Case Study #6

建築家の自邸も、リノベーション
築40年が、まるで新築

青木茂氏が長年実践してきた「リファイニング建築」。既存建物のデザインや設備を新しくするだけでなく、耐震や断熱などの性能を、高水準の新築同様に刷新し、不動産価値まで高める。その効果を自ら実証するように、青木氏は自邸も、築40年の「リファイニング建築」でつくりあげた。

作品 「YS BLD.」
設計 青木 茂

取材・文/伊藤公文
写真/川辺明伸

  • 4階ダイニングキッチン。4階建ての賃貸住宅を購入して、全体を再生。3~4階に青木夫妻が自ら居住している。

自らの手法に より説得力を

 建築家・青木茂さんの自宅は港区、地下鉄駅から徒歩数分の高台にある。建て込んではいるが、閑静な住宅地。4階建ての1、2階はそれぞれ賃貸住戸、3、4階のメゾネットが自宅で、4階のテラスからは眺望がきき、天空が大きく広がっている。
 青木さん夫妻は長く大分県に住んでいたこともあり、東京のマンション住まいはいかにも息苦しく、また能の演者である娘さんの稽古場をつくるという望みもあった。夫人が自ら築40年の中古物件を土地勘とインターネットを頼りに探し出し、「リファイニング建築」の主唱者である夫の青木茂さんにバトンタッチ、プロジェクトが始動した。
 築数十年のB級建築に手を入れ、A級建築としてよみがえらせ、末ながく使われるような状態にするのが青木流のリファイニング建築で、個人住宅、集合住宅、教育施設、オフィスほか、用途も異なれば、状況も千差万別の建築の再生を手がけてきた。計画・設計者としてはまさに百戦錬磨。ただひとつ経験がないのが自ら事業主となって再生建築を手がけることだったが、図らずもこの自邸プロジェクトで初めてそれを経験することになった。
 経緯は後まわしにして結論をいえば、プロジェクトは成功裡に終わった。家族は住み心地に十分満足し、賃貸住戸はつねに借り手がついている。しかしそれより青木さんにとって最大の収穫は、検査済証がなく、図面も満足にない築数十年の建築を再生して使いつづけることが、壊して新築するよりはコスト、環境、使い勝手など、さまざまな点でメリットがあり、事業計画として十分に成り立つことを自らリスクを負って証明したことだったという。経験の深さと広さでは人後に落ちない青木さんだが、それでもプロジェクトの成約率は3割になかなか届かなかったという。再生の提案をし、詳細な討議、検討が行われた挙句、やはり新築にするという事例が多いそうだ。しかし、このプロジェクトの成功によって自信を深め、伴って提案への信頼度が高まり、成約率の上昇に寄与したのだという。

  • もともと駐車場だったところを、ビルのエントランスホールとして改修。改修前に既存建物の軀体の健全度をチェックするために、駐車場部分を掘削して基礎を調査。

  • コンクリートの梁の上部を増し打ちすることで、8mのスパンを飛ばしている。窓下の腰壁などは、補強した分を、鉄骨下地の乾式壁にすることで軽量化。

  • 4階のルーフバルコニー。日影制限により、既存形態を超えるボリュームをつくれず、バルコニーにしている。

  • 屋上。補助金を得て緑化し、笠木には高反射塗料を塗布することで、環境負荷軽減を行っている。

  • 3階の能舞台。能の演者である娘さんのために設けられた。床スラブを増し打ちしている。

  • 3階から4階に上がる階段。上部にトップライトがあるため、外光が入ってくるだけでなく、風や熱の通り道になっている。

  • 3階の玄関。エレベータは玄関扉の外にある。4階の室内へは、セキュリティを解除しないと、エレベータで直接上がることはできない。

  • 3~4階へのおもな動線として、エレベータを新設。その鉄筋コンクリートのコアによって、構造補強も行っている。上部にトップライト。

自邸でも徹底した性能アップ

 再生の過程はこれまでの経験の範囲内に収まるものだったそうだ。
「検査済証が下りなければ解約する」という条件で、基礎や軀体の調査・診断を自らの負担で行い、大丈夫と判断して契約した後で青木流リファイニングに則って進行する。
 軀体の全数調査を経て構造計算書を復元、既存不適格を証明した後、不要なRC壁などを撤去、エレベータ・コア壁や袖壁をバランスよく新設して耐震補強を行う。容積と日影の既存不適格による緩和によって当初のボリュームを確保しつつ、4階ではバルコニーを広げ、天空率による緩和を利してダイニングキッチン部分の張り出しを設ける。2、3階の道路側のファサードには対面するマンションの視線をさえぎるべく再生木のルーバーを設置し、外まわりのRC壁は内外を断熱材でくるみ、さらにガルバリウム鋼板を張ってコンクリートの中性化を防いで長寿命化を図り、また階段室の吹抜けを利した通風と自然光導入、屋上緑化などの環境配慮も行う。これらの多くについて、工事費の約14%にあたる補助金を得ている。竣工時の資産価値は取得時総費用の25%増と試算されるという。その後、クライアントにすすめるために、自らも補助金申請の経験を積みたかったのだ。
 新築と違い再生の場合は、計画・設計の段階でも現場の段階でも、つねに想定外の事態が待ち構えている。それを乗りこえるにあたっての青木さんのスタンスはいつも変わらず正面突破。障害を回避せず、安易な便法によらない。透明性と公開性を徹底し、関係者の合意をうながし、修繕箇所の全数を記録し、設計図とともに家歴書(カルテ)として残して、資産価値を高めるとともに、次の改修の備えとする。そうした王道を踏む青木流リファイニングの小さな結晶が、この自邸であるにちがいない。

  • 前面道路側の外観。日射の抑制とプライバシーの確保のため、ルーバーを新設している。

  • 外観。天空率を導入することにより、斜線制限が適用されず、ダイニングキッチンを広くできた。

  • 改修前
    外観。建設時に合法だった「既存不適格」であることを証明するため、軀体などを調査。
    提供/青木茂建築工房

  • 改修前
    軽量化のために一部撤去されたバルコニー。
    提供/青木茂建築工房

  • 改修前
    4階の賃貸住戸。和室など、個室に区切られた間取りだった。壁を取り払い、ワンルームの空間に改修された。
    提供/青木茂建築工房

  • 改修前
    4階のバルコニー。
    提供/青木茂建築工房

「YS BLD.」
  • 建築概要
    所在地 東京都港区三田
    主要用途 共同住宅
    家族構成 夫婦+子ども1人
    設計 青木茂/青木茂建築工房
    構造 鉄筋コンクリート造、一部鉄骨造
    施工 さとうベネック
    階数 地下1階、地上4階、
    塔屋1階(3、4階に居住)
    敷地面積 115.21㎡
    建築面積 68.63㎡
    延床面積 253.86㎡
    設計期間 2010年1月~7月
    工事期間 2010年8月~2011年2月

  • おもな外部仕上げ
    屋根 屋上緑化
    外壁 ガルバリウム鋼板
    開口部 アルミサッシ+Low-Eガラス
    外構 屋上緑化、庭植栽

  • おもな内部仕上げ
    3階寝室・納戸・洗面所・便所
    合板フローリング
    壁・天井 PB t=9.5+9.5㎜
    寒冷紗パテしごき、漆喰塗り
    3階舞台
    ヒノキ無垢板張り
    PB t=9.5+12.5㎜
    寒冷紗パテしごき、松突板貼り、
    鏡貼り
    天井 PB t=9.5+9.5㎜
    寒冷紗パテしごき、漆喰塗り
    4階リビング・ダイニング
    磁器質タイル300㎜角貼り
    壁・天井 PB t=9.5+12.5㎜
    寒冷紗パテしごき、漆喰塗り
    4階ルーフバルコニー
    磁器質タイル300㎜角貼り
    ガルバリウム鋼板
    天井 珪酸カルシウム板 t=6㎜
    VP塗装、スチール亜鉛メッキ、
    ルーバー

  • 改修工事費
    建築 37,000,000円
    空調 7,500,000円
    衛生 9,900,000円
    電気 5,500,000円
    総工費  70,000,000円

    ※うち、14,000,000円は補助金を得ている。

Profile
  • 青木 茂

    Aoki Shigeru

    あおき・しげる/1948年大分県生まれ。71年近畿大学九州工学部建築学科卒業。77年アオキ建築設計事務所(現・青木茂建築工房)設立。2007年東京大学大学院にて博士号取得。現在、首都大学東京特任教授、大連理工大学、日本文理大学、椙山女学院大学客員教授。おもな作品=「宇目町役場庁舎」(99)、「八女市多世代交流館」(01)、「北九州市立戸畑図書館」(14)など。

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