特集

写真/傍島利浩

2020年 春号 分解、そして再構築‑ CaseStudy#2‑柱、梁、床、
そして階段などのエレメントヘ分解

作品/「古澤邸」
設計/古澤大輔

柱とは何か。梁とは何か。床とは。階段とは。
建築をつくり上げているエレメントは、通常は一体化している。
それを意識的に分解して、その一つひとつの有効な働きを再検証しようとしているのが、古澤邸。
実際はどうなのか、検証の行方をたどる。

バルコニー1。耐力壁のないラーメン構造のため、開放的な吹放ちをたくさん確保できる。写真/傍島利浩
1階から2階に至る階段。打放しは、ラワン型枠のほか、洗い出し仕上げの部分もある。写真/傍島利浩

「住宅は住むための機械である」
 1923年、ル・コルビュジエが著作中に記した言葉である。これほど巷間に流布した建築家によるフレーズもない。しかし、当の本人のその後の創作活動との齟齬もあって、フレーズはさまざまに理解され、自由に解釈されてきた。
 その自由に甘んじて、ここでは仮に「機械」をエレメント(要素、部材)のそれぞれが固有の機能を備え、それらが組み合わされて上位の機能に達し、さらに合成が進み、最終的な全体像が所期の目的を満たしたもの、としておこう。
 そうすると、ここで紹介する古澤邸はまずもって「機械」であるといえる。エレメントの分離が細部までなされている。それぞれのエレメントが特定の機能に対応している。そうした状態が隠蔽されずに目に見えるかたちとして露わになっている。

柱、梁と床スラブの分離

 最も明瞭な現れは、柱、梁と床スラブの関係に見られる。
 構造体としてすべての耐力を担っている鉄筋コンクリート造(以下、RC造)の柱と梁は、接合部が固められたいわゆるラーメン構造を形成している。RC造ではごく一般的な構造形式だが、4本の柱を四隅に据えるのではなく辺の中央に置き、梁を十字に架け渡している点が通例とは異なっている。スパン3.3m、高さ約10m、4本の柱と4層の梁からなる櫓のような十字形フレームが、一辺5.62mの正方形平面の中央にそびえ、床スラブはそこから外側に張り出している。
 RC造の場合、床スラブは梁と一体化し、両者の上端を揃えるのが通常である。そうすれば梁が室内に飛び出さず、床が平滑になり、空間の有効利用につながるからだ。しかし古澤邸では床スラブと梁の位置は大きくずれている。構造体である梁とそうではない床スラブを機能上、明瞭に分離しようと図っているのだ。その結果、4枚の床スラブは梁から切り離され、柱にまとわり付きながら空中に軽やかに浮かんでいる。一方、十字の梁は巧みなプランニングによって階段の拠り所や空間の仕切りとして、時には座ったりモノを置いたりする場所として有効な働きを示している。
 このほか、いたるところにエレメントの分離、切り分けがある。階段、壁面、畳敷きや板敷きの床面など、支えるものと支えられるものの分離、異なる素材の重ね合わせや出合いが視覚的に明快に、まぎれもなく表されている。古澤邸を「機械」とするにためらいはない。

柱梁のラーメン構造のフレームと薄いフラットスラブを別々に考え、純化された構造モデル。十字形の梁と、その端部に置かれた4本の柱による鉄筋コンクリートの構造。床は、その梁にのらずに配置されている。写真/傍島利浩
3階和室。スラブの位置と梁の位置が異なるため、梁が宙を飛んでいる。写真/傍島利浩

原案を再構築

 古澤邸にはじつは前身がある。同じ敷地に計画され、2011年に発表された計画案「バルコニービル」がそれだ。家族3人の住まいで、小オフィスや個室として独立しても使えるような計画だった。正方形平面、その中央の階段を内包する円筒壁と両袖の壁がRC造の構造体。そこから南北に床スラブが張り出す。正面北側が屋外テラスやリビングといった開かれた空間、背面南側が個室や水まわりなどの閉じた空間。整然としてシンプルな平面、明快な階構成、きわめて強い正面性、開口部のアーチや壁のレンガ積みなどの装飾的要素。
 その後、与件が変わり専用住宅とするにあたって、こうした特性をもった「バルコニービル」を既存の状態とみなし、それを解体し、再構築するというプロセスを踏んで計画を進めたと古澤大輔さんは言う。
 特性の要点は確かに引き継がれている。すなわち、正方形平面、中央の構造体、外に張り出す床スラブ、そして北側に開かれ、南側に閉じた空間がそれだ。しかし引き継ぎはストレートにはなされていない。変形を重ねながら、むしろ特性のそれぞれを消し去っていくような方向で、再構築がなされている。
 北側の正面ファサードは階ごとに床スラブの出が異なり、最上階の一部はまるで後付けされた箱のような処理がなされ、階段は非対称に置かれ、床スラブも非対称に切り抜かれ、全体としてシンプルな正面性をいくらか残しつつも、深みのあるあいまいで複雑な様相に至っている。それはJRの駅近くの至便の地でありながら、周辺の迷路のように入り組んだ道路網やぎっしりと建て込んだ不揃いな家屋群を好意的に映し出しているとも、それらとの連続的な調和に静かに身をゆだねようとしているとも見える。
 建物に近づき、足を踏み入れると、その様相はいっそう深まる。前述した床スラブと梁の分離の効果が決定的に大きい。外と内、開放と閉鎖、連続と遮断、広がりと狭まり、透過と遮蔽、明と暗、流れと淀みなど、小さな構築物の中にあらゆる対立や矛盾が併存し、攪拌され、渦巻くような混沌がある。
 片隅にそっと座って時を過ごす。空間が揺れ、左右、天地が見定まらず、あたかもマウリッツ・エッシャーの版画の中に入り込んだような不思議な気分に襲われる。

「古澤邸の原案・バルコニービル」

古澤邸の原案・バルコニービル 写真提供/古澤大輔

2011年に発表された作品。SD Review2011に入選。中央に円筒のシリンダーがあり、そこに取り付くようにスラブが積層していく構成だった。図式の強さを保ちながら弱くすること、内部と外部を二分しつつ二分しないこと、十分に開かれると同時に囲まれている空間とすること、といった「両義的な問い」を複数自ら生み出し、変形させていくことで、現状の古澤邸の案に至った。

まるで、機械になりたかった植物のよう

 はじめに「古澤邸はまずもって『機械』である」としたものの、実際の様子はかなり違っていたのである。
「住むための機械」というイメージに直結するのはプレファブ住宅だろうが、その徹底した部品化、アッセンブリー、乾式工法などから古澤邸は遠く離れている。第一、構造体にしてから「機械」であればRC造でもプレキャストコンクリートが用いられるべきところだが、ここでは現場打ちである。前者では、用いられる部材は工場製作・管理された製品であり、乾式構法の範疇にある。現場打ちコンクリート造はその対極にあり、エレメントとして単位化されず、型枠の内に流し込まれ、どこまでもぬめぬめと境目なくつながっていく。古澤邸のコンクリートは柱、梁、床スラブといった基幹にとどまらず、階段、外周の腰壁、キッチン・カウンター、ベンチ、さらには手すりの支柱まで、ジョイントも見切りもなしに続いている。その様は、幹から始まり葉脈に至るまでひとつながりに続く植物のようである。
 生活する空間としての居心地という点でも「機械」が連想させる冷たさや乾きとは正反対に、アジア的と形容できそうな温かさと湿度が確かにある。
 その要因をあえていくつか挙げてみると、ひとつはスケールの統御である。一例を挙げれば、構造体である櫓を構成する柱と梁の断面はともに40㎝ 角、床スラブの厚さは18㎝で、ほかのエレメントとの差異が際立たず、なめらかにつながっていて違和感がなく、しばしば生じがちな圧迫感から免れている。
 もうひとつはエレメントの納まりに見られる工芸品のような繊細さである。エレメントの分離、組み合わせを視覚的に明瞭に表すのは、隠蔽してしまうのに比べ、デザイン、施工ともにはるかに手間がかかり、センスを要求される。ここでは隅角で接する床スラブをつなぐ鉄板、木、鉄、コンクリートと使い分けられた階段、隠し框風のサッシまわり、乾式壁の開口、手すりの8㎝角の支柱とそれを貫く横架材など、エレメントのそれぞれに丁寧な納まり、適切な寸法が与えられ、身体によくなじむ環境が形成されている。
 さらにもうひとつ、身体の動きを計算した綿密な計画が挙げられる。広くはない室内にコンクリートが露出し、吹抜けがあり、階段がまわり、天井は総じて低い。動作の障害となりそうな箇所がたくさんある。しかし古澤さんは階段と床スラブが出合う箇所を実物大モックアップで検証したように、細心の注意を払って障害となりかねない箇所をひとつずつ消している。
 こうしてみると、古澤邸を「機械」とするのはあらため、「機械になりたかった植物」であるとするのがよいのかもしれない。

柱、梁、床、階段、それぞれが自立して存在しているかのよう。3階から2階を見下ろす。フラットスラブ同士は、16㎜厚のプレートによって連結されている。コンクリートの構造体の存在感に対して、階段は家具のような木造で設置。写真/傍島利浩
間仕切りの壁はなくまるでコンクリートの構造体のまわりに寄り添うように暮らす。4階。寝室として使われている室4と室5。部屋の間仕切りはなく、柱梁の構造体によってのみ区切られている。写真/傍島利浩
1階。左手に玄関。右手に水まわりがある。壁がほぼない家だが、トイレは個室になっている。写真/傍島利浩
2階。キッチンから室1を見る。左手にバルコニー。写真/傍島利浩

意外かもしれないが、住み心地はよさそうだ

 ところで誰もが気になるのは「機械になりたかった植物」の住み心地だろう。室内に扉や仕切りはほとんどなく、実質上ひとつながりの空間である。寒くないのか。音は大丈夫なのか。収納スペースがほとんど見あたらないが、間に合っているのか。吹抜けに手すりの類いがないが危なくないのか。カーテン、ブラインドの類いがなく、三方を家屋で囲まれているがプライバシーは保たれているのか。
 実際には、床がやや冷たく感じられるときがあるという以外は、どれも問題がない。収納はあちこちに分散しているが、梁の上を含め、意外な収納力がある。吹抜けの周囲には家具を置いたり、ネットを張ったりして転落を防止している。プライバシーは深いテラスに加えて、階段、柱、梁などのエレメントに想定以上の遮蔽効果があり、ひとり増えて親子4人となった暮らしに特段の差しさわりはないという。
 これから先、生活の仕方や家族構成が変わるに伴い、現時点での状況を既存とし、どのように分解、再構築され、変容を遂げていくのか、興味は尽きない。

Furusawa House 写真/傍島利浩