えるRC造の柱も、生活の領域に合わせながら建てられた。鉄板とフラットバーを工場溶接して製作した屋根のパネルは約1800㎜四方で、柱はそのグリットにのりながら自由に配置されている。柱の本数は、室内と軒下の半屋外に6本、外に8本。屋外の柱には、屋根からフラットバーを延長させて互いをピン接合した。なるべく建物の外へ外へ、内側から外側へと発散するように柱が配されることで、室内の領域は庭の領域ともあいまいなものになった。そして、室内から見通せる場所にある柱は円柱とし、視線を受け流すように配慮。「角がないことで境界を越えていく心理的な効果があり、庭や山の緑も混ざって感じられるようになった」と中川さんは効果を語る。

俯瞰。敷地は既存のブロック塀に囲われ、プライバシーは確保されている。写真/川辺明伸
エントランスからアプローチを見る。左奥の前庭に進み、サンルーム側から家に入る。右手には離れがある。写真/川辺明伸
エントランス。右手の円形の屋根は駐車スペースを兼ねた待合。奥の塀の緑は、既存。もともと緑化されていた。写真/川辺明伸

周辺環境に溶け込んでいる

 なお、庭には新しい植栽を元からある花木につなぐように植えることで、次第に一体として見えるように意図されている。とくに北側の庭では塀に沿ってもともと垂直緑化が工夫してつくられていたため、新たに足元になじむように植栽していった。またコンクリートの柱の表面は、型枠にラワン合板を割いた板を用いることで縦の筋を入れたあらいテクスチュアとし、既存の塀、また門柱や門扉、ポストなどがもつ存在感に寄せている。室内の柱の足元の一部にはモザイクタイルを貼り、敷地周辺にある人工物の面影との連続を思わせる。一方で、室内の床面は床版コンクリートを磨いた仕上げ、フラットな天井はツヤのある白塗装として、光や緑をやわらかにバウンドさせて室内へと導いている。
 新築時から周辺環境や地形を建物自体の構成や細部にまで取り込み、時を経るごとにますます周囲と一体化させるよう意図された家。この家や庭に身を置いて過ごす人は、建物の内と外という枠組みを飛びこえ、自分が外の山の一部であるような心持ちにさせられる。

正面外観。写真/川辺明伸
  • 中川エリカ氏の画像

    中川エリカNakagawa Erika

    なかがわ・えりか/1983年東京都生まれ。2005年横浜国立大学工学部建築学科卒業。07年東京藝術大学大学院美術研究科修了。07~14年オンデザイン。14年中川エリカ建築設計事務所設立。14~16年横浜国立大学大学院Y-GSA設計助手。おもな作品=「ヨコハマアパートメント」(09、オンデザインと共同設計)、「ライゾマティクス新オフィス移転計画」(15)、「塔とオノマトペ」(18、展示作品)。