特集

2018年 夏号 移築のすすめ‑ CaseStudy#1‑ビルの狭間にたたずむ古い蔵

作品/「玄孫」
設計/大角雄三

仙台駅からほど近い、ビルの谷間にたたずんでいる古い蔵。まるで昔から立ちつづけてきたように見えるが、山形県鶴岡市の蔵を移築再生して、新しくつくられた居酒屋だ。

 仙台市青葉区本町。地下鉄の広瀬通駅を降りて徒歩1分。仙台駅からでも十数分で歩けるほどの距離に、その移築された蔵は立っている。確かに交通の便はよい場所なのだろうが、周囲は老朽化したビルやコインパーキングが目立ち、向かいでは創業100年を超える老舗家具店が閉店セールを行っていた。居酒屋「玄孫(やしゃご)」は、そんな都心の谷間に、真新しい蔵がタイムスリップして突然現れたかのような外観である。
 設計者は岡山で30年にわたって活動する「古民家再生工房」のベテラン建築家のひとり、大角雄三さん。蔵は山形県鶴岡市から移築再生された築約160年のもの。そして建主はここ本町で3軒の居酒屋を15年以上にわたって経営する石山靖さん。地域も年代もバラバラな三者はいかにしてつながり、この「都心の奇跡」のような居酒屋が生まれるに至ったのだろうか。

1軒目は壽哲廸(おやじ)
2軒目は伜(せがれ)
そして3軒目が玄孫(やしゃご)

「若い頃は国分町(こくぶんちょう)(仙台最大の歓楽街)で働いていましたけれど、ビルのなかで上も下も同業者という人間関係がいやで、喧噪から離れた本町で店を始めたんですよ」と言う石山さん。1軒目の「壽哲廸(おやじ)」はアパートの1階を改築した一軒家風の造りで、2軒目の「伜(せがれ)」も大通り沿いのビルの谷間に立つ町家風の木造2階建て。いずれも人に案内してもらわないと素通りしてしまいそうな隠れ家的な立地にもかかわらず、幅広い年代に支持され繁盛している。店舗の設計施工はいずれも宮城県鳴子温泉にある「古遊(こゆう)工房」の遊佐(ゆさ)茂樹さんが担当しており、石山さんと遊佐さんは年齢も近く、盟友のような間柄となっている。当然、3軒目も遊佐さんの設計で、となり、今回は古遊工房がすでに保有していた鶴岡の蔵の古材を再生させて「本物の蔵」を建てよう、ということで話は盛りあがった。だが本格的な移築再生の経験のない遊佐さんはそこで慎重になり、以前に倉敷などの古民家再生の見学会に参加した際に知りあい、かねてから交流のあった大角さんを設計者として建主に紹介して、自らは施工に専念したのだという。
 もうひとつの難問は敷地。既存の木造ストックの改築ならいざ知らず、都心で防火法規を満たして木造を新築できる敷地を探すのは至難の業で、1〜2年ほど土地探しが続いたのだが、本町商店街の紹介でコインパーキングになっていた土地の20年間の借地権を得ることができた。オーナーは地元の名士で、寂れゆく街に活気が戻るような店を出してくれるのなら、という応援の意味を込めて格安にしてくれたという。
 かくして232㎡の敷地に建築面積89㎡、延床面積99㎡。つまり建蔽率27%(最大80%)、容積率はじつに42%(同500%)という、商業地区ではありえないほどぜいたくな木造2階建てが移築再生されることになった。
 延床面積がここまで小さくなったのには理由があって、もちろんもともとの蔵の大きさもあるのだが、木造で100㎡を超えるとなると防火法規がたいへん厳しくなることもあり、この面積に収めたのだという。おかげで外構まわりにさまざまな庭木を植える空間的ゆとりができている。

移築再生を価値づけるストーリー

「東北地方には、今回のように、取りこわされて保存されている蔵や旧家の材木ストックがまだまだたくさんありまして、さらにいうと、取りこわす費用すらなくて空き家で放置されている立派な家もあちらこちらに残っているんですよ」と大角さんは解説する。それらを仲介する業者はいるのだが、名門の旧家などは大きすぎて転用が難しいものもあり、マッチングは容易ではないようである。
 そもそも住宅の場合、実家とか親戚の家などといった縁故がない限り、移築して現代的な住宅に転用する需要は少ない。実際、倉敷などでは、不便な場所に立っていても移築せずに同じ場所に改築して住みつづける例が圧倒的に多いという。
「移築してうまくいくのはやはり商業建築でしょうね。太い柱や梁は、誰が見ても値打ちがあるのがわかりますから。でも一方で、その土地とはまったく無関係なものを移して建てるわけですから、脈絡がないといえばまったくないわけで、本当にそれが価値のある行為なのか、新築と何が違うのかと問われれば、返答に悩むところもあります」
 長年にわたって多くの古民家再生に携わってきただけあって、大角さんの自問は深い。だからこそ、単に古民家を移築再生すればそれで目的達成、ということではなく、スタッフや建主、お客さん、みんなが共有できる「ストーリー」を仕立てて、古民家の再生によって新たな価値が見出されるように注力しているのであろう。
 ちなみに工事単価は厨房設備などを除いて坪65万円。この地域での平均的な木造の工事単価は60万円程度だが、蔵を丁寧に解体して運搬し、鶴岡から熟練の左官職人を呼んで漆喰壁を塗り、1年近くかけて施工されたことを考えれば、関係者の努力もあってかなり安く抑えられている。店の繁盛具合を見てもメリットは明らかである。
「岡山と仙台の往復で、私たちも大変でしたが、この移築再生された蔵の成功事例を見て、旧家の処遇で困っている人たちの助けになればいいなと思います」(大角さん)

  • 大角雄三氏の画像

    大角雄三Osumi Yuzo

    おおすみ・ゆうぞう/1949年岡山県生まれ。76年日本大学理工学部建築学科卒業。87年大角雄三設計室設立、古民家再生工房メンバー。おもな作品=「黒谷の家」(97)、「大山の小屋」(2009)、「東漸寺庫裏」(12)。