Interview

それぞれの箱の役割を分ける

 なぜ入れ子にするのか。たとえば、毛綱毅曠設計の「反住器」(1972)は、入れ子の構成を最大限に強調した観念の結晶にも思えるが、入れ子にすることで、北海道の寒さから内側の箱が守られてもいる。あるいは、内側と外側の構造を分けておけば、片方に寿命がきても、外だけ、あるいは中だけを取り替えることもできるのかもしれない。
 青木弘司さんが設計した「伊達の家」や、能作淳平さんが設計した「ハウス・イン・ニュータウン」も入れ子だが、なぜそうしたのか。入れ子のメリットについて、おふたりに話を聞いた。

青木弘司+能作淳平

司会・まとめ/伏見 唯
写真/山内秀鬼

内側の大切なものを守る

今日は、建物を建物で囲う、入れ子の構成のメリットをうかがっていきます。
古い例でいえば、中尊寺金色堂(1124)は、覆堂(おおいどう)に囲われてきたことによって、そのみごとな工芸を今に残しています。最古の神社建築遺構のひとつである宇治上神社本殿(12世紀)でも、3つの小さな社殿が大きな社殿に覆われてきました。

能作淳平(以下、能作)本尊や堂の周囲をまわる礼拝や修行の仕方があるように、中心にある大事なものを守るように外側を囲っていく入れ子の形式は、宗教建築ではたびたび見出せますね。

小さな祠も、簡素な小屋でよく覆われています。

能作保存したい建物に負担をかけないようにすると、より大きな建物で囲うことになるのでしょうね。金色堂に加重をかけようとは誰も思いませんから(笑)。

青木弘司(以下、青木)大切なものと、それを守るもの、建物の役割がはっきりしていますよね。

能作時代によって守る対象は変わるのですが、ずっと続けられてきた構成なのではないかと思います。

  • 中尊寺金色堂

内部に外部を取り込む

現代の住宅だと、守られているのは人間の生活です。

能作そうですね。70年代の都市住宅では、平面的な入れ子の構成がいくつか提案されていました。一番内側にプライベートな生活空間を配置して、それを囲っている部分でユートピアをつくるものが多かったと思います。急速な都市化や公害問題によって都市環境が悪化していくなかで、外に対して閉じた箱をつくって、内側に擬似的な外部をつくる構成です。

青木「住居の中に都市を埋蔵する」ことを意図した、原広司さんの自邸(1974)などは顕著な例ですね。

毛綱毅曠(もづなきこう)さんの「反住器」(1972)も、その頃です。玄関から箱の内部に入ると、入れ子状に配置された箱がまた現れて、家の中に入ったはずなのに、まだ外にいるかのような感覚を味わいます。

能作そういった都市に対して閉鎖的な入れ子がある一方で、後の藤本壮介さんの「House N」(2008)は開放的で、入れ子の新しい可能性を示したものだと思います。

緑豊かな庭が、内部に取り込まれていますね。

青木三重の入れ子にすることで、内外を未分化にしようとしています。いくつもの領域がグラデーショナルに重なっているような空間のとらえ方は、藤本さんが以前から言われてきたことですが、平面的な提案だけでなく、「House N」で初めて立体的な関係性として構築できた、という話を聞いたことがあります。

  • 反住器
    毛綱毅曠/1972年/北海道釧路市にある住宅。おおよそ8m立方の外郭の中に、4m立方の部屋があり、さらにその中に1.5m立方の家具が、入れ子状に配置されている。箱と箱のあいだで暮らす住宅をつくることで、人間がいつも何かの隙間で生きているという考えなどを明示しようとした。設計者の観念的な意図が際立っているが、じつは北海道の寒さのなかで、箱の隙間が空気層になって、内側の箱を外側の箱が保護しているという、実用的な面もみられる。(撮影/藤塚光政)

  • 反住器

  • House N
    藤本壮介/2008年/大分県にある住宅。穴のあいた3つの箱が入れ子状に配置されている。一見、穴だらけなのでプライバシーがないように思えるが、それぞれの穴がずれていることによって、外からの視線が中まではあまり届かない。塀などによって内部を完全に閉じたり、あるいはガラス張りなどによって完全に開放するのではなく、少しずつグラデーションのように開いていく構成。箱の内部につくられた緑豊かな庭も、まるで室内のように近しく感じられる。(撮影/IWAN BAAN)

  • House N

環境に差異を生み出す

青木さんは藤本壮介建築設計事務所のOBですが、その入れ子の構成に影響を受けましたか。

青木多少は(笑)。実際、「伊達の家」も同じ入れ子なので。ただ、おそらく主題は違っていて、「House N」では抽象化された白い箱が等価に入れ子になっていますが、「伊達の家」ではあらゆる材料を現しにしながら環境の差を顕在化させようとしました。

確かに、内側の箱の中が暖かいのに対して、外側の建屋の中はかなり寒いですよね。

青木間欠(かんけつ)暖房という言葉があります。必要な場所に、必要な時だけ暖房することです。一般的に外皮の性能が高い寒冷地の住宅では、連続暖房のほうが効率もよく、温度差も小さくなり快適とされていますが、無理のない範囲で環境のムラを意識的につくることに注目しています。
 僕は北海道出身で、居間は暖かくても、玄関は寒い家で育ちました。そういう環境のムラを行き来するような生活には、どこか豊かさがあるような気がしていて、空間のつくり方にも直結するのではないかと思っています。
 その環境のムラをつくるために、壁や屋根を解体したんです。防水や断熱などの役割を、意図的に分けました。ですから入れ子の形は最初から目指していたわけではなく、結果的に生まれたものです。

ひとつの建築の中に環境のムラをつくっている点では、矢田朝士さんの「ES house ― 01」(2005)も、似ています。「外家」と名づけられたコンクリートの「外郭」の中は、まるで外のような環境になっていて、そこに断熱も施された快適な「内家」が挿入されています。

能作外部に対する開放や閉鎖ということだけではなく、温熱環境をコントロールする手法として入れ子を用いているわけですね。温熱環境のシミュレーション技術は高くなっていますから、そういう意味では、入れ子の思考の解像度が上がってきているのだと思います。

北山恒さんの「F3 HOUSE」(1995)でも、断熱や防水性能を満たした箱に、さらに農業用ガラス温室をかぶせることで、ほぼ外のような室内環境が生み出されています。

能作じつは「ハウス・イン・ニュータウン」を設計するときに参考にしていました。建築を重ね着していくような発想に共感します。内部と外部で環境をはっきり分けるのではなく、そのあいだの熱環境のグラデーションの部分があるとよいと思います。

  • ES house-01
    矢田朝士/2005年/奈良県の農村集落に立つ住宅。「外家」と名づけられた鉄筋コンクリート造の大きな箱の中に、木造と鉄骨造による2つの「内家」が入れ子状に挿入されている。隣接する工場や周辺開発の影響が予想されるなかで、一度「外家」で覆ってしまい、光や風などの自然を取り込むことによって、内部に擬似的な自然環境を生み出している。そこに防水や断熱処理の施された「内家」を建て、居住空間を生み出している。「内家」だけ建て替えることもできる。(撮影/絹巻 豊)

  • ES house-01

  • F3 HOUSE
    北山恒/1995年/東京郊外に立つ住宅。男性ひとりが住む最小限の生活のための空間を細長い箱に集約し、その箱を農業用ガラス温室で覆うことで、大人数でパーティーなどもできる空間を付け加えている。ガラス温室のところは「外室」と名づけられ、庭のような外部空間として扱い、外室の開口をあけたままでも生活できるように、「内室」と名づけられた細長い箱のほうに防水や断熱処理を施している。既製品の温室を用いることで、全体のコストも削減。(撮影/藤塚光政)

  • F3 HOUSE

コスト・コントロールがしやすい

青木「F3 HOUSE」のエア・ボリュームを、すべてハイスペックな防水や断熱性能の仕様で包んだら、相当コストがかかるでしょうね。

コスト・コントロールの面でも、入れ子はメリットがありますか。

青木要は、壁や屋根などの部分ごとに、個別に与えられた役割に応じて、細かくコストを配分することができます。

「伊達の家」では、どうでしたか。

青木必要な部屋など、お施主さんの要望を積み上げていくと、100㎡ほどの延床面積になりました。予算的にも、そのくらいの大きさが妥当なのですが、300㎡ほどの土地なので、単純に外部が余ってしまう。それで、必要なスペックを備えた住宅の外側に倉庫のような簡素な覆いを設ければ、もう少し広く敷地を囲うことができるのではないか、と考えたのです。

コスト・コントロールから生まれた構成でもあるのですね。

青木全体の面積は広く確保しながらも、住む人が過ごす時間や場所を主体的に選ぶようなライフスタイルを前提に、コストを調整しています。

構造も融通がきく

入れ子だと混構造にもしやすいですよね。「反住器」は外が鉄骨造で、中が木造。「House N」は外がRC造、中が木造。「伊達の家」も外が鉄骨造、中が木造です。コスト面での選択でしょうか。

青木部分的に構造形式を変えることができると、柔軟にコストや性能の微調整ができます。伊達の場合は、外側は大きなスパンを飛ばしたかったので鉄骨造。中は小さなボリュームですから、やはり木造です。

「ハウス・イン・ニュータウン」は、内外ともに鉄骨造ですが、内側だけ木造ということもありえたのでしょうか。

能作最初は、内側の箱は木造にしようと考えていました。外側だけ鉄骨で固くつくっておいて、中は木造のほうが自由に変えられると思いました。「住む人の好きにしたら」という感じで(笑)。
 ただ、内側の箱も鉄骨造にしたら、その梁が外側のフレームのつっかえ棒になって、全体が合理的にできることがわかりました。この場合は、内側も外側の構造にのっかったほうが全体的に安かったんです。

内部は自由に変化していく想定でしたか。

能作将来、内部を増築していくとしても、第1期工事の中央のコア部分を壊すことはないと思いましたので、構造やコストの合理性を優先させました。

青木原理的には、この広い土間に、さらに箱をつくることもできますよね。入れ子には、冗長性がある。

能作そうですね。「箱の中の箱」という設定にしておくと、住んでいる人もわかりやすいと思います。ちょっと語弊があるかもしれませんが、他者の「生活をことこまかにつくる」というリアリティをあまりもてないんです。住まい方は、住む人にしかわからない。その道具を用意するくらいが、僕にはしっくりきます。だから住まう人にとってもイメージしやすい設定は大事だと思います。設計者はサポート役です。

青木外側は予算や集団規定の許す限り、できるだけ大きくつくっておいて、中は自由に変えられるというのは、とてもわかりやすくて共感します。住宅は、お施主さんとの共同設計のような感覚もありますから。

外部の街や気候に対応する部分

外側は、やはり周囲の環境によって決められていくのでしょうか。

能作「ハウス・イン・ニュータウン」で、外側の箱の内壁を白いペンキで塗っているのは、まわりにハウスメーカーの商品化住宅が並んでいるニュータウンのなかで、周囲にちょっと寄せていきたいと思ったからです。

ニュータウンの環境に合わせたんですね。

能作ただ、開口は擁壁の上に直接のせているような形でまわりとはぜんぜん違うので、完全に周囲と調和しているわけでもありません。あくまで擁壁や仕上材などだけ、寄せていった。

寄せたいけど、紛れこませたくない。「伊達の家」も、周囲にはないデザインです。

青木寒冷地の住宅は、寒さ対策で閉ざされがちです。北海道の夜の風景は暗いんですよね。それがちょっと寂しくて、気になっていました。だから、プライバシーを守りながらも開放的にしたいと思ったんです。通常、窓まわりは納まりも複雑でコストがかかるものですが、外側の建屋は断熱層にはなっていないので、スチールのサッシに5㎜の単板ガラスを入れたシンプルなカーテンウォールが、予算内で実現しました。

能作北海道にはない外観の住宅をいかにつくりえるか、という課題があったわけですね。
 その点で共感するのは、ニュータウンにある商品化住宅も閉じているものが多いところです。室内のスペックをうたうと同時にセキュリティもうたっているので、どんどん閉じた家になっています。でも、そんなに治安の悪い場所ではないし、もう少し周囲を信頼して開いてもよいのではないか、という想いはありました。
 その開いたところに、ニュータウンのコミュニティのやりとりを促す空間を生み出すというのが、ここでやりたかったことです。

入れ子の構成のなかで、やはり外側の建物が外部との応答を担っているわけですね。
 今号掲載の「雨やどりの家」も、内部に家型の小屋が並べられ、防水や雪下ろしを担う大屋根が、それらをまとめて覆っています。

青木入れ子だと、壁や屋根が複数用意されていますから、その一つひとつの役割を限定することができます。与えられた役割に特化することもできるのだと思います。

内部の生活に対応する部分

では内側の箱は、内部の生活に特化した造りになっているということですね。

青木はい。入れ子にすると外部の条件に対して反応する部分と、住み手の生活に反応する部分を分けることができます。それらを統合して考えると、周辺環境や集団規定から決められた形の中で、どのような暮らしを実現させていくのか、ということを考えなくてはならない。それでは、無理が生じることもあると思うんです。

能作その統合が設計の醍醐味で、なんとか納めるのが普通ですけれども、正直しんどくないか、という気持ちにもなります……。ちょっとした住まい手の要望に対して、あらためて全体を変えなくてはいけないことも出てきたりするので。
 法律や構造的な合理性、予算の調整などは、もちろん僕らの仕事です。ただ、日々の生活にかかわるところはお施主さんと共有していきたいですよね。そのとき、構造や集団規定に従うものと、生活に対応するものとを分けて設定しておくと、お互いに楽になるのではないかと思います。

内海智行さんが設計した「深大寺の入籠」(2006)が、同じようなコンセプトでつくられています。外側のシェルはつくるけれども、内側は住み手が自分でつくることを想定したものです。その時々の状況に合わせて、内部だけがつくり替えられているそうです。

能作家族のあり方が数年、数十年で変わっていったときに、住みつづけるか、建物を再建するか、という1か0かの選択肢だけでなく、内部だけ再建するという選択肢が用意されているのはいいですね。汎用性を感じます。

青木内部と外部を別々に扱うことができるのも、建物が複数用意されているからですよね。役割を分けることによって見出された可能性であり、獲得された表現なのだと思います。

  • 深大寺の入籠
    内海智行/2006年/東京都調布市に立つ住宅。高さ8mほどの立方体の外殻をつくり、その中に外殻とは別構造の箱を挿入している。将来の使われ方が変わることを想定し、内部の別構造だけを建て替えられるようにしたもの。施工も個別に行われ、まずは1次構造として、集成材による強度の高いラーメン構造で外殻のみをつくり、その中に2次構造として、建て替えやすい在来木造の箱をつくっている。竣工後も、2次構造は住人が改変しつづけている。(提供/ミリグラムスタジオ)

  • 深大寺の入籠

内外の役割を分けることができる

さまざまな役割をひとつに集約させるオール・イン・ワンのつくりかたではなく、家をふたつに分け、壁や屋根もふたつに分けることによって、役割を分散させることができるというのが、入れ子のメリットなのかもしれません。
 同じく今号掲載の「オフセット町家」も、保存していきたい町家の中に、現代的な暮らしができるような温熱環境と設備をもった小町家が挿入されています。

青木古い建物を保存しつつ、性能を担保するために、新しいボックスを入れる。保存されるものと、性能を満たすもの。やはり役割をふたつに分けたことが、メリットになっています。入れ子という形式が観念のモデルではなく、非常に現実的なあり方にもなりうることがよくわかります。

能作リスペクトしているものがあるから、そこに負担をかけないように、分けてつくっているんですね。主人と付き人みたいに(笑)。ただ、その付き人がいなければ、主人も存在しえない、という関係性です。
 僕は、今日のやりとりで「役割」という言葉を使うと、確かに入れ子をとらえやすくなると思いました。中尊寺を例にとっても、金色堂には藤原三代を祀るフィロソフィカルな役割があり、覆堂には、内側を風雨から守るというプラグマティックな役割があると言えます。

金色堂を守る役割であった覆堂も、今ではその役目を終えて、自分自身も大切なお堂のひとつになっていますね。金色堂を守りつづけてきた美しさがあるように思います。

青木覆堂が美しいのは、役割が見てわかるからなのかもしれません。壁や屋根などの役割が見てわかれば、建築の成り立ちを理解することができる。それが愛着を育み、たいせつに維持されていくことにつながるのではないかと思っています。

能作入れ子というのは特殊なものだと思っていましたが、じつは汎用性があるのかもしれません。今日話に出た建築も、さまざまな理由で入れ子になっていることがわかりました。抽象的な形式としてとらえると限界があるように思うのですが、一つひとつの個別の役割を見ていくと、可能性が開ける気がしました。

  • 入れ子にすると内外で役割を分けられます。そうすると、それぞれの役割に特化することができます。
    青木弘司

  • 入れ子は、必ずしも特殊な形式ではなく、さまざまな状況に対応できる汎用性があるのかもしれません。
    能作淳平

Profile
  • 青木弘司

    Aoki Koji

    あおき・こうじ/1976年北海道生まれ。2001年北海学園大学工学部建築学科卒業。03年室蘭工業大学大学院修士課程修了。03~11年藤本壮介建築設計事務所。11年青木弘司建築設計事務所設立。おもな作品=「情緒障害児短期治療施設」(06、藤本壮介建築設計事務所での担当作品)、「調布の家」(14)、「我孫子の家」(16)。

  • 能作淳平

    Nosaku Junpei

    のうさく・じゅんぺい/1983年富山県生まれ。2006年武蔵工業大学(現・東京都市大学)工学部建築学科卒業。06~10年長谷川豪建築設計事務所。10年ノウサクジュンペイアーキテクツ設立。おもな作品=「新宿の小さな家」(11)、「あきるのシルバーハウス」(15)、「高岡のゲストハウス」(16、能作文徳との共同設計)。

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