特集

南側から見た、「始めの屋根」と主屋。4.5㎜厚のスチールプレートの屋根を、70㎜角のスチール鋼が支える。 写真/桑田瑞穂

2022年 春号 主屋を変革する増築‑ CaseStudy#3‑主屋と庭のあり方を変える「あわい」

作品/「始めの屋根」
設計/増田信吾+大坪克亘

増田信吾さん、大坪克亘さんが増築したのは屋根でもあり渡り廊下でもある、鉄板と柱に階段をかけた軽やかな構造物。独立していた住居と庭とはなれの関係性を一変させた。

階段は、はなれと2階をつなぐ動線でもあり、ブレースでもある。 写真/桑田瑞穂
両端の鎖どいは屋根を引っ張って共振を低減させ、雨どいとしても機能する。 写真/桑田瑞穂

伝統と変化。日本語でいうと正反対の言葉のように感じられるが、英語ではtradition(伝統)とtransition(変化)と、まるで双子のような言い方をする。お正月の行事は、毎年恒例ではあるが、決して同じではない。変化しない部分に本質が見出されて伝統が形づくられ、本質を揺るがす変化が起これば、それを変革などという。
 建物の増築をテーマにした際は、まず既存の主屋自体の変化を考える必要がある。しかし、なかには伝統に対する回答が見え隠れし、その位置付けまで想察したくなる作品もある。増田信吾さんと大坪克亘さんが増築を手がけた「始めの屋根」は、そんな作品のひとつである。

転換期の量産住宅

 東京・練馬区。駅から車で10分ほどの住宅街に「始めの屋根」はある。施主は教育関係の仕事に就いている。広い庭に魅力を感じてこの土地を購入した。施主からは、既存の主屋とはなれを現代の生活に合わせて改修すること、そして庭を生かす提案が求められた。
 既存の主屋は、1972年に建設されたナショナル住宅R2N-900型という、当時ヒットを記録した軽量鉄骨2階建てのプレハブ住宅だった。増田さんと大坪さんは、初めてここを訪れた際の印象を「実直でよい建物だと思いました。戦後の住宅不足が解消される直前の商品。まだ問題への切実さや社会的な責任が感じられました」と言う。確かに、住宅業界はこの時期を境に、スタイルやバリエーションを追い求めるようになった。各プレハブメーカーが採用していた多様な規格が、材料の問題や限られた敷地で1部屋でも多く確保できるよう、910㎜前後に縮まった時期でもある。戦後の住宅不足と都市への人口集中を背景に、1戸でも多く、1部屋でも多くという課題に応えようとする姿勢が、この住宅からは感じられる。またその結果か、外観は同じ大きさの掃出し窓と戸袋がセットで横並びになり、南向きを強く意識した姿をしている。
 こうした主屋の歴史、特徴をとらえた増田さんと大坪さんは、まず現代の生活スタイルに合わせつつ、より南面を意識した間取りへと変更。1階は3室をまとめて鉤の手のLDKとし、南側を連続させた。2階の個室も部屋境にあった押入れを北側へ移して南面を広くとった。そのうえで居室部分には、内側から断熱改修を行っている。柱はほとんど壁に隠れているが、部屋をまとめたリビングには70㎜角ほどの細い柱とブレースが現れることになった。はなれも同様に断熱改修をし、書斎にあてがわれた。

主屋とはなれとの隙間をつなぐように立つ。 写真/桑田瑞穂

広がりをもつ塊に近い外を

 リビングから庭を眺めると、室内の柱とほぼ同じ太さ、同じ色の柱が屋外にもあり、室内外の連続性を感じる。ただ、建物の柱芯とは位置がずれている。階段があり、地面の影が軒がつくる影よりも深いので、上に何かある。しかし、室内からは、その実態がよくわからない。増田さんと大坪さんは「確かに、広縁をつくって床面の連続をねらう方法もありますが、もっと広がりをもった塊に近い外。そんなものが感じられるよう意識しました」と言う。掃出し窓で切り取られた部分のみの屋外だけではなく、もっと広い庭のまとまりが感じられるように、という意味だ。どの窓から見ても、増築した屋根は断片的にしか見えず、確かにより広い屋外の存在を想像させる。気づくと、窓から身を乗り出していた。

屋根の下面は全艶で、光を反射して屋根下の空間を明るく照らす。 写真/桑田瑞穂
主屋1階のリビングダイニング。中央はもともとあった壁の名残。 写真/桑田瑞穂

まだ名前のない何か

 窓の先には、4本の柱があり、敷地いっぱいに屋根の下面が見える。柱は一列に並ぶので、床面積は0㎡。柱の上は1本の梁がつなぎ、屋根は4.5㎜の鉄板である。階段は、2階のベランダにつながっているが、ブレースと横転防止の役割を果たすべく、基礎にしっかりと固定されている。
 この屋根を理解するためには、まず設計プロセスを覗く必要がある。増田さんと大坪さんは「建物と庭の連続性を考えた際、まずベランダやサンルームが思い浮かびます。ただ、その解は別の問題を生み出しかねない。熱さ、湿度、汚れ、結局使わなくならないか。だとすると、どのようなものができるでしょうか。まだ名前のない何か。そこから検討をすることが私たちの仕事だと思っています」と述べる。
 出発点は、最初の実測時に現地で描いた主屋とはなれをつなぐ屋根らしき線。しかし主屋に屋根を付加すると、構造に負担をかけることになる。室内への日照も減ってしまう。そもそも、室内空間を増やすことが、外へ出るきっかけになるのか。湿気の問題が出るかもしれない。そんな懸念や疑問を検討した結果、むしろ屋根は建物から分離したほうがよい、と結論が出た。また、この屋根は夏至のときははなれまでの動線に影を広げ、室内の照度に近い面積を庭に増やす。一方、冬至のときは1階も2階も日射はさえぎらない。図面上で屋根を上下させながら、この高さが決まった。
 仕上げは3分艶の塗装で、屋根の下面だけ全艶となっている。明るさによってはステンレスのような光沢で、日中は庭の緑や周辺をおぼろげに映し、夜は室内や隣家の明かりを集めて、この庭の照明になる。柱の太さが、ベンチの脚やベランダの手すりと同じような寸法であることも手伝い、家具のような親しみも感じる。ただ、建物としては、やや華奢な印象。とくに、初めて階段を上ったときは、少し緊張感もあった。

2階の寝室からは、バルコニーと屋根を通ってアクセスする。 写真/桑田瑞穂

揺れる手すり、揺れる屋根

 階段の手すりにはフラットバーを使っているが、支柱間より5㎜長いものを溶接し、最初からたわませている。手になじむように縄跳びの紐のようなビニルが巻きつけてあり、握った後は手すりが上下に揺れる。
 よく見ると、屋根も曲がっている。雨の汚れがつかないように、全体はゆるやかなボールト状になっている。また、雨仕舞のため屋根上面にはリブが一周し、対角に設けたステンレスの鎖どいを伝って雨が地面に落ちる。この鎖どいは、風が吹いてもほとんど揺れない。というのは、地面の下に基礎があり、リブごと屋根を引っ張り下げ、基礎に固定しているためだ。引っ張り下げることで雨勾配が生まれ、全体が対角線の方向にも曲がっている。薄い鉄板なので、大きめの鳥が止まれば樹木のように揺れる。
 屋根も手すりも、普通は水平で揺れないものとして考える。その結果、部材はより厚いものが必要になり、構造計算でもたわみと戦うことになる。しかし、最初からアーチとして計算すれば、部材は薄いままでよく、揺れ方の検討で済むのだという。

始めの屋根 写真/桑田瑞穂

成長したアカマツを庭になじませる

 少し曲がった、しかも揺れる屋根。これが、3本のアカマツと一緒に庭の空を覆っている。住宅の建設当時、このアカマツはもっと背が低く、室内からの風景にも収まっていたのだろう。しかし、現在では大きく成長し、住宅は置いてきぼりになってしまった。増田さんと大坪さんは「屋根を高い位置に設けたことで、約50年のあいだに生まれた建物と樹木のスケールの差を今一度調整することにもなりました」と言う。
 ちなみに、この庭を手がけたのはフルヤプランツ。南の庭には、紫色の花を付けるニンジンボクを植え、フェンスに沿ってモッコウバラなどの白い花を付ける低木や蔓植物が植えられている。台所のある東の庭には、ザクロを中心に、レモングラス、ローズマリー、ラベンダー、ブルーベリーといった果実のなる低木やハーブが植えられた。屋根とアカマツの下には、ハーブのよい香りと、何日か前に焚き火をしたらしいにおいが漂って、この庭がもたらす恵みと、確かに生きた場になっていることがうかがわれた。
 今、私たちが暮らす住宅の原風景は、住宅改良や生活改善の機運が高まりをみせた大正・昭和初期にあるといわれている。この時期に、縁側には経済的理由から省略することや、部屋として使用できるよう幅を広げることが求められるようになった。その結果、新たに住宅と庭園をつなげる要素としてパーゴラの設置が流行した。庭園もまた鑑賞本位から運動や園芸などを楽しめる実用本位の庭園へと変化を始めた。「始めの屋根」は一見しただけでは形容が難しく、日本の住宅がもつ伝統からはかけ離れた存在のように思われる。しかしよく見ると、実は大正・昭和初期以来の住宅の実用化と庭園の実用化という2つのベクトルが交差する地点に位置付けられるのではないか。

増築前の外観(Before)

増築前の外観(Before)  提供/増田信吾+大坪克亘

隣の駐車場より見た、増築前の様子。主屋とはなれは、それぞれ独立している。

増田信吾+大坪克亘

  • 増田信吾氏の画像

    増田信吾Masuda Shingo

    ますだ・しんご/1982年東京都生まれ。07年武蔵野美術大学建築学科卒業後、増田信吾+大坪克亘共同設立。15年コーネル大学客員教授。19~22年明治大学特任准教授。

  • 大坪克亘氏の画像

    大坪克亘Otsubo Katsuhisa

    おおつぼ・かつひさ/1983年埼玉県生まれ。07年東京藝術大学建築科卒業後、増田信吾+大坪克亘共同設立。

増田信吾+大坪克亘のおもな作品=「躯体の窓」(14)、「リビングプール」(14)、「街の家」(18)など。