特集

写真/MEHRDAD HADIGHI

2019年 夏号 借景‑ コラム‑借景論
緑ばかりが借景ではない

景観の詠み人

 借景と聞いてすぐに思い出すのは京都の円通寺である。縁側から庭越しに刈り込みと下枝を払った木々のあいだを通して比叡山を望む景観はよく知られている。この寺はもともと後水尾天皇の山荘で、比叡山への眺望を第一に考えてこの場所に居を構えたといわれている。
 比叡山は巨大な山塊で、かつ延暦寺の寺域であるから、天皇といえどもその形状に手を加えることはできない。一方、同じ景観でもルイ14世が建てたヴェルサイユ宮殿は、庭園の軸線の消失点までブルボン王朝の土地で、他者から何も借りることなくすべて意のままに眺望がデザインされた。同じ眺望でもまったく内容が異なる。この両者の比較から、借景とは先行して存在する他者世界を取り込むことであり、詠み人の世界観であることがはっきりする。
 土地の個人(あるいは法人)所有が進み、窓の外には自分が手出しをすることのできない世界が広がっている現代の日本では、建築家や都市生活者は、すぐれた詠み人であることが求められる。

空の発見と限界

 以前に、東孝光の「塔の家」(1966、※1)を訪ね、東夫妻にインタビューをした際に、この住宅は塔=都市の砦、のようなイメージが先行しているが、「自分たちは街の観察を楽しむ家だと思っている」と聞いて驚いたことがある。暴力的なまでの勢いで成長する都市から近代家族を守るための砦のような閉じた住宅というイメージとは裏腹に、内部各所から街の日々の営みがうかがえる意外なほど開放的な住宅であった。これを借景とは呼べないかもしれないが、都市景観とともに暮らす家の始まりとして位置付けることはできよう。
 一方で、日本の都市の現実を猥雑さの拡張として批判的に受けとめた建築も同時に存在した。外周部に窓を設けず、唯一空だけに開かれた広瀬鎌二の「SH-60」(62、※2)はその早い事例である。もっともこれは広瀬の考えというより建主の強い要望だったと理解すべきであろう。いずれにせよ、都市批判としての空の発見は、その後、安藤忠雄の「住吉の長屋」(76、※3)において都市住宅のひとつの完成形に到達するが、それゆえそこで停滞する。

※1 塔の家
塔の家 写真/MEHRDAD HADIGHI

1966年
「塔の家」
設計/東孝光

※2 SH-60
SH-60 写真/平山忠治

1962年
「SH-60」
設計/広瀬鎌二

※3 住吉の長屋
住吉の長屋 写真/安藤忠雄

1976年
「住吉の長屋」
設計/安藤忠雄

景色のインテリア化

 90年代後半になるとそうした状況に風穴をあけるような試みがみられるようになる。アトリエ・ワンの「アニハウス」(97、※4)はその初期の事例である。敷地の中央に建物を配し、各面が接する外部環境を設計する手法は、それまでにはみられなかったものだ。その後、若い世代の建築家を中心に、家と家の隙間への関心は広がり、建ぺい率が生み出した聖域としての空隙を有効に使うことへの意識が高まった。
 家と家の隙間は視線が抜けていく空間として注目され、やがて窓から眺められる景色そのもの――大半は隣家の薄汚れた塀や壁だったりするのだが―― さえも景色として愛でるような事例がみられるようになる。西片建築設計事務所の「淡路町ビル」(2002、※5)はその一例であるが、それはもはやわびさびの世界である。
 こうした都市の超近景あるいは微地形への関心は数多みられるようになるが、建物を浮かせて地面をGL付近で観察するような中山英之の「2004」(06、※6)には、建築はそもそも大地の上に間借りしている存在なのみを伝えたいという姿勢が表れているという点で、借景論の極北に位置付けられるだろう。
 さて、現代住宅における借景は、その後、西沢立衛の「森山邸」(05、※7)や乾久美子の「アパートメント I」(07、※8)、前掲のアトリエ・ワンの「ハウス&アトリエ・ワン」(05、※9)といった、住宅密集地においても外部に大きく開かれた住宅が登場し、外部の景観をインテリアの一部として取り込むようになる。借景はより深く住宅内部に侵入し、今日の住宅のひとつの方向性を形成したのである。現代住宅における借景史を概観すれば、このように整理できるだろう。
 そこに通底しているものは、景色というものを通じて外に開かれ他者とつながろうとする人間の本質的な欲求ではないかと思う。小さく閉じた空間の中で内側ばかり見ているようでは、精神に異常を来しても不思議ではないからだ。借景は、他者への依存に始まり、やがて他者への関心へと移行し、景色の貸し借りというコミュニケーション手法を生み出し、インテリアと景観の融合した室内環境の創造へと展開し、その意味を拡張させながら閉鎖的な現代住宅を内側から解体するエンジンとなったのである。

※4 アニハウス
アニハウス 写真/山田新治郎

1997年
「アニハウス」
設計/アトリエ・ワン

※5 淡路町ビル
淡路町ビ 写真/中川敦玲

2002年
「淡路町ビル」
設計/西片建築設計事務所

※6 2004
2004 写真提供/中山英之建築設計事務所

2006年
「2004」
設計/中山英之

※7 森山邸
森山邸 写真提供/西沢立衛建築設計事務所

2005年
「森山邸」
設計/西沢立衛

※8 アパートメント I
アパートメント I 写真/阿野太一

2007年
「アパートメント I」
設計/乾 久美子

※9 ハウス&アトリエ・ワン
ハウス&アトリエ・ワン 写真提供/アトリエ・ワン

2005年
「ハウス&アトリエ・ワン」
設計/アトリエ・ワン

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    橋本 純Hashimoto Jun

    はしもと・じゅん/1960年東京都生まれ。83年早稲田大学理工学部建築学科卒業。85年同大学大学院修了後、新建築社入社。『新建築住宅特集』『新建築』『JA』の編集長などを経て、2008年より同社取締役。15年ハシモトオフィス設立。