特集

築35年ほどの住宅の改修。<br>能作さんの奥さまの実家。バルコニーで出迎えているのは、奥さまの両親、訪れているのは、能作さんの奥さまとお子さん。写真/桑田瑞穂

2019年 春号 客を招く間取り‑ CaseStudy#2‑裏庭が、客を招く入口になった

作品/「あきるのシルバーハウス」
設計/能作淳平

南側に庭やバルコニーを設けた家がたくさん並んでいる。そんな住宅街の画一的な光景を変えるべく、南側の庭やバルコニーを、人を招く大きな「土間」に。プライベートな空間が、街の人々が集う場に生まれ変わった。

土間は、幅1,900㎜、奥行き7,500㎜の細長い空間。風や視線などを適度にさえぎるカーテン(防炎メッシュシート)で囲われている。写真/桑田瑞穂

 毎朝、通勤電車で職場に通い、夜はベッドにもぐり込む。そして、また次の朝を迎える。都市人口が増えた高度経済成長期、沿線の住宅開発のなかでベッドタウンという和製英語が生まれた。新しい生活を始める若い夫婦に与えられた間取りは、夜のひととき、家族水入らずの団らんを楽しむには何不自由なかったであろう。
「あきるのシルバーハウス」もまた、1984年、東京の西部に開発されたベッドタウンに建てられた住宅のリノベーションである。この家は能作淳平さんの奥さまのご実家。つまり建主は能作さんの義父母にあたる。依頼のきっかけは、その義父が定年退職を迎えたことにあった。自宅の改修設計を依頼され、要望を聞くなかで、ふと義母が口にした「近所の方を招いて、お茶を飲める場所をもちたい」という言葉。これが能作さんにはどうも引っかかった。

庭を土間に、間取りの大改造

 この住宅地から車で向かえば、すぐに大規模なショッピングセンターもあるし、ちょっとしたお出かけには立川もそう遠くない。しかしぶらぶらと歩いて立ち寄ることのできる場所が、この街からスッポリと抜け落ちているという事実に、能作さんは奥さまの実家で過ごすうちに気づかされた。その理由を考えればあたりまえのことで、日中働きに出かけ、帰宅すればそれぞれの家で団らんを楽しむ、というベッドタウンのライフスタイルが、街にそうした場所を求めてこなかったのである。
 そこで能作さんはリフォームにあたって、大きく2点の間取りの大改造を行った。これからの介護に備えて、まず南側の庭に面した既存の寝室1とリビングとをひとつながりの部屋として、間取りを「統合」した。ただし必要なときには閉じることもできるように間仕切りをつけたが、床はフラットで連続しているし、間仕切りはすべて引き込むこともできる。次に庭側に張り出すように、屋根とカーテンをもった大きな白いフレームの構造体を付加した。コンクリートを打ち、土足のままで過ごせる場所を、能作さんは「土間」と呼んだ。
 昔の民家には玄関から入った先に土間があり、そこから部屋に上がり込んだものだ。そこは煮炊き場にも、仕事場にもなった。職住一体の家には、土足で生活できる、外と中との「のりしろ」のような場所が必要でもあった。「あきるのシルバーハウス」は、それよりも大胆に外に開かれている。限りなく外環境に近いにもかかわらず、ここにいても家の中にいる感覚を呼び覚ますのは、それをスッポリと覆うカーテンのおかげだろう。白いカーテンが、風にそよいでいる姿は、この家の印象を決定づけている。
 さて、これまで南側の庭は、道に面してはいるものの、垣根でへだたれていて、街に対して閉ざされていた。そこで思い切って垣根の一部を切り取って、そこに新しい玄関を設けた。門扉は設けず、チェーンだけ。セキュリティには欠くかもしれないが、むしろ老後の生活の場としては、近所に生活の断片が少し見えるほうが、より安心な暮らしにつながるのではないか、という考えもあった。一方で、もともとの玄関は裏手に残されているため、この家は玄関をふたつもったわけだ。結果として、この庭から入る入口によって、土間を通って、リビングと寝室1のそれぞれの掃き出し窓から家の中に上がれるようにもなった。間仕切りを閉じて2部屋として使う場合も、リビングと寝室1、どちらからでも入れる利便性がある。さらに、双方の部屋の雰囲気は、この土間で共有できる。
 竣工して間もなく、奇しくも新しい玄関はその真価を問われることになる。介護の手が必要な祖母が同居することになったからだ。結果、ヘルパーもこの土間を経由し、今は祖母がベッドを置いて専有している奥の部屋(寝室1)まで、ほかの部屋を通ることなく行き来できるのである。ゆくゆくは、「シルバー」となる両親を見越した設計をしていたのだが、早速その有効性が実証されたのであった。

リビング・ダイニング。奥に寝室1。建具の開閉で、一体的に使うこともできる。写真/桑田瑞穂
土間から、リビング・ダイニングを見る。土間で食事をするときも、キッチンからスムーズな動線。写真/桑田瑞穂
1階のリビング・ダイニング、キッチン。テーブル脇の出窓をすっきりとした窓に改修している。写真/桑田瑞穂

招く側の個性が見えるスペース

 新しく建て直す、という選択肢もあった。しかし、結果としてリフォームを選択した理由には、能作さん自身が感じたベッドタウン特有の問題を、リフォームを通して解決することで、ほかの街にも適用可能なモデルにならないかと考えたからでもあった。どこのベッドタウンにも欠けていた機能。それは「近所の方とお茶を飲める場所」。その要望を叶えたことで、街にとっては大きな変化をもたらした。
 今、誰もが使え、日々の何気ない会話ができるコミュニティスペースなどが増えている。いくら携帯やネットを介したコミュニケーションが台頭しようとも、人は昔の井戸端会議のような触れ合いを求めている。一方で、より親密な関係を築くためには、「ご自由にどうぞ」と誰にでも平等に投げ出された場所ではなく、「迎える側の個性がきちんと見える関係性をデザインすることも大事なのではないか」と能作さんは語る。土間にかけられた大きなカーテンはたとえ開け放たれ、端に寄せられた状態であっても、ここがその家の大きなひと部屋であることを主張している。
「近所の方とお茶を飲みたい」という要望から生まれたこの場所は、予想外にも街に住む「オヤジたち」にとって、格好の飲みの場となった。それまでは、わざわざ電車にのって近くの街まで繰り出していたそうだ。能作さんの気づきによって、毎日電車で揺られていたかつてのサラリーマンたちは、いよいよ終電を気にすることなく、夜のゆっくりとした時間を過ごす場所を街のなかに見つけたのである。

土間をつくったことにより、裏庭がメイン玄関に生まれ変わった。南側のため、明るい空間。写真/桑田瑞穂
改修前からある北側の玄関。ちょうどキッチンの脇にあり、勝手口のような存在になった。写真/桑田瑞穂
南側外観。防炎メッシュシートのカーテンをすべて閉じた状態。写真/桑田瑞穂
左手に腰かけているのは、同居している能作さんの奥さまの祖母。ヘルパーさんも、土間の掃き出し窓から、祖母が住む寝室1に出入りできる間取り。写真/桑田瑞穂
カーテンは、それほど力を使わなくても、手動で開け閉めすることができる。写真/桑田瑞穂
  • 能作淳平氏の画像

    能作淳平Nosaku Junpei

    のうさく・じゅんぺい/1983年富山県生まれ。2006年武蔵工業大学(現・東京都市大学)工学部建築学科卒業。06~10年長谷川豪建築設計事務所。10年ノウサクジュンペイアーキテクツ設立。おもな作品=「新宿の小さな家」(11)、「ハウス・イン・ニュータウン」(14)、「富江図書館 さんごさん」(17)。