特集

2階のリビングから白川沿いの柳を見る。掛込み天井により天井高がおさえられ、外に流れる白川に意識が向く造りになっている。写真/傍島利浩

2019年 夏号 借景‑ CaseStudy#2‑借景の柳と、坪庭のヒメシャラの協奏

作品/「川(せん)」
設計/横内敏人

京都の白川沿いは、柳などの並木道になっている。
その白川沿いに横内氏は、3棟の建築を改修。当然、並木を生かすように借景を取り込んだ。
切り取られた借景が、白川の風情を際立たせている。

1階の浴室。坪庭に面している。坪庭は高い壁に囲われ、プライバシーが確保されている。写真/傍島利浩

 京都の白川。源流がある東山の花崗岩が川の流れで削られて、白い砂として川底に堆積することからこの名が付いた。この砂は、白砂として枯山水にも使われてきた。京都の風景は、こうした自然によって支えられてきた。横内敏人さんが手がけたゲストハウス「川(せん)」は、この白川に沿って立つ。

白川を借景とした料理屋とゲストハウス

 白川の下流に祇園がある。川沿いに料亭が立ち並ぶ風景は、有数の観光名所である。しかし、「川」の立つ少し上流は、環境整備がいまだ十分とはいえない。事実、「川」の前は抜け道であり、タクシーや商業車が絶えまない。
 この現状を変えたいというオーナーからの依頼を受け横内さんは、料理屋「丹(たん)」と、ゲストハウス「川」を手がけた。
 この並んだ2軒はともに同じオーナーで、京都で日本料理屋を営んでいる。同じく京都に事務所を構える横内さんとは昔から親交があった。先に手がけた「丹」は敷居の高い懐石料理を、若い人にも楽しんでほしいという想いから、あえて朝と昼だけの営業にしぼり、価格をおさえた。横内さんは家に招かれたような感覚で、食事を楽しむ空間にしてはどうかと考え、巨木のブビンガ材を使った大きなテーブルをつくった。そこでは見知らぬ客同士もともに食事をする。このテーブルは白川に向かって伸び、川沿いのドアや窓はすべて開放することができ、まるで外にテーブルを出して食事をしている感覚をもつ(そのほかの白川沿いの建物)。
 次にオーナーと取り組んだのがゲストハウス「川」の設計であった。遠方から訪ねてくる客も多く、食事だけで終わらない、もてなしができないかと考えた。そこで使われていない隣の建物を借り、改修することに決めた。ただ、遠くを眺めるのではなく、白川の風景はすぐ前に広がっているので、プライバシーとの両立が課題となった。これに対し、高さによる視線の誘導と窓からの距離により、白川を借景として取り込むことに成功している。

2階のダイニング。1階の坪庭に植えられたヒメシャラの背は高く、2階まで届いている。写真/傍島利浩
1階のベッドルーム。公道側をオープンにできないベッドルームは、坪庭側が開放的な造り。写真/傍島利浩

柳とヒメシャラ、ふたつの高木

 白川の風景をつくっているのは、川のせせらぎとともに、垂れる柳の木だ。この背の高い柳の木を楽しむために、2階にリビングを設けることを提案した。ふつうであれば道から離れた2階にベッドルームを配置する。しかし、せっかくなので外部に開放できる2階をリビングとし、逆に1階では道に対して壁で視線を防ぎ、天井ぎりぎりの上方に窓を設け、柳を楽しめるようにした。
 こうして道からの視線はさえぎったが、課題が残されていた。白川とは反対側の奥にも住宅が立て込んでいたのである。この奥をどうするかが勝負どころだと、横内さんは当初から感じていたと言う。奥に高い塀を建て、外からの視界を完全に閉じることにしたが、そうするとプライバシーは保たれる半面、閉鎖的な場所になりかねない。そこで、この坪庭に高木のヒメシャラを植えた。2階にも、ゆうに届くこの木は視線を上へと向けさせてくれ、閉鎖性を感じさせない。さらに、葉が茂る2階では季節になれば開花を楽しむこともできる。また塀で閉じたことでこの坪庭に面した開放的な浴室をつくることもできた。さて2階に上がれば一変して開放的な空間が広がる。海外からのゲストも多いので椅子座としたがリビングは一段床を下げた。目線を低くさせることで、畳に座ったときのような日本の住空間をイメージさせる。
 リビングからは、白川と柳の並ぶ姿が一望できる。一方、奥のダイニングからこの窓を見ると風景は一変し、まるで柳が緑のカーテンのように窓一面を覆う。窓からの距離、そこに借景のつくり方のふたつ目のヒントがある。

額縁ではなく、フレーミング

 借景は、絵画とは違う。見える風景の切り取られ方は、その窓からどれだけ離れて見るかにより大きく変わる。近寄れば広角に、遠ざかれば狭くカメラのズームのように変化する。窓から見える風景はこうした平面の操作によっても「借景」となるのだ。
 視線をこの窓に集める仕掛けもある。じつはテレビが隠されている戸棚は窓に向かって取り付けられ、リビングの天井は窓に向かって勾配をもった掛込み天井となり、視線を窓に集める。このダイニング側の天井面との取り合いには、エアコンの吹出し口が隠され、非日常の空間をじゃましない、こまやかな配慮もなされている。

2階のリビング。障子や掛込み天井などの茶室のような意匠だが、椅子座のため、床レベルを下げてスケール感を調整している。写真/傍島利浩
1階のベッドルーム。プライバシー確保のため、人通りの多い公道側は開いていないが、高窓から白川沿いの柳を見ることができるようになっている。写真/傍島利浩

借景は、自然のコントロール

 横内さんは最近、「川」から少しだけ上流にある白川沿いのマンションの改修も手がけた。川からみて奥に位置する浴室からも白川を楽しめるよう、リビング越しに外が見えるよう、ベランダまでガラスで視線の通り道をつくった。向かいからの視線も気にならない部屋であったため、ここでは大胆にガラス窓を設けることができた。
 横内さんは言う。「自然は本来荒々しいものです。そのままでは、人は耐えられません。だからこそ取り込み方を考える必要があるんです」。自然を切り取る借景は、建築家による自然のコントロールでもある。この白川をさらに上れば銀閣寺にたどり着く。そこは書院造の形式が生まれた場所でもある。ここでは障子を細く開け、外に広がる自然を掛け軸のように見立てて楽しんだ。この白川では室町時代からずっと自然の取り込み方について考えてきた。その歴史が「川」にも流れている。

「川」の玄関。室内から柳が見えるように、扉上部の小壁部分はガラス張りになっている。写真/傍島利浩
白川沿いに立つ「川」(右)と「丹」(左)。写真/傍島利浩

そのほかの白川沿いの建物

白川沿いの家
リビングからベランダ越しに白川沿いの並木を見る。提供/横内敏人建築設計事務所
洗面所からも並木が見える。提供/横内敏人建築設計事務所

設計/横内敏人
竣工/2018年

白川沿いに立つマンションの1住戸のリノベーション。もともと2LDKだったが、夫婦ふたりが住むためにオープンな1室空間に改修した。リビングからは目の前に流れる白川沿いの並木を見ることができる。寝室からもガラリ付きの引き戸、浴室や洗面所からもガラス越しに緑が見えるようになっている。

1階。大きなブビンガ材のテーブルを囲むように客席を配置している。提供/横内敏人建築設計事務所
2階。窓に接して取り付けられたカウンターテーブル。提供/横内敏人建築設計事務所

設計/横内敏人
竣工/2016年

「川」の隣に立っている料理屋。「川」と同じオーナーが所有している。木造の既存家屋を改修したもの。白川沿いの風情を感じられるように、1階からも2階からも、開口部いっぱいに柳を見ることができる。また季節の許す限り、開口部を開け放して使用している。

  • 横内敏人氏の画像

    横内敏人Yokouchi Toshihito

    よこうち・としひと/1954年山梨県生まれ。78年東京藝術大学美術学部建築科卒業。80年マサチューセッツ工科大学大学院修士課程修了後、前川國男建築設計事務所などを経て、91年横内敏人建築設計事務所設立。同年京都造形芸術大学専任講師。その後、助教授、教授などを経て、現在特任教授。おもな作品=「若王子の家」(92)、「三方町縄文博物館」(2000)、「若王子のゲストハウス」(02)など。