浦 一也の
旅のバスルーム

出入口と窓は二重にして寒さ対策。
古い州庁舎の中庭。
あるアーチ開口上部の装飾。「眼」に見える。

2020年 新春号パレ・ホテル・
エルツヘルツォーク・ヨハン
─ オーストリア・グラーツ

世界遺産の街にある夢ホテル

 オーストリアで人口がウィーンに次ぐ第二の都市グラーツ。
 市内を流れるムーア川と山上の要塞シュロスベルクを中心にした美しい街。かつてハプスブルク家の居城があった。ナポレオン軍も侵攻している。
 あの巨大イソギンチャクかナマコが中世の街を襲っているかのようなピーター・クックとコリン・フルニエによる現代建築「クンストハウス・グラーツ」(*1)はここにある。当時「浮かぶシャボン玉」とか「友好的エイリアン」ともいわれたそうだが、私にも「巨大ナマコ」にしか見えなかった。残念ながら外装がちょっと汚れてしまったので、みすぼらしく見える。
 そのすぐ前のムーア川の真ん中に、こちらはカフェもある透明ガラス張りのもうひとつのナマコ、「ムーアインゼル」(*2)がある。鉄骨でがっちりつくってあるとはいえ、その日は急流に流されそうであった。
 どちらもいまだに評価が分かれる。
 旧市街の中心部は世界遺産に指定されている。市庁舎や美しいファサードの古い建物が軒を連ねる見所をゆっくりと巡る。16世紀に建てられた州庁舎ラントハウスの中庭なども。ハウプト広場中央にはこのホテルの名にもなったヨハン大公の銅像がある。
 街のシンボル、シュロスベルクの丘にある時計塔を目指す。針が1本しかなかったそうだが、今は短針が「分」を指している。山肌に張り付いたような階段もおもしろいが、エレベータがいい。洞窟が昇降路になっていてガラス張りの「かご」はまるでテーマパークだが、こちらは本物。
 このようにグラーツは新旧の建築がコンパクトに危うく混在している街で、懐の深さはいいのだが、これから前衛建築が古くなるとどうなるのか、いささか心配でもある。
 このホテルはダウンタウンにあり、路面電車に面していてハウプト広場や市庁舎にも近い。1852年創業。
 1階はガラスのスカイライトがある明るい温室のような中庭をアトリウム型のレストランにしている。それを巡る4層の通路にはたくさんの植物。
 宿泊した部屋は2ベイを使ったスイートで、部屋の界壁に穴をあけたと思われる。
 バスルームにはバスタブとシャワーユニットが入っている。身体をあたためるバスタブと身体を洗うシャワーとは本来用途が異なる。バスタブでシャワーを使うのはバスルームが狭いからで、バスタブにシャワーカーテンをつけてよしとするのはややつらい話だ。
 冬は寒いのか入口ドアや窓は二重ドアや二重サッシ。
 全体に抑えた色調の好ましい部屋でよくいわれる「夢のようなホテル」と言っていい。

*1 クンストハウス・グラーツ:アーキグラム設立メンバーとして名を馳せたイギリスの建築家ピーター・クック(1936〜)と、コリン・フルニエ(1944〜)によるユニット「スペース・ラボ」の設計。国際設計競技であった。2003年建設。州立博物館の一部でもあり、美術のほか、いろいろな展示会などが行われている。『a+u』400号所収。
*2 ムーアインゼル:2003年の文化首都を記念するためにつくられた「漂うガラスの島」。ニューヨークの芸術家ヴィト・アコンチ(1940〜2017)のデザイン。カフェと半円形劇場がある。

Palais-Hotel Erzherzog Johann
Add  Sackstraße 3-5, A-8010 Graz, Steiermark, Austria
Phone +43 316 81 16 16
URL  http://www.erzherzog-johann.com

  • 浦一也氏の画像

    浦 一也Ura Kazuya

    うら・かずや/建築家・インテリアデザイナー。1947年北海道生まれ。70年東京藝術大学美術学部工芸科卒業。72年同大学大学院修士課程修了。同年日建設計入社。99〜2012年日建スペースデザイン代表取締役。現在、浦一也デザイン研究室主宰。著書に『旅はゲストルーム』(東京書籍・光文社)、『測って描く旅』(彰国社)、『旅はゲストルームⅡ』(光文社)がある。