Case Study #1

建築家の自邸も、リノベーション
工場のスケールを人間のスケールへ

日建設計に勤める團野浩太郎・沙知子夫妻は、築37年ほどの町工場を改修し、自邸とした。既存建物の壁に断熱材などを吹き付け、古い部分を、絵画技法のフロッタージュのように浮き彫りに。古いものに新しいものが響き合う、保存でも刷新でもない改修のあり方だ。

作品 「白金の家」
設計 團野浩太郎+團野沙知子

取材・文/大井隆弘
写真/藤塚光政

  • 板金の作業場だった1階土間。既存の柱や梁が工場のスケールなのに対し、新設の小柱や棚板、天板などは細く薄い人間のスケールになっている。

 リノベーションの設計では、既存の建物や室内を「敷地」ととらえるような感覚があるという。しかし、リノベーションの先駆者として知られる建築家カルロ・スカルパは、それとは少し異なる意識をもっていた。彼はよくこう述べたという。「レスタウロ(建築再生)とは単に昔の建物を修復するのではない。それはわれわれが、現在・未来にわたって生きるために、生まれ変わらせることである。そして、私の建築において、既存の建物が材料の一部になるのだ」。既存の建物が「材料」になる。それはどのような感覚なのか。「白金の家」にも、通底するものがありそうだ。

既存建物付きで土地を安く購入

「白金の家」は、名前のとおり、港区白金にある。組織系設計事務所に勤める建築家夫婦、團野(だんの)浩太郎さんと沙知子さんが、鉄骨造3階建ての町工場兼住宅をリノベーションしたものだ。物件探しの段階で求めたのは、新耐震基準が導入された1981年以降に建設され、かつ減価償却期間が過ぎた築30年以上の物件。土地だけの価格で建物まで手に入るからだ。運がよければ解体費が見込まれ、より価格が下がっている場合もある。ここでは、費用が浮いた分内装に力を入れられるので、新築ではなくリノベーションが選択された。
 しかし、なぜ町工場なのか。團野さんに聞くと、「このあたりは町工場が多いエリアです。近所を歩いてみるとよくわかりますが、1階は工場、2階以上は住居や事務所になっている町工場をよく目にします。私たちは、家の中に地域の人々や仲間が大勢集まれる場をつくりたかったので、1階が開放的な町工場がぴったりでした」とのこと。その想定どおり、1階はポーチから直接出入りできる、ゆったりとした空間になっている。吹抜けの下には木まで植わっていて、まるで中庭にいるかのようだ。外壁のようにざらざらとした表情の壁が、いっそう屋外にいるような気分にさせる。

  • 1階客間から土間、玄関を見る。土間コンクリートの一部に穴をあけ、樹木を植えている。客間の欄間は、團野氏の実家からの転用。

  • 玄関脇の壁面。既存の軀体や配管などの上に、発泡ウレタン(断熱材)、石膏(不燃材)、砂状リシン(仕上材)を吹き付け、絵画技法のフロッタージュのように凹凸を浮き彫りにしている。

  • 既存の鉄骨に取り付けられた小柱。将来の間仕切りや棚の支えのために設けられている。

  • 玄関。正面に土間、右手の階段を上ると2階広間。既存の鉄骨階段には絨毯が敷かれている。左手の壁面の左官は久住有生氏による。

新旧の要素を同じ舞台にのせる

 この壁の仕上げは、広間・台所のある2階、さらに浴室や居間のある3階へ上っても同じ。建物全体を包み込んで、その印象の基礎をなしている。よく見るとたくさんの凹凸が見られるが、これは工場時代の間仕切り跡や新設した配管が浮き出たものだという。既存の内装を解体し、外壁のALC板が露出したところに、そのまま断熱材、不燃材、仕上材を順に吹き付けていった。團野さんはこの壁を、「フロッタージュの壁」と呼んでいる。硬貨などの上に紙を置き、鉛筆でこすって凹凸を描き出す技法をフロッタージュというが、これはその建築版だ。新旧を問わず一緒くたに抽象化されているので、時間という要素がはぎ取られているようにも見える。
 抽象化の一方で、隠れた要素を露わにした部分もある。吹抜け部分で見られるディテールがそうだ。切断面がむき出しのままになっている。理由を團野さんに尋ねると、「この家は、1階から屋上まで鉄の小柱を設けていますが、ところどころにダクタルコンクリートの棚板を取り付けています。金属繊維を混ぜた、薄くても高強度の材料で、よくダムなどの土木の分野で使用されるものです。この薄い板や小柱は、いわば家具スケールなので、それを既存の床や軀体に対置することで、工場のスケールを人間のスケールへと調整しようとしました」とのこと。なるほど、既存の柱や梁はフロッタージュで抽象化されているが、それでも工場のスケール感が残る。それをやわらげようとしたことの象徴が、この切断面だ。
 これに加えて、対比の手法も頻繁に見られる。たとえば鉄の階段。ここには、隙間をあけて群青色の絨毯が敷かれている。既存の鉄階段には青緑色の塗装。同系色でまとめられ、材料がもつ質感がいっそう対比される。新しく設けた2階の床もそうだ。台所から広間、吹抜けにかけて、タイル、木、網と異なる材料が続き、硬さとやわらかさ、冷たさと温かさといった性質が比較される。壁と床のあいだに溝をとったり、床を反らせたりする素材ごとの独立性の高さが、これをますます強調しているようだ。
 抽象化、対置、そして対比。町工場には、フロッタージュをはじめとして、さまざまな手法が試みられている。しかし、その目的は一貫している。町工場から選び出した既存の要素、新しく設けた要素を同じ舞台にあげ、比較しやすい状態にする、という目的だ。だからきっと、その舞台から聞こえてくるのは新旧の対話ではない。これからをともに生きるもの同士の合唱だ。スカルパが言う既存の要素が「材料」になるという感覚は、そうした新旧の合唱から生み出されるのではないか。「白金の家」が奏でる音も、また心地よく感じた。

  • 2階広間の床。手前から、磁器質タイル、フローリング、吹抜け部分はネット張り。

  • 吹抜け。既存の梁に対し、ダクタルコンクリートの棚床や小柱の薄さや細さが際立つ。

  • 2階広間。東側の大きな開口部からの光が、吹抜けや白い壁をとおして、1階や2階全体に広がっている。右手の南側の窓は、隣の住宅が近いため、ふさがれている。

  • 3階居間。現在は寝室や子ども部屋として使用。最上階の3階は、壁だけでなく天井にも断熱材や不燃材を吹き付けている。

  • 2階広間、台所。広間には、床暖房が設けられている。

  • 改修前
    1階。板金の作業場だったスペース。機械などが置かれていた。2階、3階は住宅として用いられていた。
    提供/團野浩太郎+團野沙知子

  • 北西側から見た外観。ほとんどが既存のまま。

「白金の家」
  • 建築概要
    所在地    東京都港区白金5丁目
    主要用途 住宅
    家族構成 夫婦+子ども1人
    設計 團野浩太郎+團野沙知子
    構造 鉄骨造
    施工 月造
    表札サイン ONO BRAND DESIGN
    階数 地上3階+塔屋
    敷地面積 83.41㎡
    建築面積 63.67㎡
    延床面積 160㎡
    設計期間 2016年4月~11月
    工事期間 2016年12月~2017年3月

  • おもな外部仕上げ
    屋根      塗膜防水露出(既存まま)
    外壁 ALCに吹付け塗装、
    一部ALCのうえ
    タイル張り仕上げ(既存まま)
    開口部 アルミサッシ(一部新設)
    おもな内部仕上げ
    1階
    土間コンクリート上防塵塗装
    現場発泡ウレタン t=25㎜
    不燃石膏吹付け 砂状リシン吹付け
    天井 既存軀体塗装、一部現しまま
    2階
    磁器質タイル仕上げ、
    一部フローリング、
    吹抜け部ネット張り
    現場発泡ウレタン t=25㎜
    不燃石膏吹付け 砂状リシン吹付け
    天井 既存軀体塗装
    3階
    フローリング、
    FRP防水(洗面・風呂場)
    壁・天井 現場発泡ウレタン t=25㎜
    不燃石膏吹付け 砂状リシン吹付け

  • 改修工事費
    建築 20,000,000円
    空調 1,700,000円
    衛生 1,200,000円
    電気 1,600,000円
    総工費  24,500,000円

Profile
  • 團野浩太郎

    Danno Kotaro

    だんの・こうたろう/1982年愛知県生まれ。2005年早稲田大学理工学部建築学科卒業。07年同大学大学院理工学研究科建築学専攻修了。07年日建設計入社。07年TKC(トウキョウ建築コレクション)設立。明治大学非常勤講師。おもな担当作品=「立教大学新座キャンパス8号館・4号館増築棟」(11)、「東亜道路工業本社ビル」(15)など。

    團野沙知子

    Danno Sachiko

    だんの・さちこ/1983年兵庫県生まれ。2006年早稲田大学理工学部建築学科卒業。08年同大学大学院理工学研究科建築学専攻修了。08年日建設計入社。おもな担当作品=「香港のオフィスビル」(17)など。

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