TOTO
TSUTOMU KUROKAWA 黒川勉のデザイン
 
2刷
編集=「TSUTOMU KUROKAWA」実行委員会
発行年月=2006年8月
体裁=300×228mm、上製、240頁
ISBN=978-4-88706-271-9

ブックデザイン=秋田寛+橋本祐治(アキタ・デザイン・カン)

定価=本体3,200円+税
イベントレポート
OUT. DeSIGN 黒川勉のデザインを語る
レポーター=細川いづみ

2006年10月8日、東京の青山ブックセンター本店にて『TSUTOMU KUROKAWA 黒川 勉のデザイン』出版記念イベント「OUT.DeSIGN 黒川 勉のデザインを語る」が開催された。

本書は、2005年に43歳で急逝したデザイナー黒川 勉の作品集であり、彼を深く知る人々、秋田 寛(グラフィックデザイナー)、安東孝一(プロデューサー)、片山正通(インテリアデザイナー)、川上典李子(デザインジャーナリスト)、黒川知美(オー・ディー代表)、鈴木里子(編集者)、高山幸三(写真家)、村山和裕(翻訳家)によって企画されたものである。

作品集『TSUTOMU KUROKAWA 黒川 勉のデザイン』は堂々とした立ち姿だ。表紙には黒川の事務所OUT. DeSIGNにある、その名を体するO.D テーブルと、自分で木を削って原型を作ったという愛嬌のある白い椅子Poline(ポリン)が、裏表紙には製図版上の椅子のドローイングが配される。中を開くと勢いがよい。彼のインテリアとプロダクトデザインがオールカラーで1992年からの時系列で展開する(写真:高山幸三)。多様だが、どれもが強い存在感と吸引力をもつ。川上典李子が個々の作品解説を行い、また各章のはじめに大きい視点で黒川 勉のデザインの分析を為す。 杉本貴志、片山正通、ロン・アラッドら関わりの深いデザイナーから文章や談話が寄せられ、所々に黒川本人の短い言葉が記される。監修とブックデザインを行った秋田 寛は、あとがきの他、装丁や中扉、構成でもう一つの黒川論を表明した。本書は、黒川を丁寧に見つめることで手がかりを探し、黒川 勉のデザインを読み解こうとするものだ。

トークセッションは息の合った三人。川上典李子が司会役をつとめ、和やかな雰囲気のなかで始まった。作品集と同様に年代順に作品の写真をスライドショーで見ながら進む。最初に映し出された「三本脚で立つ歯ブラシ」がおかしくて会場が沸く。片山正通は黒川 勉の仕事ぶりを終始敬意をもって語らい、秋田 寛はグラフィックデザイナーの眼で黒川のデザインをとらえ、本づくりの話、友人としての逸話を加えた。川上はそれぞれの作品を詳しく解説しつつ、キーワードを掲げていく。皆で黒川 勉とそのデザインの何たるかをつかまえてみよう。作品集と通じる姿勢だ。楽しいエピソードにも溢れた。

まず黒川は【仕事に非常に厳しかった】という。片山は、1992年黒川と二人でH.Design Associatesを設立した。しかし仕事をコラボレーションするというのではなく独特の方法をとる。互いにプレゼンを見せ、互いを納得させないとクライアントに提出できないのだ。黒川は厳しかった。そして彼は、二つコンセプトを作ろうと言い出す。クライアントと自分たちのためのコンセプト。大変なことだった。黒川はとにかく真面目で、どんなに眠くても寝ずにデザインを続けたという。また【作品の個性の強さ】がすべてにいえると三人ともが語った。片山はこのことを本書の刊行に併せて行われた展覧会の会場構成でも実感した。「だからまとめなかった。家具が喧嘩しているようにもした」と。【まとめない】も黒川デザインの特徴だと、片山は作品集に書いている。秋田もアートディレクターとして黒川作品の個性の強さに悩んだ。「高山幸三が撮影した何万カットもの写真を見ていったが、一枚一枚が訴えてくる。ピックアップができない。本にまとめるということ自体が難しかった」。加えて、今回の作品集のために新しく店舗などに人が入った写真をかなり撮り降ろしたとのことだ。作品集はそんな苦労があったことなど露知らぬ佇まいだが、作品の個性の強さが本の面白みを増しているのではないだろうか。

スライドショーは続く。回転するテーブル、動くテレビ、一人用椅子、花の照明、車輪のついた什器。黒川は【日常のデザイン】を大事にしたというが、その自由な発想に驚く。照明へのこだわりも初期から強かった。「彼は光の力を信じていた。僕も光の力を信じる」と片山は語る。店舗デザインも加速をつけて増えていく。古材とスチールなど多くの【相反する要素を絶妙のバランスで成立】させ、【新しい空気を作る】。秋田は、アート作品のような魅力を持つ店舗の外観や、天井の曲線の不思議さ、床に直接書いた数字の潔さなどを指摘した。プロダクトもますます自由だ。「家具も、洋服を買って帰るようにできるといい」との発想で椅子とスツールMapell(マペル)を制作。透明素材の脚は分解可能で段ボールにつめて手で持って帰ることができる。

ここで川上と秋田は、黒川がプロダクトのネーミングをまったく新しく自身で作った、語感で決めていたらしいことを語った。私はここに「二重の創造」を見たように思った。何も無いところから独自の存在を生み出し、新しく作った言葉を与える。すると「マペルっぽい」などという言葉も具体的な意味を伴った生き物となる。また黒川のブランド論をあらわす手紙を川上が紹介した。彼は全国に25店舗ある洋服ブランドの改装の依頼を受け、あえてすべて異なるデザインにしたのだが、なぜそうするべきなのかを便箋4枚にぎっしり書いていた。「プロトタイプをつくりマニュアル化することに対する自分の問題提起からの新しい考え方。デザイナーの思いを込めてつくるべき。傲慢なデザイナーの表現ではいけない」と。

そして2002年に照明の代表作Lenorat(ルノラ)を自発的に発表し、これが没後の2006年に黒川待望の【量産化】をみる。だから作品集には2006年の頁がある。プロダクトは皆の手元に届くようにしなければと黒川は考えた。川上が「照明器具という以前に空間全体を作っている。これが黒川さんのデザインだ」と強烈に感じたという作品だ。また黒川 勉のデザインには脈々とつながっていく【発展系】の形をとるものが多いが、ルノラもそうだ。最後に、片山は、黒川がオリジナリルのデザインを作り続けたことを、川上は、黒川は彼らしい匂いがするデザイナーであることを強調した。そして秋田は「作品集は未完の集大成。黒川という名前ではもうデザインはないが、それを見た人にデザインは残り形を変えてつながっていく。それが黒川 勉のデザインが完結していくことではないか」と語り、「彼の事務所のホームページhttp://www.outdesign.comが残っています。書き込みができるのでよかったらアクセスしてください。黒川 勉のデザインを終わらせない状態にしたい」とトークショーを締めくくった。

本書は、読んだ見たりする度に面白い発見のできる、そして貴重な本だと思う。苦労して選ばれた作品写真は雄弁である。丁寧に一枚一枚の写真を見て、じっくり黒川の言葉、川上のテクスト、多くの人々の文章を辿っていくといい。独特のモチーフがわかってくる。新しい店舗に、あの椅子が、この照明が位置を占めてもいる。アイデアがつながって発展している。彼の真摯な姿勢が浮かんでくる。ここには黒川 勉がその生涯で思索し追及し実現したデザインと、デザインへの愛情が、深い示唆を含んで存在する。またトークショーでも同様の印象をもったのだが、この作品集には、大きな人を亡くした悔しさのなかで、友人たちの、冷静に黒川 勉のデザインを見る姿勢と、なんとしても黒川 勉のデザインを伝えたいとの強い意志が貫かれている。多くの読者が本書を通して、世界のインテリア・プロダクトデザインの大きい視野から、黒川 勉さんのデザイン、日本のデザインを見ることをしてほしい。トークショーを聴き、本を再三読し、そう思った。

細川いづみ Izumi Hosokawa
編集者。東京教育大学(現、筑波大学)文学部卒業。『磯崎新の建築談議』全12巻、『河鍋暁斎画集』全3巻、『SCAN仕事と周辺シリーズ』、『ARATA ISOZAKI WORKS 30』、C.ロウら『イタリア十六世紀の建築』邦訳版(以上、六耀社)、など企画・編集。
イベント情報
イベント名
『TSUTOMU KUROKAWA 黒川勉のデザイン』刊行記念トークイベント
OUT. DeSIGN 黒川勉のデザインを語る
出演
片山正通、川上典李子、秋田寛
日時
2006年10月8日(日)
会場
青山ブックセンター本店 カルチャーサロン青山
主催
青山ブックセンター