浦 一也の
旅のバスルーム

部屋は古いが広く使いやすい。家具類は饒舌。
時計の付いた間仕切りがレストランとビストロを分ける。
バロック的な形のベイスン。

2020年 春号ホテル オルフェ・グローセス ハウス
─ ドイツ・レーゲンスブルク

アンティークと独特の文学性

 レーゲンスブルクはドイツの南部バイエルン州にあり、ニュルンベルクやミュンヘンにも近い。この世界遺産の美しい街にアール・デコの家具などを探しに行った。
 ベイウィンドウ型出窓が付いた建物を見ながら石畳を歩いていくとドナウ河に出た。中州の黄葉がいい。ゆったりとした大きな流れはこの先黒海までオーストリアやルーマニアなど10カ国を進んでいくのだ。十字軍が渡ったという橋も美しい。ナポレオンの戦争もあった。大軍隊のロジスåティック(兵站)はどうしたのだろうか。
 大聖堂のある広場が旧市街の中心なのだが、そこに近いところで不思議な宿に遭遇した。
 それは文化財登録されたバロックの建物でいろいろゆがんでもいる。まずレセプションカウンターから歴史を感じさせる。その裏にある1896年創業というフレンチビストロとレストランは、時計が付いた間仕切りでやわらかく仕切られ、ホテル&レストランというだけあって客でいっぱい。
 ロビーから客室階へはエレベータが設置される前のらせん階段が残っていて、ギシギシと音を立て、どこかのアニメに迷い込んだような錯覚にとらわれる。
 驚いたのはポップアートとも落書きとも安ポスターともつかない強烈な額絵の数々。ちょっと品に欠けるが……。それは全館のパブリックを埋めつくすほどで、ひとりの趣味嗜好が強烈に表れていて独特の選択眼を感じる。落書きはゲストルームの窓から見える隣家(?)の大壁面までおよび、借景にまでなっているのだ。好き嫌いはともかくたいへん興味深い。
「オルフェ」(*1)とはギリシャ神話からきたネーミングだと思われるが、姉妹店のように市内にテイストが共通するいくつかのホテルやレストランがある。
 大きな扉を開けて投宿したゲストルームを見てみよう。
 平面は広く天井が高い。バスルームの面積も広く、バスタブ、ベイスン、シャワー室、トイレが1列に並ぶ構成。バスタブは湯を張ると溺れそうになるほど長い。バスタブにハンドレールが見当たらないのはドイツ的。ベイスンはグニャッとしたバロック的な形に特徴があるが意外に使いやすい。タオルはたっぷり積んである。
 ベッドは四柱式(*2)。蚊帳のようなレースに囲まれると少し気恥ずかしいのでやめた。カウチやソファはいわゆる猫足。19世紀の意匠もあって経験もないのになつかしい世界に囲まれる。ベッドの上にはブランケット(毛布)をシーツで包んだ「コンフォーター」がたたんであってこれもドイツに多い。
 ナポレオンや落書きアートもあるやや分裂気味のホテルで、独特の個性に満ちあふれている。こんなホテルが世界にひとつくらいあってもいいと思えてくる。
 実測するとヒューマンスケールの配慮がたくさん見つけられてあらためて感心してしまう。概してコンテンポラリー・モダンのものよりこんな古いゲストルームのなかにさまざまな知恵や工夫を発見できるのだ。私たちは新しいものをつくり出すために大切なものを捨象しすぎたのではないだろうか。
 それは「文学性」に近いものといえないか。空間やモノにまつわる文学性を断ち切ったところに近代があるのかもしれないが、大きな不幸を招いたのかもしれないと思わせた。

*1 オルフェ:ギリシャ神話をもとにしてブラジルの詩人ヴィニシウス・ヂ・モライス(1913 ~80)が戯曲・舞台化。映画「オルフェ」「黒いオルフェ」のもととなった。ジャン・コクトー(1889 ~1963)による同名の映画もある。
*2 四柱式ベッド:四隅に高い4本の柱があり天蓋やカーテンを支えるかたちのベッド。

Hotel Orphée-Großes Haus
Add  Untere Bachgasse 8, 93047 Regensburg, Deutschland
Phone +49 941 59 60 20
URL  http://www.hotel-orphee.de

  • 浦一也氏の画像

    浦 一也Ura Kazuya

    うら・かずや/建築家・インテリアデザイナー。1947年北海道生まれ。70年東京藝術大学美術学部工芸科卒業。72年同大学大学院修士課程修了。同年日建設計入社。99〜2012年日建スペースデザイン代表取締役。現在、浦一也デザイン研究室主宰。著書に『旅はゲストルーム』(東京書籍・光文社)、『測って描く旅』(彰国社)、『旅はゲストルームⅡ』(光文社)がある。