浦 一也の
旅のバスルーム

2階平面。すべての部屋に窓。
源泉にある水車小屋群。昔はたくさんあったとか。
童話の挿絵のような宿の外観。

2020年 秋号アパルトマン・クネッツ
─ クロアチア・オトチャッツ

フライ・フィッシング聖地の宿

 この部屋のスケッチがちょっとおざなりに見えるのには理由がある。
 私はフライ・フィッシング(*1)を愛好しているのだが、その聖地ともいうべきクロアチアのオトチャッツにあるガッカ川(*2)についにやってきたので、はやる心を抑えながら10分くらいでスケッチしたためだ。
 この小さなペンションというかアパートメントに友人夫妻と1泊した。かわいい2階建て。バーベキューができるテラスもある。ベッドルームはふたつあり、2家族にちょうどいい。階下には家主のおじさんが住んでいる。着いたとき、別棟の陽気なおばさんがグラッパ風の酒を振る舞ってくれた。焼酎である。
 さて、スケッチもそこそこに竿をつかんで徒歩1分の流れに向かう。
 すばらしい渓相。川はいわゆるスプリング・クリーク(*3)。幅10〜20mくらいで森もある田園のなかを音もなくゆったりと流れている。深い! きれいな水のなかに草や藻がたくさん。そのなかに大きなトラウト(*4)の姿がいくつも見える……ということは向こうからもこちらがよく見えているはずだ。川岸に大きな木がたくさん立っているが、意外に身を隠せないので腰を下ろして竿を振る。
 魚は水面のドライフライ(*5)を見に来ては戻ってしまう。さては悟られたか! しばらく歩いて黒っぽいウエットフライ(*6)を少し沈めると、やっと中型のブラウントラウトが2本出た。やや難しい。しかしこの渓相はうっとりするほど美しいのでそれでもいいやと思ってしまう。
 ライセンス・チケット売り場に同好のアメリカ人かイギリス人が何人も来ている。きれいなパンフレットもある。看板には親切にも季節、時間、フライの種類まで書いてある。「ドコガポイントカ?」とたずねると「ドコデモ釣レル」という答え。明日は早起きしよう!
 この宿、バスルームもそれぞれの部屋にあって、シャワーユニットは新しい。窓もある。キッチンのあるダイニングは共用で長逗留向き。日本の釣り宿もこのくらいのグレードにならないものか。
 クロアチアは1991年にユーゴスラビアから独立したのだが、戦闘が激しかったとみえてオトチャッツの街はいまだに弾痕だらけ。食糧難で地雷を川に投げ込んでは魚を捕って食べたとか……遊びの釣りどころではない。
 翌日竿を納めてから川のスプリング(源泉)に行ってみる。
 池に大量の水が湧き出し、いきなりものすごい水量の川となって流れ出ていく。大迫力に感動。そこに古い水車小屋が3棟あって絵になる。板壁で屋根は柾(まさ)葺き。
 小屋に入ってみるとわれわれがよく見る車が縦にまわるタイプではなく、小屋の床下に軸が突き出て板の羽根がゴーゴーと水平にまわって石臼が粉を挽く「水平型水車」。この形は古いようだ。昔はこの地域に水車小屋が60棟あったというから壮観であったにちがいない。
 クロアチアでは水力発電を利用した製材を盛んに行っているとのこと。さもありなん。
 よさそうなホテルも見つけた。よしもう一度来るぞ!

*1 フライ・フィッシング:欧米式の毛鉤を使う釣り。釣り糸は先端になるほど細く、軽い。虫などを模した毛鉤はそれに結ぶ。
*2 ガッカ川(Gacka):クロアチア北部のオトチャッツ(Otocac)を流れる61㎞の河川。
*3 スプリング・クリーク:湧き水を源泉とする川。
*4 トラウト:鱒類。ここではレインボー、ブラウン、グレーリングなどのトラウト。
*5 ドライフライ:水面に落ちる虫などを模した疑似餌。鳥の羽根などでつくる。
*6 ウエットフライ:水中に沈める疑似餌。

Apartmani Knez
Add  Čovići 227, 53224 – Ličko Lešće, Croatia
Phone +385 (0)53 761 040
URL  www.apartmani-knez.hr

  • 浦 一也氏の画像

    浦 一也Ura Kazuya

    うら・かずや/建築家・インテリアデザイナー。1947年北海道生まれ。70年東京藝術大学美術学部工芸科卒業。72年同大学大学院修士課程修了。同年日建設計入社。99〜2012年日建スペースデザイン代表取締役。現在、浦一也デザイン研究室主宰。著書に『旅はゲストルーム』(東京書籍・光文社)、『測って描く旅』(彰国社)、『旅はゲストルームⅡ』(光文社)がある。