最新水まわり物語


2020年 春号オークラの伝統を継承した
新しい時代の水まわり空間
The Okura Tokyo
取材・文/大山直美
写真/川辺明伸
写真提供/The Okura Tokyo(外観と客室以外の内観)



保存を求める声が上がるなか、「ホテルオークラ東京」本館(1962)が閉館して4年。2019年9月、新生「The OkuraTokyo」が開業した。
建物は41階建ての高層棟と17階建ての中層棟の2棟からなるが、それぞれのエントランスのあるフロアは地上5階にあたり、両者の地上1〜4階はつながっているため、建築基準法上は1棟建て。
敷地は東西で19mの高低差がある高台。西南角にある伊東忠太設計の私設美術館「大倉集古館」(27)は、その周囲にあった事務所と収蔵庫を撤去し、かつ曳家によって6・5m移動。もともと正面玄関があった東側に配した高層棟、北側の中層棟、大倉集古館の3棟を、中央の広場がつないでいる。
基本計画、ロビーや広場などの設計は谷口吉生さん率いる谷口建築設計研究所。父・吉郎が生んだ名作ロビーを再現し、オークラの伝統を継承しつつ、新しい時代にふさわしいホテルを生み出すという難題に取り組むことになったわけだ。


ふたつのホテルブランドに
それぞれロビーをデザイン
ホテル総支配人の梅原真次さんによれば、建て替えの最大の要因はそのロビーにあったという。「これまでも改装や耐震改修を行いながら営業を続けてきましたが、ロビーも耐震補強を行うとなるとブレースが必要で、開口部の一部が壁になってしまう。東日本大震災もあり、高い耐震性の確保は急務でした」と梅原さん。つまり、耐震性を高めたうえでロビーの完全な姿をとどめるために、建て替えへと舵が切られたのだ。
事業性を高めるにはオフィスとの複合化が不可欠であり、しかもホテル側は建て替え後、海外で展開中の国際都市型ホテルブランド「オークラ プレステージ」と、国の文化や歴史的遺産を継承する初展開の最上位ブランド「オークラ ヘリテージ」という、ふたつのホテルを同時に運営する計画だった。
だが、ふたつのホテルとオフィスを1棟にまとめるとボリュームが大きくなりすぎるため、ヘリテージだけを中層の別棟「ヘリテージウイング」にして、高層棟「プレステージタワー」の低層部にオフィス、高層部にプレステージのホテルを配することになった。
ブランドが異なるふたつのホテルには当然別々のロビーが必要で、本来、日本の伝統意匠が満載の再現ロビーはヘリテージにこそふさわしいが、容積的に中層棟には収まらないため、プレステージタワーに配置。かたや、ヘリテージのロビーは伝統美を感じさせる、美術館のような静謐な空間を目指した。
プレステージタワーのロビーを見学すると、その忠実な再現ぶりにはうならされる。オリジナル照明「オークラ・ランターン」、梅の花をかたどった椅子とテーブルは再利用だが、麻の葉紋の組子や富本憲吉デザインの「四弁花文様の装飾」は再現。メザニンと呼ばれる中2階の造りなどもすべて健在だ。
ただし、そっくり同じではない。以前より明るさが増して感じられるのは、東向きから南向きになったことが一因だ。以前は本館の建設後に別館ができて、フロントが移動したこともあり、フロントからエレベータホールに向かう際、ロビーを横切らねばならなかった。そこで谷口さんは、以前は正面玄関の奥にあったロビーを右手に移すことで独立性をもたせ、動線をよりスムーズにしたという。
もうひとつ、大きく変わったのは、再現ロビーと連続するエントランスホールから外を見たときの開放感。中2階の奥やオークラサロンから見ると、「オークラスクエア」と名づけられた広場の向こうにたたずむ大倉集古館や水盤の中央に植わった柳の緑の眺めが美しい。
以前はホテルと大倉集古館のあいだに駐車場や塀があり、ホテルの中2階も閉ざされていたため、想像以上の景色だと梅原さんも顔をほころばせる。「谷口さんは虎ノ門のヘソになるような水盤を都市のランドマークにしたいと考えられた。建物は建て替わっても100年後も変わらない空間をつくるとおっしゃっていました」と語る。2棟のロビー入口の中心線の交点に配置された中央は、まさにヘソといえるだろう。


水まわり空間を眺望と伝統意匠で演出
客室の内装設計は、いずれもGAデザイン・インターナショナル(ロンドン)が手がけた。客室の実施設計を担当した大成建設の大野博文さんによると、あらかじめ主要関係者によって組織された「意匠委員会」がヘリテージとプレステージが目指す方向性をまとめ、GAに伝えたという。
ヘリテージ、プレステージともに標準のハリウッドツインには「ワイドリビング」と「ビューバス」の2タイプを用意。眺めがよい位置にある部屋は浴室からも景色が楽しめるようにした。ちなみに「ワイドリビング」は梅原さんが以前、総支配人を務めていた「オークラ プレステージ台北」のプランを踏襲しているそうだ。寝室と水まわりを仕切る引き戸を全開すると空間が一体となり、洗面台の大きな鏡の効果もあいまって面積以上の広がりが感じられるとのこと。
今回紹介したのはヘリテージ、プレステージともに「ビューバス」タイプ。風呂に浸かって、都会の景色を楽しめる。ヘリテージは面積が約60㎡で、間口8mが基本。室内に入るとまず目を引くのが、奥の水まわりと手前をやわらかく隔てる二重菱格子の引き戸。菱紋は大倉家の家紋である五階菱にも通じる日本伝統の紋様だ。さらに奥には水まわりを完全に仕切れる半透明の扉も仕込まれている。室内はクロゼットを中心に回遊できるようになっており、左手に広い寝室が続く。全体に木を多用した落ち着きのある空間で、そこここに日本の伝統意匠がさりげなくちりばめられている。和の生活様式を感じてもらいたいとベッドの高さを抑え、窓ぎわには縁側のようなコーナーも設けた。
水まわりは洗い場のある浴室を窓ぎわに、入口脇にトイレを配し、中間の洗面室脇にはスチームサウナも装備。バスタブも和を意識し、肩まで浸かれる深型でブローバス付き。窓にはリモコンで羽根の角度が調節できる木製ブラインドも設置した。
水栓金具は海外デザイン事務所の設計には珍しくTOTOの製品が採用されているが、その理由を梅原さんはこう語る。「最初は海外製を提案されましたが、バスタブにお湯を張るのに12分もかかる。お湯張りは遅すぎるとお客さまに迷惑がかかるし、速すぎてもオーバーフローのリスクがあるので、5〜6分がうちの基準です。メンテナンスを考えてもTOTO製がいいと思い、最近は海外製と遜色ないほどデザインもよくなっているからとGAに推薦し、新製品の採用が決まりました」。




石張りの仕上げ方にとことんこだわった
次に、プレステージのツインルームは約48㎡で間口は6m。ヘリテージよりモダンなデザインで、高層階ゆえの眺めのよさが自慢だ。今回取材した最上階の部屋は東京タワーとスカイツリー、東京湾まで遠望できるぜいたくさ。基本プランはヘリテージのビューバスタイプと同様で、クロゼットを中心に回遊でき、水まわりと寝室、入口は引き戸で仕切れる。
水まわりの内装には、ヘリテージは濃いグレー、プレステージは淡いグレーの石が用いられているが、大野さんによると、仕上げも異なっており、ヘリテージは艶消しの水磨き、プレステージは艶ありの本磨きだという。「艶消しのマットな仕上げは日本特有で、海外はほぼ艶のある本磨きなんです。GAは日本の文化の理解度が高く、こだわって差別化していただきました」と語る。
同じ石でも色合いや斑の入り方が微妙に異なるため、部屋のタイプごとになるべく色が揃うよう、たとえば浴室4面の壁ごとに展開図のように石を並べる「敷き並べ検査」を行い、何度も石を入れ替え、見本をつくったうえでシステムバスの工場に発注したというから驚きだ。梅原さんが「施主がうるさいもんだから」と苦笑すると、大野さんは「でも、やればやっただけ、よくなるんです」とほほえむ。
谷口さんは新たに加えた中2階のサロンからの眺めを重視し、天井高をあと5㎝ 上げるかどうか最後まで悩んだそうだが、梅原さんの客室にかける想いを聞いていると、第二の谷口さんのようだ。どことなく気持ちいいとか美しいと感じる空間の背後には、それを実現すべくディテールまで徹底して情熱を傾けた、人知れぬつくり手の努力があるのだろう。


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梅原真次Umehara Shinji
ホテルオークラ東京
代表取締役専務
総支配人 -
大野博文Ohno Hirofumi
大成建設
設計本部 専門設計部
インテリアデザイン室長