現代住宅併走

上層部の光景。これだけ建築と一体化した緑化は珍しい。写真/普後 均
Tree-ness House 写真/普後 均

2019年 新春号「からまりしろ」をつくりました

作品/「Tree-ness House」
設計/平田晃久

わずかな段数の足がかりを利用して屋上へ上がれるようになっている。写真/普後 均
給水がちゃんとしているから緑も元気。写真/普後 均
細部の納まりもよく考えれられている。写真/普後 均
打放しと「ひだ(と呼ばれるボックス)」のコンビがいい。写真/普後 均

 平田晃久の設計で最初に注目したのは、断面がS字形をした2階建ての鉄筋コンクリート造住宅(実現せず)だった。藤本壮介の青森県立美術館コンペ案の衝撃的平面図と同じ考え方がそこにはあったし、「平田が考えたことを藤本が先にやる」とも聞いていたからだ。藤本に聞くと「平田は考えすぎてちっともやらないから……」。
 S字形は、箱として閉じるわけでも柱を立てて全面オープンにするわけでもなく、確かに壁が存在しながら、しかし開いているとも閉じているともとれる不思議な内外の関係を生み出す。
 S字形の発見者としてまず意識し、次に「からまりしろ」という言葉に新鮮さを覚えた。ふつう建築家はこういう日常的語彙で自分の考えを述べず、もっと抽象化したがる。建築の外寄りに外部の空間や建築と関係する部分(しろ)を残しておこうというのである。
 S字形とからまりしろは、じつは一体にちがいなく、S字のふたつの端は外部との関係を求めて、あるいは外部をからめとろうと伸びた触手といってもいい。ヘチマの髭やイソギンチャクの触手に同じ。
 平田の鉄筋コンクリート造の〈Tree-ness House〉を訪れた。近所にある鉄骨造の「Overap House」(2018)も一緒に見ての第一印象を述べるなら「ガチャガチャしている」だった。これは住宅に留まらず平田の近年の代表作「太田市美術館・図書館」(17)もそう。外観が、建築的造形の基本ともいうべき対称形はむろん、四角をとらず、出たり入ったり、突き出したり凹んだり、複雑に凸凹する。
 こうしたガチャガチャ性の身近な萌芽は、今こう書きながら思い出すと、坂本一成の住宅で、塚本由晴が続き、平田に至っている。
 建築史家としてガチャガチャ性に着目するのは、20世紀に入って初めて出現する質だからだ。ガチャガチャ性は20世紀という科学技術の世紀の本質と深く絡んで対立的に出現したにちがいない。とりわけ日本は先進地にほかならず、その根は震災復興期の今和次郎の思想と感性に由来する。
 日本の現代建築に世界の目が集まる第一は妹島(せじま)和世や西沢立衛(りゅうえ)の白く薄い建築にちがいないが、それに続くのは藤本や平田のガチャガチャ建築だろう。
 実物を訪れてみよう。山手線の大塚駅で降り、しばらく進むと坂になり、中小のマンションと木造モルタル塗りの2階建て住宅と店舗が並び、そうした混乱状態に電信柱と電線も参戦して……。
 そんな現代の都市周辺部の混乱した光景のなかに目指す建物は立っているが、そのたたずまいは初の目撃となる。周囲の様子に構わずハキダメに鶴状態を選ぶわけではなく、スックと背筋を伸ばしながら上階に行くにしたがって強まるガチャガチャにより周囲の混乱と上手に調停状態を保つばかりか、ハキダメに明るい未来をさえ映し出している。
 もし上階のガチャガチャ部が打放しだけだったら未来は悲惨だが、植え込まれた緑がそれをあらかじめ救っている。救済者としての緑。
 私はこれまで建築緑化に努め、古今東西の実例を訪れてきたが、こういう建築と緑のあり方、こういう都市と建築と緑のあり方に出会ったことがない。微分された建築が微分された草木を纏うことによりからまりしろを形成して、周囲の都市空間をからめとり、建築単体を超えてイメージをあたりに向けて膨らますことに成功している。

建主の住居の水まわり。写真/普後 均
リビング。写真/普後 均
主寝室。写真/普後 均

 向かいのビルの踊り場から眺めながら、緑の力、効用について考えた。緑という存在はあらゆる建築に対して中立的である。人類や建築が生まれるはるか前から地上に繁茂してきたから当然のこと。中立的ということは、対立的なデザインや材料、たとえば自然素材対工業製品のあいだに立って両者の対立を調停する力をもつ。からまりしろが外のものをからめとるためにはノリシロ(糊代)のノリにあたる接着剤が必要になるが、それが緑なのではないか。
 しばし外から眺めてあれこれ思ってから、平田に案内されて建物の中へ入った。
 細いビルの中の打放しに囲まれた動線(通路、階段、踊り場)をたどり、右に曲がり左に折れ、身体の向きをそのたびごとに変えながら、ところどころに開口する上手な造りの窓やドアに目をやりながら、ビルオーナーの居住階に至る。すべてが狭いけれど平面はよく考えられているし、各部のデザインも充実している。

ダイニング。写真/普後 均
階段を上がるとエントランス。写真/普後 均
エントランスホールから見下ろす。写真/普後 均

 東孝光の「塔の家」(1966)に初めて入ったときの感動を思い出した。日本に固有の都市の狭小敷地が若い建築家の脳を絞り、こうした手品のようによくできた小住宅を滴り出す。そしてそこに海外の若い建築家は敏感に反応する。
 最後に、ドアから外の緑化部分に出て、段差をたどりながら下の階に至り、また中に戻った。微分された緑化部分は思いのほかよく考えられており、土壌も難題となる給水もこれなら大丈夫。とりわけ納得したのは緑化部分の造りで、「ひだ(と呼ばれるボックス)」を軀体に取り付けている。工場でプレファブリケートされた鉄板捨て型枠に現場打ち無収縮モルタルを施すことでこれだけ薄くできた。緑化の視覚的ポイントは細部の造りにあり、たとえば緑のまわりに現れる縁(へり)の厚みの調整にある。伊東豊雄の初緑化の「ぐりんぐりん」(2005)はこれがうまくいっていなかった。厚いと緑が死ぬし、薄すぎると建築が死ぬ。
「現代住宅併走」をうたいながら、現代の最前線からは遠い作品ばかり続いたが、今回はタイトルどおり。

  • 平田晃久氏の画像

    平田晃久Hirata Akihisa

    ひらた・あきひさ/1971年、大阪に生まれ、京都大学建築学科を94年に卒業。伊東豊雄の事務所に入り、2005年に独立し、学生時代から旧知の藤本壮介とふたりで事務所のごとき状態を始めるも、当然のように仕事はなく、コンペと論議の日々。アンビルドの計画案とコンペ案とその理論で次第に注目されるようになる。06年に、デビュー作「桝屋本店」が実現し、17年には「太田市美術館・図書館」が竣工。18年より母校の教授を務める。

    ©Luca Gabino
  • 藤森照信氏の画像

    藤森照信Fujimori Terunobu

    建築家。建築史家。東京大学名誉教授。東京都江戸東京博物館館長。工学院大学特任教授。おもな受賞=『明治の東京計画』(岩波書店)で毎日出版文化賞、『建築探偵の冒険東京篇』(筑摩書房)で日本デザイン文化賞・サントリー学芸賞、建築作品「赤瀬川原平邸(ニラ・ハウス)」(1997)で日本芸術大賞、「熊本県立農業大学校学生寮」(2000)で日本建築学会作品賞。