浦 一也の
旅のバスルーム

フロアにレベル差をつくってテラスとつないだ計画。
溶けそうな、見えそうなトイレ。
ピラン塩田の「塩」。おいしい。

2019年 夏号ホテル・ノックス
─ スロベニア・リュブリャナ 若きセレブがたむろするリュブリャナのホテル

 今や珍しくなったが、陸路で訪れる国の場合、国境検問所で初めてスタンプをもらうとちょっと緊張する。
 スロベニアはスポーツ選手を多数輩出しているので、名はよく聞くが入国は初めて。人口は約207万人。ユーゴスラビアから独立した若く小さな国だが、クロアチア、ハンガリー、イタリア、オーストリアに囲まれ、アルプス山脈の南端でもあり、アドリア海にもわずかに接している自然豊かな国。
 東欧、中近東などいろいろな文化が混在し「交差路」といわれ、その歴史はきわめて複雑。古代ギリシャ・ローマ時代のイリュリア王国(*1)は戦いを繰り返していたとされ、あのシェイクスピアの戯曲「十二夜」にも登場した。リュブリャナはフランス第一帝政時代にはイリュリア州の首都だったこともある。
 あまり知られていないが、ヨジェ・プレチニック(*2)というスロベニア出身の建築家がいた。おもに20世紀前半に活動し、国を代表する建築家とされ、首都リュブリャナの市内でいくつもの仕事を見ることができる。その作風はかなり変わっていて前時代の様式やウィーン分離派の流れも感じ取れ、今や「古きモダン」となったものとか、民族的なものも強く感じさせる。不思議な造形感覚で一筋縄ではいかない。混在する文化を象徴しているようだ。
 リュブリャナ市街にあるリュブリアニツァ川の有名な「三本橋」(これもプレチニック設計)付近は観光客であふれていてカフェもいっぱい。
 プレチニックの建築をいくつか見てから、ノックス(NOX)という2013年にオープンしたホテルにチェックイン。ニモ・スタジオ(NIMO STUDIO)を主宰するスロベニアの若き建築家ニキ・モト(Niki Motoh)の設計である。都心から少し離れているが、外観が刺激的だからすぐわかる。1階には有名家具メーカーのショールームが入っていてたくさんの名作椅子に出会うこともできる。夜はちょっと気取った若者が多い。
 24室すべての部屋のデザインが異なることを売りにしていて、それは楽しい。
 私の部屋は「トスカーナ」という名だったのだが、バチカンのシスティーナ礼拝堂にあるミケランジェロの天井画「アダムの創造」の指の拡大写真がベッドの上に掲げられ、唐突にアルネ・ヤコブセン(*3)の黄色いエッグチェアがあったりしてハチャメチャ。しかし抑えられた色彩のいいカラースキームで仕上がっている。外部のデッキレベルと調整するためか部屋の半分が1段上がっているから、きわめて危険なのだが、それほど広くない空間に変化が生まれていておもしろい。
 前号(『TOTO通信』2019年春号)の連載で、私は「バスルームはいずれ溶けていく」と述べたが、ここもそう。一応タペストリー加工をしているガラスを使っているが。
 見せてもらった「BEACH」という名の部屋では、すべて透明ガラス張りで丸見え。ブラインドもなかった。あのガラスさえなくなる日も近い!
 下着はしばらくなくならないだろうが……。

*1 イリュリア王国:近年ではオーストリア帝国に1816年から49年まで存在した構成国家。文学や演劇のなかでは、しばしば空想の国として登場する。『TOTO通信』(2015年秋号)の「旅のバスルーム」では、南アフリカの「イリュリア・ハウス」を掲載した。
*2 ヨジェ・プレチニック/Jože Plecnik(1872〜1957):スロベニア出身の建築家・都市計画家。リュブリャナ生まれだが、オットー・ワグナーの下で働き、ウィーン分離派運動にもかかわった。その後、ウィーン、ベオグラード、プラハ、リュブリャナで活動し、スロベニアに多くの作品を遺した。おもな作品に「ツアッヘル・ハウス」(1905)、「三本橋」(32)、「スロベニア国立大学図書館」(41)、「リュブリャナ中央市場」(42)など。『a+u』2010年12月号所収。
*3 アルネ・ヤコブセン/Arne Emil Jacobsen(1902〜71):デンマークの建築家・デザイナー。モダンデザインの代表的建築家。おもな作品に「SASロイヤルホテル(現ラディソンブルーロイヤルホテル)」(60)、「デンマーク国立銀行」(71)など多数。セブンチェアやエッグチェアなどの家具デザインも多い。

Hotel Nox
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    浦 一也Ura Kazuya

    うら・かずや/建築家・インテリアデザイナー。1947年北海道生まれ。70年東京藝術大学美術学部工芸科卒業。72年同大学大学院修士課程修了。同年日建設計入社。99〜2012年日建スペースデザイン代表取締役。現在、浦一也デザイン研究室主宰。著書に『旅はゲストルーム』(東京書籍・光文社)、『測って描く旅』(彰国社)、『旅はゲストルームⅡ』(光文社)がある。