Case Study #1

入れ子の家――壁を並べ、屋根を重ねる
壁の中に生まれた空間

壁や屋根の役割は多様だ。目隠しであり、防水層であり、断熱層でもある。それらの役割を、ひとつの壁や屋根にゆだねるのではなく、複数に分散させていく。その結果、壁も屋根もふたつある、入れ子状の構成が生まれた。

作品 「伊達の家」
設計 青木弘司

取材・文/杉前政樹
写真/桑田瑞穂

  • 鉄骨造の建物の内側に、木造の建物が入れ子状に立っている。寝室やLDKなどの居住域は、内側の建物の中にある。

  • 南側外観。外階段を上ると、屋上テラスに至る。

 北海道・千歳駅から函館行の特急にのって1時間あまり。北西に雄大な有珠山を望み、南は内浦湾に面した伊達市は、北海道のなかでは温暖な気候で知られ、「北の湘南」と呼ばれる風光明媚な土地である。年間平均気温は9.5℃。日照時間が長く、降雪量も少ないので、実際、札幌などからのリタイア組の移住先として人気があるという。
 伊達紋別(だてもんべつ)駅から車で数分。比較的新しい住宅地の通りに面して立つその姿は、家というよりは「巨大な格納庫」といった風情なのだが、格納されているのは消防車でも飛行機でもない、まぎれもなく「住宅」である。しかも内側の建物の外壁は、なにやらふかふかしたやわらかい素材で包まれていて、まるで建設途中の家をそのままショーウインドウに飾っているかのような、鮮烈なインパクトを周囲に与えている。

建物の「ふところ」を第3の空間に

 取材に訪れたのは12月上旬。小雪混じりの風が冷たく、内部に入るとひと息つけるのだが、高さ2層分のがらんとした土間スペースは足元からしんしんと寒い。ここで靴を脱いで内側の建物に入ると、ようやく暖かい室内となる。防水加工されていない室内用の木製扉で、気温差のある建物に出入りするというのは、なんとも不思議な感覚であった。つまりここでは雨風をよける覆いの機能と、暑さ寒さをしのぐ断熱の機能が、外側と内側の建物で明確に分離されていて、そのあいだに、内部でもなく外部でもない「空気層(土間)」と呼ばれる第3の空間が広がっている。通常ならば断熱材と外壁材のあいだに隠されてしまう「ふところ」のデッドスペースを、いわば極端に引き延ばして、利用可能な空間にしたわけである。
 設計者の青木弘司さんと建主が出会ったのは2002年のこと。伊達市内の社会福祉法人に勤務する建主は、当時、新しい福祉施設の設計を藤本壮介建築設計事務所に依頼した病院側の現場担当者であった。青木さんは、まだ室蘭工業大学の大学院生。翌春から藤本事務所に就職することが内定しており、ひと足先に現場スタッフとして仕事を任されていたのだ。
 一方の建主も、病院職員としてまだ駆け出しの時期で、若いふたりは藤本壮介氏の斬新なプランを実現化するのに苦楽をともにしたことであろう。そのかいもあって、「情緒障害児短期治療施設」(2006)は07年度のJIA建築大賞を受賞。青木さんは11年に独立するが、建主との交流はその後も続いていた。そういう経緯もあって、家を新築するなら同世代の青木さんにと、ごく自然な流れでお願いしたと建主は言う。
「夫婦ふたりの住まいで、有珠山がよく見えるリビングとテラス、そして趣味の自転車が置ける広い土間がほしい、というのが青木さんへのリクエストでした」

  • 玄関。右手の土間は、自転車などが置ける物置きのスペース。

  • 南側の土間。土間は、左手の壁の内側にある居住域を守る空気層にもなっている。

  • 屋外から玄関を見る。建物の中に建物があり、扉も二重になっている。

最初から倉庫が立っているよう

 敷地は100坪弱。夫婦ふたりの家としては充分すぎる広さだが、周辺の地価相場は坪11万円程度なので、土地代は1000万円弱ほどである。青木さんの最初のプランは、ここに大きな鉄製屋根をかけて下に小さな木造の家を建て、庇を大きく張り出し、その軒下を土間のような自由な空間として使うというもの。そこから建主と話しあいを重ねるうちに、やがて道路側をカーテンウォールで覆い、庭側は吹きさらしという案になり、さらには四面とも覆って完全な入れ子状にするという案へと変化していった。当然、予算オーバーとなるのだが、外側の建物の断熱性能をいっさい取り払った設計にすることで、坪単価を66万~67万円、総工費を2900万円(税込)に抑えることができた。周囲の坪単価相場より数万円安い計算となる。
「外側の建物は、汎用的な折板屋根に石膏ボードを使って、ごく普通に鉄骨造の倉庫を設計すればこうなる、というものを目指しました。独立してしばらくはリフォームの設計が続いたのですが、これが意外に楽しかったこともあって、今回は新築ですが、与条件としてそこに建っているような、アノニマスなデザインにしたかった」と青木さんは言う。
 床面積100㎡、高さ6.4mの鉄骨造の中に、建築面積46㎡、高さ5.7mの木造2階建てが挿入されており、延床面積にすると、内側が92㎡で外側が53㎡。内外比は63対37となる。換言すれば、「ふところ」が4割近くを占める異様な建築である。確認申請を出したときは、さすがに担当者がめんくらったというが、特別な法規をクリアする必要があるわけでもなく、施工もスムーズに進められたという。

  • 内側の建物の内部。2階のLDK。

  • LDKの北側の窓。内外の窓のあいだに空気層(北土間)がある。

建主とのキャッチボールから思わぬコンセプトが立ち上がる

「そもそも住宅の壁芯面積と内法面積の差っていったいなんだろう、と疑問に思うことはありませんか? 誰のための空間で、なんのために家賃や税金を払っているのかと。今回は建主とキャッチボールを重ねていくうちに大屋根案は消え、大小の建物を入れ子状にする案に変わってきました。ならばその隙間に広がる不透明な空間を『見える化』して、使えるスペースに転換すれば、いったいどういう空間になるのだろう、というふうにコンセプトも切り替えていったのです。最初から最後までひとりで全部決めて設計していたら、こんなふうにおもしろくは発展しなかったでしょうね」と青木さん。
 引きはがされて建材が露わになった感じを出すために、青木さんがこだわったのが内側建物の外壁。MGボードと呼ばれる吸音材を張り、ボタン留めしただけの仕上げとなっている。押せばへこむ、スポンジのようなふかふかの家。さらに設計にあたっては、友人で住宅の温熱環境にくわしい、レビ設計室の中川純氏の協力も得ている。外側建物の排気口を付ける位置をシミュレーションしてもらい、冬季は内側建物の1階を床暖房にして全体を暖めるのが効果的、といったアドバイスを受けている。取材日の土間の気温は4℃。建主に測温を協力してもらい、中川氏に定期的にモニタリング数値を伝えて、より快適な室温環境に改善するための資料に生かしている。
 内側建物の2階は、広々としたキッチン兼リビングダイニング。この家のメイン・ルームであり、窓からは要望どおり有珠山が見渡せる。天井高3.6mの壁面には約5000冊のコミックがびっしりと詰まっており、そこに学習塾の払い下げで買ったという学校机と、アルネ・ヤコブセンのエッグチェアが、なぜかしっくりマッチしている。新しいのにどこかなつかしい、モノが多いのに雑然としていない、なんとも心安らぐ場所となっている。
「青木さんと何度も図面をやりとりして、20分の1の巨大な模型までつくってくださったおかげで、変な話ですけれど、完成した家に初めて入ったときに、ものすごく冷静でしたね。〝あ、この家、見たことある〟みたいな既視感(笑)。おかげで違和感も不便もなく、毎日楽しく暮らしています」
 と、こともなげに建主は語るが、青木さんに言わせれば「図面を読み込むリテラシーが一般の方とは全然違う」のだと言う。特別な建主に恵まれたという幸運な面もあるが、ここでは図面と模型による「見える化」の徹底によって、建主と建築家のあいだで陥りがちな「空間認識のギャップ」も、事前に解消されているように思われる。

  • 外側と内側の建物のあいだの空間。露わになった鉄骨は物を置く棚にもなる。

  • 通常は壁の中に隠される電気配線が、天井や壁をはって露わになっている。

  • 内側の建物の外壁。断熱性能のあるボードが、そのまま仕上げ材になっている。

  • 外側の建物の内壁。ベントキャップ、配管、不燃材なども露出している。

  • 浴室から、南土間越しに庭を見る。内側の建物は断熱が施され、開口部も複層ガラスになっている。

「見える化」を徹底することで配線や配管までが美しく

 もうひとつ、思わぬ効果を発揮したことがあった。「見える化」が電気や設備の施工業者たちの職人魂に火をつけたのだ。普段は壁面内に隠されている配線や管が露出する設計ということで、現場は大いに奮起してくれたという。ラック上をはう電気配線はぴしっと無駄のないラインを描き、給湯の銅管はみごとに溶接され、抽象的なコンポジションをなすかのように納まっている。普段は隠されているものが、こんなにも魅力的になりうるとは意外な発見であった。
 すべてが順調で、予定どおりの家ができたと満足する建主だが、ひとつだけ想定外のうれしいことが起こった。奥さんが妊娠して、家の完成とほぼ同時期の昨年5月に、男の子を出産したのだ。いたるところに隙間と隠れ場所がある、このふかふかの家で、男の子はどのように遊ぶのだろうか。今のところ、1階の客間に窓をうがって子ども部屋にする予定だというが、まだまだ内側建物を増築できるスペースの余裕がある。今後どのような姿に発展していくのか、想像するだけで楽しくなってくる家である。

  • 藤本壮介 建築設計事務所での青木さんの担当作品
    情緒障害児短期治療施設
    情緒障害のある子どもたちが治療のために生活する施設。北海道伊達市にあり、「伊達の家」の建主はこの治療施設などを運営する社会福祉法人に勤務している。
    撮影/阿野太一

  • 藤本壮介 建築設計事務所での青木さんの担当作品
    情緒障害児短期治療施設
    情緒障害のある子どもたちが治療のために生活する施設。北海道伊達市にあり、「伊達の家」の建主はこの治療施設などを運営する社会福祉法人に勤務している。
    撮影/阿野太一

「伊達の家」
  • 建築概要
    所在地 北海道伊達市
    主要用途 専用住宅
    家族構成 夫婦+子ども1人
    設計 青木弘司/
    青木弘司建築設計事務所
    構造設計 RGB STRUCTURE
    環境デザイン 中川純、丸山由香、常岡優吾、
    古川亮哉、山口真吾/
    早稲田大学大学院
    構造 木造、鉄骨造
    施工 平口建設
    階数 地上2階
    敷地面積 292.00㎡
    建築面積 119.54㎡
    延床面積 145.81㎡
    設計期間 2015年8月〜2016年11月
    工事期間 2016年12月〜2017年5月

  • おもな外部仕上げ(外側の建物)
    屋根 はぜ式折板屋根
    外壁 ガルバリウム鋼板角波
    開口部 スチール製カーテンウォール
    (単板ガラス)
    おもな外部仕上げ(内側の建物)
    屋根 グラスウール t=50㎜ 現し
    ボード状断熱材・吸音材 t=75㎜ 現し
    開口部 アルミサッシ(複層ガラス)
    おもな内部仕上げ
    リビング・ダイニング・キッチン
    フローリング t=15㎜、
    フレキシブルボード t=8㎜
    壁・天井 木造軀体現し
    浴室
    コンクリート t=70㎜
    金ごて仕上げ
    FRP防水 t=3㎜
    トップコート
    フレキシブルボード t=8㎜
    FRP防水 t=3㎜
    トップコート
    天井 フレキシブルボード t=8㎜
    寝室
    コンクリート t=70㎜
    金ごて仕上げ
    壁・天井 木造軀体現し

Profile
  • 青木弘司

    Aoki Koji

    あおき・こうじ/1976年北海道生まれ。2001年北海学園大学工学部建築学科卒業。03年室蘭工業大学大学院修士課程修了。03~11年藤本壮介建築設計事務所。11年青木弘司建築設計事務所設立。おもな作品=「情緒障害児短期治療施設」(06、藤本壮介建築設計事務所での担当作品)、「調布の家」(14)、「我孫子の家」(16)。

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