特集

東側からの俯瞰。住宅を取り巻くらせん状の階段から、3階のゲストルームや屋上の茶室にアプローチすることができる。写真/川辺明伸、中村 絵

2019年 春号 客を招く間取り‑ CaseStudy#1‑ぐるぐるまわって、屋上に茶室

作品/「house h」
設計/大西麻貴+百田有希

茶室に招かれた客は、緑豊かな露地を経て躙(にじ)り口に至る。そんな豊かなシークエンスは、広い土地があるから許されるのであって、都心の敷地では望めないものなのだろうか。そんなことはない。都心にも、露地を。らせん状に茶室に導かれる立体的な露地が生まれた。

南東側外観。3方向が接道している敷地。1階の南側にはメインの玄関、北側には勝手口がある。写真/川辺明伸、中村 絵

 港区内の地下鉄駅から歩いて数分。大通り沿いのはなやかな高層マンションやオフィスビルから一歩なかに入ると低層の一戸建てが立ち並んでいる。どこかなつかしい風情の残る住宅地の、3方向とも街路に囲まれた敷地に立つ「house h」は、杉板材の外壁と大きな開口部が特徴で、密集した都市にありながら、別荘のコテージのようなさわやかな開放感を感じさせる。

玄関が7つある家

「敷地は3方向を道に囲まれているので、もう一方向に街路を引き込んで、家のまわりをぐるりと取り巻きながら最上階まで続く道をつくり、街とプライベートな空間との緩衝帯にしようと考えました」
 と百田有希さんは言う。道を通じて、この家はじつに多彩なアプローチが可能となっている。1階にはメイン玄関と勝手口、外階段を上って2階の踊り場テラスには2カ所の出入口、さらに3階のゲストルームにひとつ、屋上には茶室の躙り口と勝手口があり、全部で7つの玄関をもつ家ということになる。
 「昔の日本の家には、玄関と勝手口のほかに、お葬式や結婚式のときだけに使う入口があったり、縁側から出入りしたりしていましたよね。人を招くことと生活が一体となっていて、それはとても豊かなことだと思うんです。建築家の西澤文隆さんが、『最近の住宅は玄関がふたつになってしまった』と嘆かれたというお話を以前聞いたことがありますが、今はふたつどころか勝手口すらない家も多いですからね」
 単に玄関の数が多いというだけではない。この家は、招き入れる客の数や親密度によって、どこまでを街の一部として開放して、どこからプライベートな空間にするかを切り替えて使うことができるのだ。たとえば親しい友人数人が集まるのであれば1階の玄関から入ってもらい、ダイニングで食事をして2階のデイベッドコーナーでくつろぐ。大人数のパーティのときには、外階段で2階に上がって踊り場テラスで靴を脱いでもらい、書斎テーブルでドリンクを飲んでおしゃべりを楽しんだ後に、1階に下りてきてもらう。また3階の客室は内部階段ではつながっていないので、独立したゲストハウスとして貸し出すことも可能だ。「招く/招かれる」の動線が交わる場所を状況に合わせて設定できるため、招き方のバリエーションも広がるのである。

1階のダイニング。奥の階段を上ると2階。階段脇には、大きな開口部がある。写真/川辺明伸、中村 絵
2階の書斎からデイベッドコーナーを見る。1階、3階と吹抜けでつながっている。写真/川辺明伸、中村 絵

建主の要望は、エレベータの設置のみ

 建主は60代と70代のご夫婦。広島で病院を経営しており、東京に分院を開業するにあたって伊東豊雄氏に設計を依頼。当時の現場担当だったのが、独立する前の百田さんであった。その縁もあり、東京で終のすみかを建てるにあたって依頼が来たという。建主の要望はごくシンプルで、「早くつくってほしい」「ホームエレベータをつけてほしい」のふたつだけ。あとは若いふたりを信頼し、応援してくださった。
 最初に出した案は、シンプルなガラスの箱に千鳥状の壁面というコンセプチュアルなもの。レム・コールハースの「ボルドーの家」(1998年)のように、エレベータを巨大な床面にして、階が上下するごとに別の空間が現れる仕掛けであった。だがこの案を伊東氏に見せたところ、「考え直すべきだ」とアドバイスをいただいた。ただダイアグラムを空間的に置き換える建築ではなく、別の手法に向きあうべきではないかという。そこで1年ほど続けていた設計を白紙に戻し、まずは具体的な生活のシーンから想像をふくらませてみることから始めた。光の射し込むキッチンで朝食をつくって食べる、陽当たりのよいソファコーナーでくつろぐ、といった断片的なスケッチを描き、それらを包括することで建築を立ち上げていったという。
 「最初はまったく構成のない、もっとぐちゃぐちゃな平面だったのですが、途中でずいぶん整理して、3枚の壁をバラの花びらのように配し、その隙間から光や風が入る現在の構成に落ち着きました」と大西麻貴さんが振り返る。内階段と外階段が入り組んでいた上下動線も整理され、屋上の茶室まですべて外階段で上っていく「招きの動線」が定められた。

1階の玄関脇の外階段。らせん状に住宅を取り巻く階段やテラスを進むことで、直接2階、3階、屋上の茶室に行くことができる。写真/川辺明伸、中村 絵
2階の踊り場テラス。外廊下だが、建具の開閉で室内化することもできる。写真/川辺明伸、中村 絵
3階のゲストルームの前にあるテラス。写真/川辺明伸、中村 絵
地下1階の寝室。坪庭からの光が地階まで届いて、明るい空間になっている。写真/川辺明伸、中村 絵

住人の動線と客の動線が茶室で合流

 大西さんと百田さんは一貫して「経路と経験」に関心を寄せてきた。「二重螺旋の家」(2011)は、狭い路地から廊下に入り、内階段を上って、外階段を下り、行きどまることなくループ状に歩きまわることができる家。移動体験の連なりそのものを楽しめる設計だが、そんな感覚のベースとなったのは京都での学生生活だという。
「下宿から自転車に乗って大学や買い物先や図書館に行くルートの途中で、鴨川を渡ったり、有名なお寺を横切ったり。そうした経路での一連の体験が、自分の身体や心の一部になっていくような感覚があって、それが京都という街への特別な愛着につながっているように思うんです」と百田さん。自動ドアとエレベータで自宅に直行するのではなく、街の気配を感じながら家に入り、住むことで周囲に愛着が芽生えるような家をつくりたいという。確かにこの家の外階段を上っていくと、自ずと隣家の壁のテクスチャーや鉢植えの赤い花、軒先で切り取られた空の表情が目に入り、住人はその変化を日々感じることであろう。
 長い経路の終わりは最上階の茶室。当初は現代的な和室を想定していたが、建主が茶道を習っている上田宗箇(そうこ)流家元が監修してくださることとなり、伝統的な工法による本格的なものとなった。
「茶室は暗いほうがいい。暗さは自分と向きあうためにも必要なのです」という家元の助言に従い、晴天でも室内はほの暗く、厳粛な気分にさせられる。主人と客の動線がさまざまな場所で交錯する家にあって、最上階の茶室は、外階段をまわって躙り口から入る客と、室内のエレベータで上った主人が最後に対面する、いわば「招きの場」のクライマックス的空間となっている。「広島の安閑亭という茶室をお家元に見せていただいたのですが、抽象的な外露地から門をくぐると一転、緑あふれる有機的な内露地が広がり、ほんの小さな茶室に至るまでに用意された、さまざまな空間のぜいたくさに驚かされました」と大西さんは言う。
 都心の一等地、決して広くはない敷地にこれだけの階段スペースをあてれば、居住スペースは減り、リビングやゲストルームの面積は割を食う。だが、多彩な客人を招き入れ、街の気配を取り込み、茶室へと続く長いアプローチにもなる1本の道のほうが、より豊かで、かけがえのない経験をもたらしてくれることを、設計者も建主も確信しているのであろう。

屋上にある茶室の躙り口と露地。写真/川辺明伸、中村 絵
屋上の塔屋にある三畳中板の茶室。上田宗箇流の家元の監修のもとでつくられた。写真/川辺明伸、中村 絵
東側外観。写真/川辺明伸、中村 絵
  • 大西麻貴氏の画像

    大西麻貴Onishi Maki

    おおにし・まき/1983年愛知県生まれ。2006年京都大学工学部建築学科卒業。08年東京大学大学院工学系研究科建築学専攻修士課程修了。11年同大学大学院博士課程単位取得退学。08年から大西麻貴+百田有希/o+hを共同主宰。横浜国立大学大学院Y-GSA設計助手などを経て、17年から同大学大学院Y-GSA客員准教授。おもな作品=「二重螺旋の家」(2011)、「小屋と塔の家」(16)、「Good Job ! Center KASHIBA」(16)。

  • 百田有希氏の画像

    百田有希Hyakuda Yuki

    ひゃくだ・ゆうき/1982年兵庫県生まれ。2006年京都大学工学部建築学科卒業。08年同大学大学院工学研究科建築学専攻修士課程修了。09~14年伊東豊雄建築設計事務所勤務。08年から大西麻貴+百田有希/o+hを共同主宰。おもな作品=「二重螺旋の家」(2011)、「小屋と塔の家」(16)、「Good Job ! Center KASHIBA」(16)。