Case Study #5

建築家の自邸も、リノベーション
鉄のフローリングに住む建築家

いたるところに鉄を用いた谷尻誠氏の自邸。築40数年のビルの1室を買い取り、間仕切りを取り払い、ほぼワンルームにしたうえで、床一面に鉄を敷いた。谷尻氏独自の趣向だが、同じ趣向の人もいるのではないか。価値観の合う人を探す、自身の感性のポートフォリオだ。

作品 「広島の家」
設計 谷尻 誠

取材・文/加藤 純
写真/桑田瑞穂

  • 床一面に貼られた鉄のフローリング。木と同じようなフローリング材(3種類の幅と長さ)をつくり、乱尺貼りしている。

  • キッチン側からLDKを見る。バスルーム、テラス、和室以外は鉄のフローリング。照明や家具の一部も鉄を用いたオリジナル。

 原爆ドームを望む、太田川に面したビル。この上階に、広島と東京のふたつの拠点で事務所を営む谷尻誠さんが、週に1回の頻度で滞在する自邸がある。「街なかでも自然が感じられる川沿い」という希望を不動産業者に伝えていて出合ったのは、ワンフロアが1住戸の物件だった。築40数年がたったSRC造の建物について谷尻さんは「同い歳くらいの物件にひかれるのですね。東京の事務所や住まいも同じ時期に建てられたものです。今から見るとダメなところも多いのですが、ダメさを肯定したいというか……」と語る。

鉄という制約を課す

 約120㎡の専有面積をもつ住戸の以前の間取りは、4LDK+納戸。個室は6畳程度に小割りにされ、LDKは外光の届かない中央に配されていた。谷尻さんは「全体の広さを一発で感じられる空間にしたい」と、既存のほとんどの間仕切りを取り払ってワンルーム化した。「高級ではなくても、無駄な空間を生かして豊かさを味わいたい」というねらいからである。続き間としてふたつあった和室は、片方だけが残された。床の間や船底天井が設えられた部屋は、畳表が取り替えられただけ。ワンルーム空間との仕切りは、元からあった透かしの入った襖を境にして、新旧が対比的に接することとなった。
 新しくできた大きな空間全体をつなげるのが、床一面に広がる鉄板だ。3種類の幅と長さにカットされた厚さ1.2㎜の黒皮仕上げの鉄板が、ワンルーム空間の長手方向に乱尺で貼られている。もともと仕上げが想定されていなかった荒々しいコンクリート面とは暗いトーンで組み合わされ、外からの光が床面に鈍く反射して住戸中央にまで届く。「鉄はやわらかい材料で、温かみを感じる。鉄という制約を自らに課して、自邸で使い切ってみたかった」と谷尻さんは語る。床の鉄板をあえてフローリングのような形状にしたのは、谷尻さんによると「床材に対する潜在意識を利用した」ため。あらかじめ鉄と知らされていなければ、入ってしばらくは鉄仕上げであることに気づかない人もいるだろう。一般的な住まいでは心理的な距離のある鉄という仕上げを、身近に感じさせるための操作である。
 そして床だけでなく、キッチン什器や建具、植物のプランター、照明器具、オーディオアンプなどまで、鉄板やフラットバーなどを加工してつくられた。水まわりの鉄部には、防錆対策としてリン酸処理が施されている。また、建具の可動部は鉄のアングルにボルトとナットで固定されて蝶番の代わりとされているように、いずれも素朴なディテールである。「既製品から選ぶのではなく、素の材料を工夫してつくっていった」と谷尻さんは言う。一貫して鉄でつくることには、コストを抑えるねらいもあった。必要となった工種は大工と金物業者、設備と電気程度で、一般的な住宅の工事に比べると圧倒的に少ない。これまでプロジェクトをともにしてきた業者と協業することで、設計や現場での手戻りや手間も圧縮される。総合的に、工事費を安く抑えることができた。

  • 3,500×2,000㎜の鉄製アイランドキッチン。内部は中空で、一部収納になっている。左側にバスルームがある。

  • 鉄でつくられたアイランドキッチン。工場でパーツをつくり、現場溶接で組み立てたもの。床と同じ黒皮仕上げ。

  • バスルーム。建具はリン酸処理されたスチールプレート。ヒノキを金輪でしめ、浴槽にも鉄を用いている。

実験的なポートフォリオ

 鉄を使い切ったのは、自邸ならではの実験的なニュアンスも含まれている。「普段の仕事で依頼を受ける方からは、まず出てこない要望でしょう。鉄の仕上げは寒いし暑いし、不便なことしかありません。真夏には目玉焼きがいくらでもできますよ。ただ、スリッパをはけば、暮らせないわけではない」と谷尻さんは、元はサンルームであった窓際のスペースを指差して笑う。鉄の床には蜜蠟ワックスが塗られているが、ところどころに錆が出てくるという。それでも谷尻さんは、やりたいことを自分で実践してみてポートフォリオとし、不便さを実感しながら暮らし、体験として蓄積する。「世の中には『こういうのもいい』という人もいるはずなのですね。そうした方々に自分の経験をお伝えして、それでも鉄の仕上げを求められるようであれば、その方は家をだいじにするはずです」。谷尻さんは自身が古い町家で育ったこともあり、「便利なだけの家は、人を衰えさせる」と考えている。「手がかかる子どもほどかわいい、とよく言われますよね。考えながら住むと、不便さは魅力に思えてくるのです」。谷尻さんが自虐的に表現する「ダメさ」によって住まい手の個性や能力が引き出され、家としての魅力に変換されていくのである。
 快適な家が不便を感じないことを意味するのであれば、明らかに谷尻さんの家は適っていない。しかし、鉄やコンクリートといった生の素材に囲まれて、谷尻さんが駆け出しの頃に購入したという椅子やアート作品、ヤスリがけされた古道具がミックスして配された広い室内にいると、心地よさがじわりと感じられてくる。そして「感動は、ミスマッチや思いがけない体験から生まれる」という谷尻さんの言葉が、静かに響いてくる。

  • 共用部の階段室から玄関を見る。一般的なビルの中に鉄の空間がある。

  • 和室。唯一、内装を含め、既存部分を残した部屋。鉄の床に置かれた和室は、まるで草庵茶室のよう。

  • 改修中
    間仕切りや仕上げ材を取り払った状態。部屋は和室だけ残している。
    提供/SUPPOSE DESIGN OFFICE

「広島の家」
  • 建築概要
    所在地 広島県広島市
    主要用途 住宅
    家族構成 夫婦+子ども1人
    設計 谷尻誠/
    SUPPOSE DESIGN OFFICE
    構造 鉄筋コンクリート造(既存)
    施工 プロシード
    階数 地上10階(5階に居住)
    延床面積 118㎡
    設計期間 2015年3月~10月
    工事期間 2015年10月~12月

  • おもな内部仕上げ
    LDK
    合板下地スチールプレート
    t=1.2㎜ 黒皮仕上げ乱尺貼り
    スケルトン仕上げ、
    一部ラワン合板 t=9㎜
    天井 スケルトン仕上げ
    浴室・トイレ
    モルタル金ごて押さえ
    壁・天井 スチールプレート
    リン酸処理仕上げ
    和室
    畳表張り替え(縁:黒)
    床の間・
    壁・天井
    既存利用

Profile
  • 谷尻 誠

    Tanijiri Makoto

    たにじり・まこと/1974年広島県生まれ。94年穴吹デザイン専門学校卒業。94~99年本兼建築設計事務所。99~2000年HAL建築工房。00年建築設計事務所SUPPOSE DE-SIGN OFFICE設立。14年より吉田愛と共同主宰。現在、穴吹デザイン専門学校特任講師、広島女学院大学客員教授、大阪芸術大学准教授。おもな作品=「毘沙門の家」(03)、「ONOMICHI U2」(14)、「安城の家」(15)など。

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